第35話 困惑の新事実
第2のデッキをセットした次の日に、1階層を探索させていた2班の猿山脈の歩兵たちがマイルームに戻ってきた。
そしてその8日後にゴリ将たち2階層の探索班が無事帰還した。
「ただ今戻りました。主殿」
「皆、よく無事に戻ってきてくれたな。疲れてるだろう。先に風呂に浸かって探索の疲れを癒してくれ」
班を代表して帰還報告をするゴリ将を労わると彼らは驚いた表情になった。
「お風呂って本当なの?」
カルシファーが思わずと言った様子で聞いてくる。
「ああ、そうだよ。DP2万5000ポイントでショップから銭湯を購入したんだ」
本当は温泉にしようか迷ったが、稼いだDPを全部使いこむことになるので妥協した。
とはいえ今では銭湯でも悪くないなと納得している。
購入した銭湯は日本の古き良きお風呂屋といった感じで、男湯と女湯の2つに分かれている。
銭湯自体に不可思議な力が働いていて、浴場の掃除と湯の入れ替えを1日1回のみだが、浴場横の壁にあるボタンを押すと自動でしてくれるのだ。
それにお湯が冷めないよう風呂の湯の温度は一定のままにしてくれるし、洗い場の蛇口から水がほぼ無制限に流れ出る仕様となっている。
銭湯の蛇口の水は飲み水に適していないが、これは湧き池の飲み水と使い分けていけばいいだろう。
そう説明するとカルシファーが早速銭湯に行こうと言いだした。
邪気眼少女とはいえ年頃の娘だ。
拠点であるマイルームに風呂が無かったことを気にしていただろうし、探索中は濡れタオルで体を拭くぐらいで身ぎれいに出来なかったからな。
「あとトイレも設置したからあとで見ておいてくれ」
チュートリアルダンジョンで致すのも辛かったのだろう。
カルシファーが嬉し泣きしそうだった。
「しばらくウチらが居なかった間にマイルームが様変わりしてやすね。これじゃあ迷っちまいやすよ」
「それを言ったら私たちの方が右も左も分からないさ。なんたってここに来るのは初めてなんだから」
ユニと火鼠が困った様子を見せる。
「お菊の言う通り結構な数の増築と改築をしているからね。猿山脈の歩兵たちが思考共有してるから銭湯への案内がてら他の場所も教わるといい。私は食堂で皆が来るのを待っているよ」
私は銭湯に向かうゴリ将たちを見送ると、これまた新しく購入した食堂と呼ぶ大部屋に移動した。
食堂には食券販売機が置かれていて、人間サイズの長机や椅子や、ゴリ将たち用に一回り大きかったり小さかったりする同様の物が用意してある。
これら長机や椅子は私の錬金術スキルの練習成果である。
なかなかの出来栄えだと内心自負している。
ちなみに食堂奥には開閉式の仕切り板があり、そこには飲料可能な湧き池を再設置してあるので、飲み水が必要なら食堂に行かなければならない。
「マスター。今日は食券販売機の食事をするんですよね」
イヌが話しかけてきた。
催眠おじさんの贅肉がついた首に巻かれた首輪のアクセサリーが揺れている。
「そうだね。探索から戻って来たばかりで疲れてるだろうし、今日は宴をするつもりはないよ。しっかり休んで疲れた体を癒した明日ぐらいに、いっぱい食べた方が良いだろう。新しいユニットの召喚もその時にするつもりだしね」
その方が新メンバーの紹介も一緒にできていいだろう。
ゴリ将と猿山脈の歩兵たちが25体。それにお菊やカルシファー、ユニや火鼠といった現メンバー。
今後、更にメンバーは増えていく。
ここも大所帯になり、それに比例して種族も様々だ。
人間用のトイレだけじゃなく、獣型の従魔用など種族に対応したトイレも購入済みだ。
トイレは最も安かった落下式便所で、トイレの穴の底がどこに繋がっているか説明書きされていなかったが、ある一定以上のサイズの生物が穴に入り込まない工夫がされていて落ちる心配はない。
食堂や銭湯やトイレ以外にも幾つか小部屋と中部屋を用意している。
今後増えてくるユニットたちの住居を先に確保しといたのだ。
そんなわけでマイルームの増築と改築で結構なDPが消費されたので、私と歩イチたちで1階層のモンスターハウスでDPを荒稼ぎをしたりしてゴリ将たちを待っていた。
1時間ほどして全員が食堂に来て食事を済ませると、今後の予定を簡潔に説明した。
探索から戻った日を含めて3日間の休日を挟む事。
