第17話 香織の家で……
俺は香織の家のリビングで正座していた。まさかこんな形で香織の家に来ることになるなんて、思ってもみなかった。部屋は綺麗に片付けられていて、柔らかな照明が心地よい雰囲気を作っている。香織はキッチンで何かを作っている音が聞こえる。
「やべぇ……めっちゃ気まずい」
俺は頭を抱えそうになるが、そんな俺の気持ちなんてお構いなしに、梨沙は香織の本棚に並んだ漫画に興奮していた。
「あれー? この漫画好きなんだけどー! ねぇねぇ、香織さんも好きなの?」
「ええ、好きよ」
梨沙の声が部屋に響く。香織はキッチンから優しい声で返事をした。
本当になんなんだこいつ……さっきまで泣いていた梨沙の姿はどこに行ったんだろう。俺はただただ複雑な気持ちで二人の会話を聞いていた。香織は俺たちのことをどう思っているんだろう。俺は香織に目を向け、彼女の反応を探ろうとした。
梨沙が香織の漫画コレクションに目を留める。特に一つの漫画シリーズに興味を示す。
「これ、超好きなんだよね!」
そう言いながら、香織とその漫画の話題で盛り上がる。
「ああ、このシリーズはキャラクターが魅力的でね」
香織は、応じて二人でその漫画の登場人物やストーリーについて熱く語り合う。
会話の中で、梨沙はふと優矢を見て、「優矢って、この漫画の主人公みたいだよね」と言う。香織は微笑みながら、「そうね、確かに似てるかもしれない」と応じる。
「あなたはどういうことで漫画を読むの?」
「うーん? 漫画を読むと現実から少し逃れられるからかな?」
香織は梨沙に向かって尋ねる。香織も同じ気持ちを共有していることを明かし、二人は漫画を通じて現実逃避を楽しむことの楽しさについて話す。
梨沙が香織に「私たちもこの漫画のように、いろいろな冒険をしてみたいねー」と言い、香織は「いいわね、それ」と答える。二人は未来に起こるかもしれない楽しい冒険について夢を語り合う。
なんで急に仲良くなってんだ? うーん、女の子というのはよく分からん。
そんな時、香織がリビングに入ってきて、「お茶でもどう?」と言いながらテーブルにお茶を置いた。彼女の笑顔に、俺は少しホッとした。なんとなく、香織は俺たちを歓迎してくれているような気がした。
「あぁ、ありがとう、香織」
俺は礼儀正しく返事をした。香織は「どういたしまして」と微笑みながら、梨沙と漫画の話に花を咲かせていた。
香織の家は、彼女の母親が深夜まで働いているため、普段は香織一人で過ごしていることが多いらしい。その事実を聞いて、俺は香織の自立心と勇気に心から感心した。彼女は自分の状況にも関わらず、俺たちを温かく迎え入れてくれていた。
会話は自然と、今日の俺たちの出来事に向かった。
「それで? あなたたちは何をしていたの?」
香織が穏やかな声で聞いてきた。その問いに、俺は一瞬動揺を隠せなかった。正直に話すしかない。
「えっと、実は……」
そうやって切り出し、俺は今日の一部始終を語った。梨沙が話すのは無理だろうし、俺が説明する方が混乱を避けられる。
話を終えると、香織は無表情でうなずいた。
「無事でよかったわ」
香織は静かに言った。その反応に、俺は少し驚いた。何かもっと言うことがあるのではないかと思ったが、彼女はそれ以上何も言わず、梨沙の方に目を向けた。
梨沙は香織の視線に気付いて、少し緊張した表情を見せた。
「あのね、香織さん」
梨沙が言葉を詰まらせると、香織は優しい声で彼女を励ました。
部屋の中は穏やかながらも、梨沙の心は波立っていた。香織の前で自分の感情をうまく表現できずにいる彼女は、時折不安そうな視線を送っていた。それを察した香織は、梨沙の方に歩み寄り、優しく彼女の手を取った。
「大丈夫、ここは私たちが安心して話せる場所だから」
香織が静かに言うと、梨沙の表情に少しずつ安堵が浮かんできた。香織の手から伝わる温かさが、彼女の心を落ち着かせる。
「香織さん……ありがとう」
梨沙が小さく呟くと、香織は優しい笑顔で答えた。
「いいのよ、別に聞きたいことはたくさんあるから」
その言葉に、梨沙の目には感謝と尊敬が滲んでいた。かも。
「それで、あなたはどうして汐崎くんと一緒にいたの?」
香織の声が、いつもより少し低く、どこか威圧的に聞こえた。
香織が梨沙に問いかけると、梨沙は読んでいた漫画をそっと閉じて、香織の方を真剣な表情で見つめた。
「うーん、簡単に言うと、私が優矢に告白してて、その……返事待ちなの! ねぇー優矢!」
そう言って、梨沙は俺に抱きついてきた。その瞬間、俺は心の中で叫んだ。
「おいおい、さっきまでの泣いていたお前はどこにいったんだよ……」
それに、梨沙の柔らかい体が俺に触れる感触に、内心ドキドキしながらも、なんとか平静を保とうと努めた。
しかし、香織は静かに、しかし断固として「離れて」と言った。梨沙は少し拗ねたように「えぇー、なんで?」と反論したが、香織は動じなかった。その様子に、俺はさらに混乱してしまった。
「これ、どうなるんだよ……」
俺は心の中で思った。俺の運命は一体どうなってしまうのだろうか。香織の存在が、この状況に新たな複雑さをもたらしている。一方で、梨沙の告白という事実が、俺の心をかき乱していた。
部屋には微妙な緊張が流れ、俺はどう対応すればいいのか、頭を抱えそうになった。香織の冷静な態度と、梨沙の情熱的な行動の間で、俺は揺れ動いていた。この状況をどう受け止めればいいのか、俺自身もまだ答えを見つけられずにいた。
さっきまでの仲の良さはどこに行ったんだ……。




