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第44話 龍の成り損ない

 森外縁部での恐竜との戦いは1週間もの長期戦となった。

 皆は私の休まず戦い続けるという無茶な指示に従ってくれた。

 さすがに機械じゃないので全く休みなしは無理だったけど、それに近しい状態で戦い続けてくれたのだ。


 食事や睡眠や排泄といった生理的行為が必要な者や、遠距離攻撃組の矢玉や魔力の補充に各自現場を離れることもあったけど、蠱島ことう生物をその都度投入することで対応可能だった。

 こんな無茶を押し通せたのは、これまでずっと皆との絆を深めてきたおかげである。


 決して召喚主である私に逆らえないからじゃないと思う。

 信頼関係のなせる業だよ。


 というか時間が経つにつれて、蠱島ことう生物に変えられる恐竜モンスターが増えてきたから戦闘の負担は減ってきている。

 今では現地調達された蠱島ことう生物たちは50頭以上いる。

 スキルが使えない蠱島ことう生物だが元が恐竜モンスターだけあって、高いフィジカルによる物理攻撃のみでも十分な威力があった。


 冗談抜きで蠱島ことう生物と、それを支配する蠱島ことうがいればなんとかなりそうである。


 ただし森の中ではそうはいかない。

 モンスタートレインの度に数を減らしていく蠱島ことう生物たちがその証拠だった。

 本当なら今の倍以上の数の蠱島ことう生物たちがいたのだ。


 だが恐竜モンスターのテリトリーである森の中だと、蠱島ことう生物が狩られる側になり、その数をどんどん減らされていったのだ。


「隠密特化の恐竜モンスターってズルくない?」


 あの巨体と動きで足音などの体から発する音が聞こえないのだ。

 初日に恐竜の群れが鳴き声を上げていたが、それ以外の音は恐竜モンスターたちから発せられていない。

 その時に先頭を走っていたトリケラトプスのデカい図体が倒れた時も無音のままだった。

 そういった効果のパッシブスキルを全ての恐竜モンスターが持っているのだろう。


 しかもこれまで見てきた恐竜モンスターの皮膚は全て暗色で、森の中ならその暗さも相まって視認が容易ではない。

 鳴き声だけは聞こえるので完全な無音ではないのは分かっているが、声が反響する森の中で鳴き声だけ聞こえても恐怖と焦りを煽るだけじゃないだろうか。


 墓場がゾンビ映画みたいなら、この森はモンスターパニック映画をモチーフにして創られたのかもしれない。

 移動の音が聞こえず姿も見えずらい人を襲うモンスター。森へ入ったら最後、よくある突然モンスターに襲われて喰われるパターンになる自分の姿が想像できる。


「恐竜モンスターがお馬鹿さんでよかったですね。頭が良ければ森から出ずに戦おうとしますよ」


 呆れるイヌに私も同意する。


「まあ、そこはモンスターだから仕方ないだろう」


 恐竜モンスターの思考行動が従来のモンスターのままで本当に良かった。

 1階層のクソ人面犬や2階層の墓場の最奥にいるリッチといった特殊個体だったら危なかったかもしれない。

 侵入者はとにかく殺すという行動スタンスは、恐竜モンスターでも変わらないみたいだ。


 私とイヌが戦う皆の背中を見て話していると、魔力回復するため休んでいたカルシファーが走り寄ってきた。


同胞はらからっ。なにかとてつもなく巨大な危険が急速な勢いで近づいているぞ!」


「巨大な危険?」

 

 邪気眼スキルで何か見えたようだ。

 恐竜モンスター相手でもカルシファーはこんな焦った言い方はしなかった。


「これは……森の支配者である龍の成り損ないが遂に出張ってきたかもしれませんね」


「カルシファー。そいつの居場所は?」


「移動スピードが速い。もう森から出てきてるわっ!」


 カルシファーそう言って森外縁部を指さした瞬間。

 森外縁部の一部の地面が水面の様にたわむと波紋が広がり、巨大な鯉が地中から飛び上がってきた。

 ざばっと水が勢いよく上がった音と共に現れた鯉はとにかく大きかった。

 30mはあるんじゃないだろうか。

 これまで見てきたモンスターの中でも最も大きかった。


 その巨大さに圧倒されていると、空中に跳ね上がった巨大鯉の周りがキラキラと光っているのに気付いた。


「あれは……あいつの鱗か」


 堕犬娘の視力でよく見ると月明りを反射する鱗だと分かった。

 どうやら飛び上がった衝撃で自身の鱗が何枚も剥がれたみたいだ。


 そして飛び上がった鯉に巻き込まれる形で、近くにいた恐竜モンスターと蠱島ことう生物が何体か一緒に跳ね飛ばされていたことにも気づいた。


 飛び上がった巨大鯉は天に向けた頭を下にして、上下逆に体勢を変えて頭から地面に突っ込んだ。

 そのまま地面に激突すると思われたが、飛び出した時と同様にまたもや地面が水面の様にたわみ、じゃぶんっという水音と共に吸い込まれる様に地中へと姿を消してしまった。


「あんなのもいるんだなぁ」


 巨大鯉の大きさにも驚いたが、なにより地中に飛び出した時や潜る時に地面が水面のようの変化していたことに驚いた。

 そういったスキル持ちなんだろうが、あんなモンスターもいるのか。


「地面を泳ぐ鯉。あれが龍の成り損ないでしょうか。正あれを見てリッチが龍の成り損ないと呼ぶ理由は分かりませんが……」


「たぶんだけどその呼び名で間違いじゃないと思うぞ。地球には鯉の滝登りってことわざがあって、それが中国の故事の由来では鯉が竜門と呼ばれる滝を登って龍となったとされるんだ」


