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第37話 魂の汚辱スキル

 腫れぼったい瞼をこすってから固まった体の節々をほぐす。

 カルシファーが深夜訪問した後、ショップで買い物を済ませてから掲示板相談をしたら、思いのほか盛り上がって徹夜で掲示板に張り付いていたので寝不足なのだ。


 徹夜って体にも心にも良くないのに止められないんだよな。

 夜更かし中は大丈夫だろうとたかくくっても、翌朝になるとどうしてこんな馬鹿な事してたんだろうと、今の私の様に後悔するんだ。


「イヌ。体を催眠おじさんに置換してくれ」


 とはいえ私は体を入れ替えればいいから気にすることじゃないけどね。


「夜更かしは美容と健康に良くないですよ」


「こういうのは地球に居た時からの悪癖だから仕方ないと思ってくれ」


 首輪から漏れる小言を軽く流す。

 そもそも私と一緒になってイヌも掲示板で悪ノリして盛り上がってたので同罪だ。


 堕犬娘の体から催眠おじさんの体へと置換される。

 イヌの亜空間内で休眠状態だった催眠おじさんの体は、寝不足で辛い堕犬娘の体と違ってまだマシだ。

 健康面で見れば不摂生の塊である催眠おじさんの体の方が総合的に悪いんだけどな。


「痴漢完了です」


「いつもありがとうな。けど今の言葉のイントネーション変じゃんなかった?」


「マスターの気のせいでしょう。なにも問題ありません」


「置換を痴漢ってわざと言い間違えてなかった?」


「なんとっ。私を疑うのですか?」


 抗議するように首輪のアクセサリーが揺れる。

 微妙なイントネーションの違いなので私の聞き間違いの可能性もあるが、イヌの変態発言は空気も時も読まないからな。

 本人ならぬ本首輪は強情に認めなてないが。


「まあ、いいや。あとは、いつもの物を出してくれ」


 私はこれ以上の言及を諦めた。

 それより毎朝の日課に必要な物を要求すると、イヌはすぐに反応してくれた。

 近くの丸机の上に黒い渦が現れて、その中から運命のサイコロが転がり出た。


 私は運命のサイコロをつかみ取るとすぐに振るった。

 こぎみ良く音を立てて丸机の端まで転がった運命のサイコロは、偶数の目を天井に向けて止まった。

 私はサモンマルチバースカードスキルを発動し、デッキから2枚のカードを引いた。


「うーん。手札制限が無いとはいえ、これだけ手札があるとだぶつくな」


 皆に紹介するため召喚待ちしているユニットカードやマナカードなどで手札が凄い枚数になっているのだ。


 第2のデッキをセットした翌日から、私はコツコツ毎日カードを引いてきた。

 それも今日で10日目だ。


 1日目に第2のデッキから6枚のカードを初期手札として引いた。それから今までドローしたカードを含めて、デッキから20枚のカードが手札に加わった。

 つまり43枚のデッキから半数近い20枚のカードを引いたのだ。


 更に、第1のデッキから残っているカードもあるし、ゴリ将たちが昨日戻ってきた時にユニの信仰の証スキルで得た白マナカードも手に入れた。

 手札がだぶつくのも当然のことと言える。



・現在の手札


マナカード…黒マナカード9枚、白マナカード14枚、黄マナカード5枚、緑マナカード2枚


ユニットカード…未知なる毛玉、自爆機能付き自動人形、双子家事妖精シルキーズ、蟲島ことうの主人


スペルカード…ブラックアウト、隷属の刻印


オブジェクトカード…無地のおっぱいマウスパッド2枚、異空間バッグ、転移門の鍵束、複製機

  

待機状態のトラップカード…行動禁止宣言



 この内、今日中に召喚可能なカードは――マナカードを除いた全てのカードが召喚可能となる。


 とはいえ今すぐには無理だし、スペルカードを今日使うつもりはない。

 今日、召喚したいのは手札にあるユニットカードとオブジェクトカードだ。

 そのためには各カードの召喚コストになるマナカードの色を変えなけれないけない。


 これは催眠おじさんの洗脳催眠スキルからの魂の汚辱スキルコンボを使えば解決する。

 カードの枚数は増えないが、好きな色のマナカードを得られるのだ。

 これまでは余分に使えるカードが無かったから出来なかったが、ユニの信仰の証スキルでマナカードが毎日補充されるからこそ可能となった。


 私は朝食を手早く済ませると、お菊とカルシファーと火鼠かそ、それに数体の猿山脈の歩兵たちを呼んでチュートリアルダンジョン1階層の護衛を頼んだ。

 催眠おじさんの力でマナカードの色変えをするためには、スキルの効果対象となるモンスターが必要なのだ。


「昨日、休日と言ったばかりですまないが必要なことなんだ。お菊たちは私の護衛役、カルシファーは索敵役として付いて来てくれ」


「おやっさんの頼みをウチが断わるわけありやせん。大船に乗った気でいてくだせえ」


 小さな胸をコツンと叩くお菊を筆頭に皆は快く引き受けてくれた。

 出発準備を進める間に、昨夜購入した品物を各自に配っていく。

 娘だと発覚したカルシファーに、こっそり下着や生理用品を渡す時はポーカーフェイスを貫いた。


 自撮り写真やおっぱいマウスパッドの件で、カルシファーを巻き込むのは決定事項になったのだが、それについてはこの探索を終えてからにするつもりだ。


「ゴリ将たちは今日1日訓練するんだね」


「ええ。配下も増えましたことですし、次の本格的な探索では更に班を増やすでしょう。戦いに身を置く吾輩たちとしては1日でも休むと体が鈍りますからな。班対抗の模擬戦をするつもりですぞ。なあ、ユニ殿!」


