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第40話 姦しい宴

 私の乾杯の音頭を取ってから始まった焼肉パーティー。

 チュートリアルダンジョン探索の慰労と、新たなユニットたちとの親交を深めるために開いた宴は大盛り上がりだった。


「ふぅ……この黒ワイン美味いな」


 堕犬娘の体となった私は黒い液体で満たされたグラスを傾ける。

 果実味が強い黒ワインは、肉料理によく合うと地球に居た時に聞いたことがあったけど本当にそうだったみたいだ。


「それでカルシファーとお菊は私になにか用なのかな?」


 酒を飲みながら焼肉に舌鼓を打つ私をカルシファーが心配そうに見つめていた。

 そんな彼女の肩に、そこが定位置だと言うようにお菊が腰掛けて座っている。


「今の同胞はらからは私と同じくらいの年齢のはず。お酒はいずれその身を蝕む毒となるのではないか?」


「ああ、なるほど。私の体のことを心配してくれたんだね」


「ウチは心配いらんって言ったんでやすがね。お嬢がどうしてもって言うんで話だけでも聞いてやってください」


 お菊がカルシファーを擁護する発言をする。

 仲が良いようでなによりだ。

 チュートリアルダンジョンの探索で互いに一番近くにいたおかげかな。


 15歳の堕犬娘の体となった私は、肉体年齢的には未成年だ。

 地球に居た頃の法律や倫理観、そして若い体への悪影響を考えると飲むべきじゃないとカルシファーは言いたいのだろう。


「ふっふっふっ。カルちゃんが心配するのは分かりますが、飲酒による悪影響なんて、後で自分が再生スキルをすればクリーンなマスターの体に早変わりしますからね」


「そうそう。もし飲み過ぎても、2つある体を置換してしまえば一瞬で素面の体になるしね」 

 

 イヌの言葉に乗っかって私は大丈夫だと言い切った。

 法律や倫理観に関しても、チュートリアルダンジョンでそんな事を今更気にする真面目な性分でもない。


 というか以前の鍋パーティーで堕犬娘の体が酒に異様に強いのが分かっている。

 この体なら酔って醜態をさらす心配もないのだ。

 催眠おじさんの体は酔いやすい体質だけどね。


「なるほどなるほど。再生スキルがあるから問題ないのだな。だったら我も……」


 私たちの言い訳に納得してくれたカルシファーが、私が飲んでた黒ワインのボトルに手を伸ばそうとした。

 どうやら私を注意したかったのではなく、自分も酒を飲んでみたかったからその口実が欲しかったようだ。

 中学生と言ったらお酒に憧れる年頃だもんな。

 しかも邪気眼娘だから余計にそういったことに興味があるのだろう。

 でもそれは見過ごせないぞ。


「はい、ストップ」


 黒ワインのボトルに伸びたカルシファーの手を掴む。

 ――前に、お菊がカルシファーの両腕を伸ばした黒髪で縛ってしまう。


「まだ諦めてなかったんでやすね。お嬢には酒は早すぎだって言ったでしょうや」


 やはり私の考えた通りだったようだな。

 こっそりお酒を飲もうとしたのをお菊に邪魔されたので、同年齢の少女の体となった私を理由に酒を飲もうという魂胆だったみたいだ。


「うぐっ、なぜ同胞はらからが良くて我は駄目なのだ?」


 年齢の問題もあるけど、君が催眠おじさんの体の血の繋がった娘だからだよ。

 カルシファーが知らない私との秘密の繋がり。

 身勝手な話だが、父親という立場からすると未成年の娘に飲酒はさせたくない。

 ――なんて、そんな事実をここで言うつもりはないけどね。


「そりゃあカルちゃんがマスターのムギュッ……」


 カルシファーを掴もうとした手を首元に移動させて、首輪のアクセサリーを万力の様に握りしめる。


「イヌは首輪のくせに口の締まりがないね。私が締め直してあげようか?」


 更に強く握りしめた拳の中でアクセサリーが激しく震える。


「いつもご褒美ありがとうございます! マスターにならもっと締められてもいいです!」


「このイヌっころは成長しとらんのう」


 私とイヌのいつも通りのやり取り。

 そんな見慣れた私たちの掛け合いを、お菊が呆れと羨ましさを滲ませた感じで見つめてくる。

 このまま話がうやむやにならないかな……と、思っていると私たちに近づく複数の人影。


「ご主人様。皿が空いたのでしたら、私たちが焼いたこの肉をどうぞ召し上がりください」


「焼き加減も味付けも完璧です。召し上がれ」


 召喚したばかりのユフィとソフィだ。

 妖精種の双子の手には焼肉を載せた皿があった。

 焼き上がったばかりの香ばしい匂いと、肉汁が弾ける様にあふれる焼肉が実に美味しそうだ。

 断る理由もないので早速いただくことにする。


「なにこれ美味すぎなんだけど……」


 肉の旨味と甘味が舌の上で蕩ける様に広がる。

 味付けも絶妙なバランスで焼肉とマッチしていて、さっき食べていた下級竜種の焼肉よりも美味しかった。


「あり合わせの材料で下味をつけたのですが、お口に合いましたようで何よりでございます」


「むふぅ。オーク肉は初めて扱ったです」


 謙遜するソフィと胸を張るユフィ。


「こらユフィ。ご主人様の前ではしたないですよ」


 妹の態度をたしなめるユフィを見ながら、私は先ほどの彼女の言葉に驚いていた。

 ショップで購入した肉の中で、下級竜種の肉は一番高くDPを必要とした。

 オーク肉はその下級竜種の肉の半額程度のDPだ。

 DPの多寡で食材の質は変わるだろうが、作り手の違いで味の善し悪しの幅がこうも変わるものだったんだな。


「なんか食べたら元気が湧いてきたんだけど、これは君たちのスキルのおかげなのかい?」


 双子家事妖精シルキーズの万能家事スキルは、家事の成果に対してバフ効果を付与するといったものだ。


「はい、私たちの万能家事スキルのバフ効果です。どのようなバフ効果になるかは、効果が現れるまで私たちにも分かりませんが、今回は食べた者に活力を与えるようです」


「元気いっぱい幸せいっぱいです」


 力こぶを見せるポーズをとるソフィ。

 召喚した時の印象はクールな感じだったけど、不思議ちゃんみたいな感じなのかな。

 