「魚が龍にですか。頓珍漢とんちんかんな話ですね。ですがその説明で納得はしました。恐竜の森にいる龍に成れない鯉。だから龍の成り損ないですか」


 リッチが付けた呼び名をどうこう言うつもりはない。

 少し気になる点もあるが、今はそれよりもあの巨大鯉からどうにかして杯を手に入れなくてはならない。


「ご無事ですか。主殿」


 ゴリ将がこちらを心配して様子見に来た。

 他の面々も持ち場を離れて私の所に来ているではないか。

 不思議に思って先ほどまで恐竜モンスターたちと戦っていた場所を見ると、恐竜モンスターの姿は見当たらなかった。


「ゴリ将。恐竜モンスターたちはどこ行ったんだい」


「理由は吾輩には分かりませんが、突如出現した魚の化物を見たら一斉に森の中へ逃げましたぞ」


 あの巨大鯉が森の支配者だからだろうか。

 とにかくあいつとの戦いで恐竜モンスターの邪魔が入らないならいいか。


「皆、聞いてくれ。あの巨大鯉が森にいる龍の成り損ないに違いない。あいつから杯を奪えばここでの戦いは終わりだ。私が催眠おじさんの力であいつから杯を奪うから、皆はあいつが地上に再び出るまで私を守ってくれ」


 目視した相手に洗脳催眠スキルを発動すれば私の支配下に入る。

 だが巨大鯉が地中にいては洗脳催眠スキルが効かない。


「そういえば蠱島ことう。あの巨大鯉が飛び出した時、蠱島ことう生物を吹き飛ばしてたけど寄生菌は着けれたかい?」


「イチロー様がおっしゃる通り寄生菌はあいつの体内に侵入済みです」


「それなら――」


「ですがあの巨体だと脳もそれなりでしょうから、兄弟にするには時間が掛かります。僕の見立てではおよそ半日は掛かるでしょう」


 これは転移門で一旦この場を離れた方がいいかもしれないか。

 そう考えつつ各自どう動くか話そうすると、再度カルシファーが大きな声を上げた。


同胞はらから! 奴がここまで来たわ!!」


 地中を泳いで移動しているのか。

 巨大鯉の姿は影も形も見えないし、地中を移動する音も聞こえない。

 カルシファーの邪気眼スキルだけが奴の居場所を知る手がかりだった。


「くっ。皆、散り散りに逃げるんだ!」


 あの巨大鯉の攻撃方法は分からないが、近くにいるだけでも危険が伴う大きさだ。

 しかも水面の様にたわむ地面に引きずり込まれる可能性もあるので接近戦は命取りになる。

 私たちはその場から大急ぎで離れた。


「あいたっ!?」


 カルシファーが焦ったせいか途中で転倒してしまう。

 地面が水面の様にたわんだ。

 同心円状に広がる波紋。

 その範囲にカルシファーが残っていた。

 

「な、なにこれ! わぶっ……!?」


 嫌な可能性が的中してしまった。

 地中へと溺れる様に沈みだすカルシファー。


「ったく、お嬢は世話が掛かりやすね!!」


 駆け寄ったお菊が黒髪を素早く伸ばして、溺れかけたカルシファーの手を掴んで引き上げた。

 だが彼女たちが巨大鯉から逃げる余裕はなくなった。


 お菊たちは波紋の端の更に外側にいるので、巨大鯉に喰われる心配はないが危険な状況に変わりない。

 飛び上がった巨大鯉に巻き込まれたら恐竜モンスターでさえ無慈悲に跳ね飛ばされる。攻撃ですらないそのダメージを防がなくてはならない。


「お菊。カルシファーを守ってくれ!」


 お菊とアイコンタクトをとる。


「任されやしたっ、姐さん!」


 黒髪鬼と化していたお菊が、その身の髪の毛を瞬時にほどくとカルシファーごと自分たちを包む。

 黒髪で出来た急造のシェルター。

 その中では衝撃対策の為、蜘蛛の巣状に伸びた髪の毛がお菊たちの体を縛り上げていた。


「重硬化スキル最大じゃっ。黒髪重硬牢!」


 水面の様になった地面から巨大鯉が飛び上がる。

 跳ね飛ばされる黒髪重硬牢の中からカルシファーの悲鳴が聞こえるが元気な証拠だ。

 視界に端に彼女たちの無事を確認して、私はすぐさま堕犬娘の体から催眠おじさんの体へと変わった。

 目の前にサモンマルチバースカードのウインドウを出現させる。


 手札からユニのおかげで増えた白マナカードを引き抜く。

 時間がない。

 巨大鯉はすぐに地中へと潜ってしまうから今ここで勝負をつけたい。


 はやる気持ちを精神耐性スキルが抑えて、よどみない動きで2枚の白マナカードを掲げる。


 ――洗脳催眠――発動。


 2枚の白マナカードが黒い粒子となって私に力を与える。

 空中に飛び上がった巨大鯉を見つめて絶対命令の言の葉を紡ぐ。


「――止ま」


 止まれと言い切る寸前。

 巨大鯉が身の危険に気づいたのか慌てた様子で身をくねらせると、宙に散らばる鱗が燦然と輝きだした。


「うぐっ」


 目がくらむような光と耳をつんざく爆発音が周囲に広がる。

 数秒間の感覚の麻痺。

 方向感覚まで覚束なくなる光と音の暴力だ。

 眩い光が巨大鯉の姿を隠してしまい、目視という前提が崩れた洗脳催眠スキルが不発となる。


 感覚が戻って周囲を確認すると、巨大鯉の姿は先ほどまでそこにいたのが嘘だったかの様に消えていた。

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