 ゴリ将がユニの首根っこを掴んでにこやかに笑う。


「暴力反対!! それに居残り組には乙女がいないじゃないか! イチロー様! そちらの探索に私も入れてはくれないでしょうか!?」


「歩ニをはじめ雌の歩兵がいるだろ」


 私がそうツッコむとユニは首を振って唸る。


「うぅぅ。たしかに処女だけれども、私は人間の乙女がいいのです。せめてオッドアイの乙女だけでも残してくれないでしょうか」


「ユニ。お前はもっと理性と根性を磨くんだ。戻ったら今日の私の膝枕で頭を撫でてやるぞ」


「言いましたね。ふふっ、いいでしょう。私の本気を見せましょう!」


 私のご褒美に奮起したユニはやる気に満ちた声で猿の間に向かっていった。


「ユニさんは楽園住まいだったそうですが、頭の中はお花畑みたいですねえ」


「精も根も尽きればユニ殿も多少は真面目になるでしょうな。それでは主殿。吾輩たちは居残りますが、ご健闘をお祈り申し上げますぞ」


「うん。1階層のモンスターを相手にするだけだから、そう気負う事もないだろうけど気を付けるよ」


 私たちはゴリ将たちに見送られながら金属扉を通って、1階層へと続く階段を降りた。

 もう何度も通った石造りの道に全員が揃うと、カルシファーに近くのモンスターの位置を探らせる。


 カルシファーの進言に従って道を進んでいく。

 ちなみに今回は探索のみで戦闘はしなくていいと言ってあるので、カルシファーの強い要望もありゴスロリ服で探索に加わってもらっている。

 このゴスロリ服はユニ相手に膝枕を代わってしてもらった対価で買った服だ。


 曲がり角がある通路でカルシファーが声を上げた。


「我が魔眼で邪気を感じたわ。この道の先で蠢く暗黒の双星がいる」


 カルシファー以外の視線が私に集まる。

 その顔は困惑に染まっている。


「曲がり角の向こうの道に大ダンゴムシが2体いるみたいだね」


 カルシファーが分かりづらい言い回しをするので私が翻訳して皆に教えた。 

 私の周囲の防備を固めさせて曲がり角まで進む。

 私はサモンマルチバースカードスキルを発動し、手札から4枚の白マナカードを手に取った。


 曲がり角の先にはカルシファーの言った通り、2体の大ダンゴムシがいた。

 1体目に洗脳催眠スキルを掛けると、もう1体がこちらに丸めた体で突進してきた。

 それを歩兵たちが盾で防いで止めている間に、もう2枚の白マナカードで続けざまに洗脳催眠スキルを掛けた。


「上手くいったな。それじゃあ……魂の汚辱スキルを発動するか」


 私のコントロール下に置かれた2体の大ダンゴムシに向けて魂の汚辱スキルを使用した。

 その効果は劇的だった。


 最初に背筋に寒さを感じた。

 それは隣のカルシファーや周りの歩兵たちも同様の反応だった。

 一瞬、肩をすくめてぶりると震える。

 毛皮に火炎を纏った火鼠も器物であるお菊すら薄ら寒さを感じたようだった。


 パキリ。

 パキパキ。

 ゴキッ。


 大ダンゴムシの体が折れていく。

 硬い甲殻がひしゃげて潰れていく。

 だが内容物がまき散らされることも血が飛び散ることもない。

 コントロール下に置かれているからか、大ダンゴムシはされるがままだった。


 悲鳴を上げず、暴れることも許されず甚振る様に何重にも綺麗に折られていった。

 ゴリ将の力でもああはならないだろう。


 ナニカの力が働いている。

 これがこのスキルの力なのだろうか。

 そうして限界まで小さく折られていく内に、最期に正気を取り戻したかのようにか細い声を残して大ダンゴムシは消えた。


 その場には大ダンゴムシがいた痕跡はなく、先ほどまでの異様な光景が嘘だったかのようだった。

 すると最期に大ダンゴムシが消えた辺りから半透明の4枚のカード出現した。


 このカードの存在に気づいた私は、その4枚のカードを手に取ると黄色マナカードになれと念じた。

 頭ではなく体が勝手に動きだした感覚だった。

 光を放つと念じた通りに半透明のカードは黄色マナカードに変化していた。


「おやっさん今のは……」


「深く考えない方がいい。私も今なにが起こったかよく分からないからね。これで好きな色のマナカードが手に入るんだ。結果だけをありがたく受け取ろうじゃないか」


 心配げな声を出すお菊。

 私はその声を制して戒める様にそれ以上の発言を抑えた。

 その後、言葉少なめに皆が了承を示して次のモンスターを探すことにした。


 思えば催眠おじさんイチローというカードにおいて、魂の汚辱スキルは異様なスキルだった。

 他のスキルが催眠とつくスキルなのに、これだけ催眠おじさんと無関係なスキル名だった。

 もし私を加護している夢幻盤上の遊び人が、捕らえた催眠おじさんに何らかの形でこのスキルを後付けで与えたとしたら……。


 私は頭を振ってこの考えを忘れることにした。

 とりあえず今は気にすることじゃない。

 珍しく黙り込んだままだったイヌに声を掛ける。

 亜空間から水筒を取り出して水を飲み込み、今見た事と一緒に考えるのは後回しにしようと気持ちを押し込んだのだった。

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