「妹がこの様な態度をとり申し訳ございません、ご主人様。ユフィは昔からこうでして悪気はないのです。お怒りでしたら、どうか私めに致してください」


「姉さま……。すみませんでした、ご主人様。責任は私が取るので姉さまは許してください」


 妖精姉妹に平身低頭されても困るのだが。召喚される前の世界で何かあったのだろうか。

 あとこの中で常識枠のカルシファーの目が気になって仕方ない。

 娘に非道な奴だとは思われたくはないし、この程度で怒るつもりもないぞ。


「気にしてないから別に謝らなくていいよ。ソフィの態度をあれこれ言い出したら、イヌの言動を注意するのに半日が過ぎちゃうからね」


「いやあ、照れますね」


「イヌっころは、もっと反省した方がええぞ」


「我もそう思う」


「まさかカルちゃんにまで言われるとは!?」


 ことわざに女3人寄れば姦しいとあるが正に今がそうだった。

 イヌはホント反省した方がいいと思うけどね。


「ご主人様。もったいないお言葉をいただきありがとうございます」


「ありがとうです」


 再び頭を下げるユフィとソフィ。

 焼肉が載った皿を持っているのに器用なものだ。


「そうだ。今の内に伝えておくけど、君たちにはマイルームの留守番を任せたいんだ。今は全員で探索に向かってるけど、もう少し人員が増えたら休む者と探索する者の交代制でやっていくつもりだから、このマイルーム全体の維持管理と世話を頼みたい」


 あとコアパソコンの掲示板情報の収集なども任せてみてもいいかもな。

 他のダンジョンマスターのチュートリアルダンジョンの進捗状況や、私たちが知らない情報を戻って来た時にまとめて教えてくれたら助かるだろう。

 私がそう伝えるとユフィとソフィの顔がほころんだ。


「ご主人様の為に働けることこそ私たちシルキーの幸福。そのお話、謹んでお受けいたします」


「お任せです」


 よし、話が終わったら食事に戻ろう。

 今度は黒ワインを味わいながらこの焼肉を食べるのだ。

 美味しそうに食べ始めた私を見て、横にいた者から生唾を飲む音がした。


「ふふっ。お菊様とカルシファー様の分もありますので、よろしければ召し上がりください」


 ユフィが丁寧な口調でお菊とカルシファーにも手づから焼いた肉をすすめてくる。


「えっ、我たちの分もよいのか?」


「お肉は沢山ありますので無問題です」


「じゃったらお言葉に甘えましょうや。お嬢も早く食べないと折角の焼肉が冷めちまいやすよ」


「そ、そうか……ありがとう」


 少し照れた様子でお礼を言うカルシファー。

 それを見て私はほっこりした気分になる。

 うーむ。これが娘の成長を喜ぶ父親の気持ちだろうか。

 

「純粋な乙女の恥じらう姿……あぁ、なんて尊いのだろうか」


 父親気分で女性メンバーを見ていたら、処女信仰の狂信馬が尻尾を揺らしていつの間にか近くにいた。

 雰囲気ぶち壊しだよ。


「ユニも私に用があるのかい」


 お菊とカルシファー、ユフィとソフィと続いたのでユニもそうなのかと聞いてみる。


「乙女たちの集いを見て来ましたがなにか?」


 こいつはイヌと同じくブレないなあ。


「宴だからあれこれ言うつもりはないけど相手に嫌な思いはさせるなよ」


「イチロー様に言われるまでもありません。乙女たちの楽し気な姿を見ていられるだけで私は満足ですから」


「乙女たちってことはユフィとソフィもそうだと思うのか?」


「私の処女を嗅ぎ分ける鼻に間違いはありません。神に誓って彼女たちも乙女のままですよ」


 嫌な鼻の利き方だ。

 しかも聖獣が神に誓った内容が、相手の処女の断定とは世も末である。


「ユニは人間の処女の女性がいいんだろ。ユフィとソフィは妖精だけどいいのかい」


「見た目が人間種ならば、さほど気にしません。私の信仰心は狭き門で乙女しか認めませんが、広い心で認めた者を受け入れますので」


 ユニがこちらをチラチラ見ながらそう言い切った。

 私はユニの挙動不審な行動を訝み、すぐにその理由を察した。

 そういえば、まだ今日は信仰の証スキルを発動していなかったっけ。

 ゴリ将たちとの訓練の前に膝枕しながら頭を撫でる約束もしてたのを思い出す。


「ほれ、おいで」


 食堂の床に正座して座ると太ももを叩いてユニを促す。


「イチロー様!!」


 その後、ユニに野菜スティックをペット感覚で与えながら約束を果たし、その最中にイヌの悪戯で私の体を催眠おじさんの体に置換して、ユニが拒絶反応を示して大騒ぎになったりしたのだった。

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