第12話 ただの柴犬ではありません。フェンリルです。信じてください。
モリアは困惑した表情で、
「そんなこと言われてもなぁ……」
ソフィアは涙目で俺を持ち上げると、
「タロウ様! 私これでも一応元王女なんです! 股の緩い女だなんて思われたくありません! どうにかしてください!」
「い、いいじゃないか。あとで変えられるっていうんだから」
「イヤです! イヤです! イヤです!」
興奮したソフィアにゆすられると、ガクンガクンと前後に視界が揺れた。
ぐぬぬ……。面倒くさい……。
けど、たしかにソフィアが遊び人だと、パーティーメンバーを募集したらその同類が集まってきそうだし、それはさすがに嫌だな……。
うーん……。
あ、そうだ。
「わかった! なら、テイマーを名乗ればいいじゃないか!」
「……テイマー?」
「あぁ。聞いた話では、テイム系のスキルや魔法で生き物を使役できる連中がいるらしい。なぁ、モリア? そうだよな?」
「ま、まぁ……。とても珍しい職業だけど、テイマーという職業は存在するね。ソフィアさんが職業の欄にテイマーって書かないから、てっきりお仲間にタロウを使役しているテイマーがいると思ってたんだけど……」
「いえいえ! 私です! 私がテイマーで、この犬を使役しています!」
「なら最初からテイマーで書きなよ……。なんだったのさ、今までの無駄なやり取りは……」
「え、えへへ。すいません」
ソフィアはそそくさと職業の欄に『テイマー』と記入し、それをモリアに手渡した。
モリアはそれに目を通しながら小さく頷き、
「ふむ……。ふむ……。問題なさそうだなー。じゃ、ギルドカードはすぐに発行されるから、少々お待ちくださーい」
「あの、できればすぐにでもパーティーメンバーを募集したいんですけど、可能ですか?」
「構わないけど、Fランク冒険者の募集に人が集まるかどうかは知らないぞ?」
ソフィアは、ちっちっち、と舌を鳴らすと、
「それはご心配なく。なにしろ、こっちにはあのフェンリル様がついてるんですからね! 引く手数多間違いなしですよ!」
「ふっ。そっかそっかー」
また鼻で笑われた!
いや、正直反論できんけど……。
ソフィアは自信満々で俺に向かってガッツポーズをすると、
「さぁ、タロウ様! これから忙しくなりますよ! 覚悟してくださいね!」
「あー……うん」
◇ ◇ ◇
冒険者ギルド。建物内部に貼り出された一枚の紙を取り囲み、何人もの冒険者がざわついている。
「おい、見ろ! このパーティーメンバー募集の貼り紙! 『フェンリル降臨! 仲間になりたい者は訪れたし!』って書いてるぞ! ついにフェンリルも、再びこの世界に顕現したんじゃないか!?」
「唯一神を決める戦いがどうのこうのってやつか……。けど、あれはただの噂だろ?」
「ばっかお前! 噂なんかじゃねぇよ! 実際、世界各地で神を名乗る奴らが一斉に現れ始めてるって話だぜ!? とにかく、一度そのフェンリルを名乗ってるやつの顔を――」
と、そこまで話を聞いたところで、ソフィアが意気揚々と口をはさんだ。
「はいはーい! 噂のフェンリル様はこちらですよー! パーティーに入りたいという人は集まってくださーい!」
その場にいた全員の視線が、一気にソフィアへ集まり、その視線はすぐに、となりに座る俺へと移された。
すると、誰からともなくぽつりぽつりと声が漏れる。
「もしかして……フェンリルってこれのことか?」
「犬……だよな? にしては、顔つきが間抜けすぎるが……」
「まさか……さすがにこれはフェンリルじゃねぇだろ……」
「ははは! だよなぁ!」
俺は胸を締め付けられる思いで、できるだけ早口にぼそりと呟いた。
「――――リルです」
「喋った! 使い魔か!? 声が小さくてよく聞こえなかったけど……」
「――ンリルです」
「はぁ? だから聞こえねぇって! なんだって?」
「……俺が、フェンリルです……」
「…………」
そう宣言した途端、あれだけ盛り上がっていた群衆が、口々にため息をついてその場から散っていった。
「なんだよ。ガセかよ」
「ちっ。フェンリルが見れるかと思って損した」
「あーあー。やっぱり伝説は伝説に過ぎねぇってことかぁ」
その場でただ一人、ソフィアだけがきょとんとした顔をしている。
「あれ? ちょっと、皆さんどこへ行くんですか? おーい! ……行っちゃいました」
「やっぱり無理か……。誰も俺をフェンリルだなんて思っちゃくれないって……」
「そんなまさか……。くっ。ここまで民衆の審美眼が衰えているとは予想外でした……。こうなったらタロウ様のスキルで、あの大きなフェンリルの頭を見せつけてやりましょう! そうすればきっと信じるはずです!」
「どうせ手品かなんかだと勘違いされて終わりだって……。ソフィアも最初俺を見た時、完全に犬扱いしてたじゃないか……」
「違いますぅ。私はすぐにフェンリル様だって気づきましたぁ。その上でイメージと違っててちょっと驚いただけですぅ」
「犬に食われたくないって半狂乱で泣いてたじゃねぇか……」
「さて、これからどうしたものか……」
「無視すんな」




