第10話 柴犬はおさわり禁止です!
俺は酒場で情報を集めることも、荒くれ者からソフィアを守ることもできず、ただただペットとして店の前でぼぅっと座っている他なかった。
「こんなこともあるんだなぁ……。はぁ……。まさか酒場にすら入れないなんて……」
しょんぼりと肩を落としていると、不意に前を行き交う人たちが、こちらを見てクスクスと笑っているのに気が付いた。
なんだ? みんな、何を笑ってるんだ?
じっと耳をそばだてると、かすかにその会話が聞こえてきた。
「ねぇねぇ、見てあの子! 店の中に入れてもらえなくてしょんぼりしてる!」
「ほんとだね! かわいい!」
「でもなんか顔がちょっとまぬけー」
「まぬけかわいいね!」
…………。
「エサあげてみる?」
「えー、飼い主さんに怒られるんじゃない?」
「いいじゃんいいじゃん! ちょっとだけだし!」
…………。
すると、こそこそと話し声を上げていた二人は、手に提げていた鞄の中からベーコンの切れ端を取り出し、それを俺の目の前でひらひらと見せつけた。
「ほぉら、お肉ですよぉ!」
「食べるかなー?」
――く、屈辱!
どうして俺が食べ物を恵んでもらわなくちゃいけないんだ!
こう見えても中身は人間だぞ!
……あ、そうだ。くくく。こいつら、ちょっと脅かしてやるか。
俺は、こほん、と小さく咳払いをすると、ベーコンの切れ端を見せびらかす二人に向かって一言、
「おい。俺はフェンリルだ。そこらの犬と一緒にするんじゃない」
どうだ! 言葉を喋る犬なんてさぞ怖かろう!
恐れ戦いて無様に逃げ回るがいい!
だが、俺の予想に反し、二人は一瞬きょとんとした直後、途端に目を輝かせて興奮気味に前のめりになった。
「すっごーい! この子喋れるんだ!」
「きっと使い魔だよ、使い魔!」
「犬の使い魔なんて珍しいね!」
つ、使い魔……?
てっきり驚いて逃げていくもんだと思ってたけど、この世界だと喋る動物はポピュラーな存在なのか?
「な、なぁ、その使い魔ってのはなんなんだ?」
女の一人が俺の頭を不躾になでながら、
「テイム系のスキルとか魔法を持った人間と契約して、君みたいに知能を持った生き物のことだよー。わー! もふもふ!」
「私も私も! わぁ、ほんとだぁ!」
ゲームとかでいうテイマーみたいなものか。
「使い魔と魔物はどうやって見分けるんだ?」
「そんなの簡単だよ。人間の言葉を喋れるのが使い魔。喋れないのが魔物。というかそもそも、狼の魔物はいても、犬の魔物なんて聞いたことないしね。……あっ! ほら、見て! 耳のとこ触るとめっちゃサラサラしてる!」
「あはは! かわいいっ!」
なるほど。魔物は言葉を喋れないのか……。
そう言えば、あの大蛇もずっと威嚇してるだけで喋ったりはしてこなかったな。
つまり俺は、喋るだけで自分を誰かの使い魔だと偽ることができるってことか……。これは便利そうな知識だから忘れないようにしよう。
そんなことをぶつくさ考えていると、目の前でしゃがみこんでいる二人の女のうちの一人が、手に持っていたベーコンをひらひらと見せつけた。
「ほぉら。ベーコンですよぉ」
「施しは受けない」
「あはは! なんか偉そう! けどやっぱりまぬけかわいい!」
「まぬけ言うな。俺はこう見えてもフェンリルなんだぞ」
「そう言えばさっきもそう言ってたけど、君、本気で言ってるの?」
「当たり前だ」
そう答えると、女たちは同時に腹を抱えて笑い出した。
「あはははは! フェンリルって言ったら、ずっと昔にいた伝説の神様のことでしょ? 口からは煉獄の炎を吐いて、目にも留まらぬ速度で世界中を駆け回り、人々を虐げてる邪神を次から次へと倒したっていう、『神速炎帝の神・フェンリル』! でも残念だけど、君はフェンリルにしてはちょーっとかわいすぎかなぁ」
「言いながら頭をなでるな!」
ぐぬぬ……。俺がそのフェンリルだって言ってるのに……。
けど、さすがに炎は吐けないし、目にも留まらぬ速さで走り回ることもできない……。
あれ? 俺、本物のフェンリルだよね……?
