54 勝利は誰の手に Ⅱ
<この回の登場人物>
西園寺海斗
この物語の主人公(33歳男性)、父の持つクローン研究のマスタデータ取得しようとしている。
西園寺創真
海斗の父、政治家。邪魔物は排除し、西園寺グループの繁栄に固執している。
森下(森下)
父の側近。感情を見せることはめったにない。
絵梨
森下の娘(21歳)、父に反発している。海斗からその反発は秘書になって返せばいいと言われて、秘書になることにOKを出す。
中村さん
父の古参の公設秘書の一人。海斗と面識あり。
木下
父の秘書の一人。義理母、義理弟の陸斗の知り合いで、父は絵梨との秘書の入れ替えを企てている。
<今までお話(要約)>
二年前に命を失ったはずの友人たちが生きていた。
クローンとして生まれた友人の一人である光は、そのクローン研究を実施していた海斗の父の元にある研究の全てを回収してほしいと海斗に頼む。
海斗はクローン研究の実担当だった兄に接触し、病院の研究室にあるクローン研究情報を取得した。兄によると研究のマスターデータは政治家の父の議員会館にある執務室にあるということが判明したため、父に接触した。
その結果、森下の娘の絵梨を通して議員会館へ入館パスを手にし、研究資料の奪取を企てる。
それから数十秒後に、警報が鳴り響き、アナウンスが始まった。
『こちらは、防災センターです。ただ一部の階で、自動火災報知設備が作動しました。現在、確認しておりますので、係員の指示があるまでお待ちください。消防担当は、確認を行い防災センターに報告してください』
その放送に、室内にいたメンバーは一様に「どういうことだ?」と慌てだし、うち一人が外に出て、「スプリンクラー回ってます!」と叫んだ。
『こちらは、防災センターです。火災は確認しておりません。繰り返します、火災は発生しておりません。一部階でスプリンクラーが動作しています。中央センターで制御ができないため、これから発生階についてはこれから順々に確認いたします。恐れ入りますが、スプリンクラーが動作している階の皆様においては階段を利用いただき、一度、1階へ退避のほどお願いいたします。』と機械的な音声が流れたのを機に、周りの事務所の人の話し声が廊下から聞こえ始めた。
俺は「先に行って状況を確認してくれ、俺は少し後で行くから」と絵梨に言い、外に出した。
そして俺の手元にある箱の中身(ハードディスクと資料いくつか)をあらかじめもってきた袋に滑り込ませ、衝立の後ろの机であたふたしている木下に声をかけた。
「すみません、こちら間違えて持ってきてしまって…」
「え?今ですか?こんな時に…」
木下は驚いた様子で聞いたが、俺はそんな木下に、「内部資料、お返しします」とケースを押し付けた。
その途端、また警報音とアナウンスが流れた。
「木下、カギを閉めて我々も1階に行くぞ。海斗さんも一緒に。」
中村さんが俺と木下に声をかけて、部屋から出そうとし、木下はケースを持ったまま外に出た。
そこで事務所のカギを閉めている中村さんの後ろに立った。
廊下はスプリンクラーが回っており、雨が降っているかのように水がしたたり落ちてくる。
木下が髪をかき上げた瞬間、俺は滑ったふりをして、ケースに向けて勢いよく身体を当てた。
どんっと鈍い音がして、木下は壁に当たった。
「いってぇな……おい、何するんだよ!」
木下は俺に怒鳴りつけてきた。
「すみません、滑りまして…」
俺は謝った。
木下は怒って俺を睨み、手から落ちたケースはそのままだ。俺は木下を見つつ、足でケースをさらに蹴り、見えない角に滑らせた。
そうこうしているうちにカギをかけおえた中村さんが「行きましょう、1階へ」と言って、皆で階段に向かった。
****
それから間もなくスプリンクラーは止まった。
そうして2時間ほど経って、一部、水浸しの範囲以外は問題がないことを確認し、点呼を終えて退避した人々は解散となった。
「スプリンクラーの故障ですかね…廊下だったからいいものの…はぁ、災難でしたね。海斗さんと絵梨さん、濡れましたよね?中でしばらく休んでいきませんか?」と中村さんに聞かれた。
「いえ、もう帰ろうかと。皆さんに絵梨さんをご紹介するのが今日の趣旨でして、この時間で絵梨さんの人柄はご理解されたかと思うのですが…どうでしょう?」と俺は言った。
そう、絵梨は俺の言葉に忠実に周囲の状況を確認しており、到着してすぐに中村さんに報告し、いつ確認が終わるかわからない時間で俺と絵梨と中村さんの3人でそのまま雑談をした。その間、木下は俺達には一切、近づかず、一人で携帯を時折触りながら、ずっと待っていた。
「あぁ、私は十分ですよ。絵梨さん、森下さんのお嬢さんだからあまり話さないのかと思いましたが…明るくてびっくりしました。あ、これはオフレコで」
中村さんはすっかり絵梨と打ち解けたようで楽しそうに教えてくれた。
絵梨は絵梨でこの場で一番仲良くなっておくべきは中村さんと目星をつけたようで、笑顔で中村さんの話を引き出して聞き役にまわり、うまく味方につけていた。
「木下はもう戻ったようで…」
中村さんは周囲を見回しながら、言う。
肝心の木下は俺が思い切りぶつかったせいか、あれから一言も話すようなそぶりをみせないまま、戻って行ったようだった。
それはそうだろう。新手の嫌がらせと思われても仕方がないことをしたと自分も思っている。
ただケースをどうしても落としてほしかったから、と心の中で思い返す。
そう考えると、もしかしたら木下は今頃、落としたケースに気が付いて、探しているのかもしれない。
思った通りに事は進んだことを俺は確認した上で「本日はこちらこそ、ありがとうございました。我々はここで失礼します。また今度、父から正式に秘書として紹介していただきますので宜しくお願いします」と言い、俺と絵梨は二人で議員会館の外に出た。
外に出るとスプリンクラーで洋服にかかった水が12月の寒さをさらに強くした。
「絵梨さん、寒くない?大丈夫?」
俺は声をかけた。
「ほとんど濡れていません。それより海斗さん、随分と口がうまいのですね」
絵梨はほとんど表情を変えずに、俺に淡々と言う。
その姿はまるで森下のようだと俺は思いながら、「そう?嘘は言ってないよ。それより中村さんはどんな感じ?」と聞いた。
「思ったより、気さくな方で安心しました。父みたいな人ばかりだったら、今日を限りにここには来ないつもりでした」
「そうなんだ?うん、中村さんは若い人から年長者まで付き合いがあるから、ね。きっと問題ないと思ったよ」
俺は木下の話や水面下での話を持ち出さずに、絵梨に言った。
絵梨は俺は帰る方面が違うことと、電車に乗ると言うので門の前で分かれた。
俺といえば、タクシーを拾おうと議員会館から少し歩いて目の前の信号を渡ろうとした所だった。
電話が鳴ったと思った途端に、右から勢いよく左折しようとする車のナンバーに見覚えがあった。父の車だ。
まさかあの車に父が乗っている?
俺の脳裏に父の顔が浮かび、ゾクッと背中が凍った。
見に来てくださって、ありがとうございます。