自分をフェンリルだと思い込んでるだけのかわいそうな柴犬じゃないよね……?
そんな不安に駆られ始めた頃、酒場の扉がカランコロンと開き、中からソフィアが現れた。
「あれ? タロウ様どうしたんですか? そんな青ざめた顔して」
「いや、なんか、自信なくなっちゃって……」
「外で待たされたからってそんなに落ち込まなくても……」
「そういうわけじゃない!」
◇ ◇ ◇
「じゃあねー」
「またねー、わんちゃん!」
話しかけてきた二人を見送ると、ソフィアが不思議そうな顔をして首を傾げた。
「タロウ様、何食べてるんですか?」
「ベーコン」
「ベーコン?」
「言っておくが、これは別に施されたわけじゃないぞ? あのままもらわないとベーコンがもったいないからしかたなく食べただけだからな」
「は、はぁ……」
「それで? 酒場で何か情報は手に入ったか?」
ソフィアは意味深に口角を上げると、
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました。えぇ、えぇ。もちろん手に入れてきましたとも。私はこう見えてもタロウ様のお世話役ですからね。それなりの活躍は期待してくださいよ」
「なんか鼻につくが……。まぁいい。どんな内容だ?」
「まずはこの世界についてですが、どうやら魔物を狩ることを仕事にしている、通称『冒険者』、と呼ばれる人たちがいるようで、近隣の魔物問題は大抵、その冒険者の方たちが解決していて、住民からはかなり重宝されているようです」
「ふむ。冒険者と言えばファンタジーの王道だな」
「冒険者は、その貢献度や強さに応じて、FランクからSランクまでに振り分けられているようです。Sランクともなれば、国から直接クエストを受注できたり、特別な手当や権限も与えられ、他の冒険者から一目を置かれるとかなんとか」
「つまり、多くの信仰心を獲得するのに利用できるってわけか」
「その通りです。あと、他の神様についての情報ですが、これは噂話や伝承が多すぎて、真偽のほどがたしかではありません。まぁ少なくとも、この近くで大々的に神様を名乗っている者はいないだろう、という程度ですね」
「リリーの話では、唯一神候補同士は見ればお互いにわかるらしいし、今はそれで十分だ」
「使えそうな情報は以上ですね」
「そうか。よくやってくれた」
「えへへー。ご褒美に少しだけもふもふさせてもらっていいですか?」
「だめです」
「いけず!」
ソフィアが手に入れた情報から考えても、やはり冒険者になることが強くなるための一番の近道だな。
……正直、俺が唯一神ってやつになれるとはこれっぽっちも思わないが、信仰心を集めて新しいスキルを手に入れれば、これからの行動の幅が広がる。
だが、この世界のことをよく知らない俺と、この時代のことをよく知らないソフィアだけだと何かと不便だし、クエストをこなすとなれば先にある程度戦力強化を図りたい。
となると最優先すべきは――
「よし、ソフィア。今から仲間集めをするぞ」
「仲間集め、ですか?」
「そうだ。ある程度経験を積んだ冒険者をパーティーに呼び入れたい」
「なら、冒険者ギルドに行きましょう!」
「冒険者ギルド?」
「なんでもそこでは、冒険者として登録できたり、仲間の募集やクエストを受注したりもできるそうなんですよ!」
「ほぉ。すでにそこまで調べているとは、優秀だな」
「ふっふっふ。そうでしょうそうでしょう。ちなみに冒険者ギルドまでは少し距離があるそうなので、そこまで私がタロウ様を抱っこして連れて行ってあげますね!」
「結構だ」
「むー!」