明日の夜は宴と新ユニットのお披露目をする事。
そして3日後にはDP稼ぎの複数班と2階層の探索班に分かれてチュートリアルダンジョンに行く事。
「あとは各自、欲しい物があれば私に言ってくれ。まだ所持DPはあるから身の回りの物や、探索や戦闘で使いたい物があれば相談したうえで購入するよ」
私は皆の要望品を聞いて寝る前に購入していった。
探索の疲れもあるだろうから食事を済ませたら寝るよう言いつけ、コアパソコンのショップで要望の品を探す。
ゴリ将と猿山脈の歩兵たちの武器防具を修理する道具など、私が気づかなかっただけで必要な物が多くあった。
ショップで買い物を続けているとカルシファーがコアパソコンが置かれた私の部屋にやって来た。
「同胞よ、失礼する」
「どうしましたカルちゃん?」
「ん?」
催眠おじさんの体なので近くに来ても気づかなかった私の代わりに、イヌがいち早くカルシファーの存在に気づいた。
カルシファーは何やら恥ずかしそうにして私の部屋の外で佇んでいた。
「そのう……食堂では言えなかったのだが、購入してもらいたい物があるのだ」
この私室は小部屋だったが中部屋に改築し直したので、コアパソコンが置かれた机と椅子以外にも、自作の丸机と椅子が置かれている。
私は丸机の椅子を引いて座り、反対の椅子にカルシファーを座らせた。
「それで何が買いたいのかな」
「それなのだが……」
「イヌ。少しの間、堕犬娘の体ににしてくれ」
「はいはーい」
催眠おじさんの体から堕犬娘の体に置換される。
言いにくそうなカルシファーの様子から、異性に言うのは憚れるのではと思ったのだ。
体だけでも同性の堕犬娘になれば心情的には言いにくさも緩和されるだろう。
「これでいいかな」
「同胞の配慮に感謝する」
「これぐらいなんでも無いよ。それでみんなの前だと買えない物でもあったのかな」
それぐらいの理由しか私の所に来た理由が思い浮かばない。
なんなら今後増える人間の女性メンバーを参考に、詳しく話を聞いてみるのもいいかもしれないな。
「実は……せ、生理中で……」
「よし! よく分かった。もうカルシファーは何も言わなくていいぞ。私はちゃんと理解したからな!!」
カルシファーの要望品を瞬時に察して早口にまくし立てる。
女子中学生になんてことを言わせているのだろうか私は。
そういえば2階層の探索に行く前に、カルシファーの下着を購入するためスリーサイズを聞く機会があった。
その時も彼女は恥ずかしそうにしていたのを思い出した。
なぜ私は下着を買う前に生理用品を購入する事に気づかなかったのだろうか。
同性?として一生の不覚だ。
「それでそのう……あともう一つ買ってもらいたい物があって……下着も新しいのが欲しくて……」
「あれ? たしか下着は既に購入済みだったはずだけど」
大量に購入してあるので不足するはずないのだが何かあったのだろうか。
「少しね。ほんの少しだけなのだが、今の下着だと胸がきつくなってきて……」
顔を伏せて私を直視せずにいるカルシファー。
うん、そうだよね。
中学生といったら成長期だもんね。
そりゃあ、いろいろな部分が短期間で成長しちゃうよ。
「分かった。サイズは以前のよりワンサイズ上にするよ」
私は努めて冷静に振る舞うことにした。
「はい……それで頼みます」
「それじゃあ――」
「もう無理! 失礼した、同胞よ!!」
下着の柄など聞こうか迷ったが、それを聞く前にカルシファーは足早に私室を去っていった。
まだまだ配慮が足りなかったか。
「…………」
「おいイヌ。無言で首輪のアクセサリーを揺らしまくるな」
「別に自分はマスターが変態だとは思っていませんよ」
「それは実は思っているという意味じゃないか?」
「それなら自分とマスターの娘みたいなカルちゃんだから構いませんけど、それ以外の異性相手にはもっと気を付けてくださいよ」
こいつはまた意味不明な事を言うなぁ。
「なあ。前も聞いたけど、なんでカルシファーを私とお前の娘扱いするんだ?」
どうせ以前同様、教えずにはぐらかすかもしれないが聞くだけならタダだ。
「うーん。今の関係のままなら別に教えてもいいですかね。ただしマスター、今から教える事実を聞いても、カルちゃんに対して態度を変えないでくださいね」
「それはどういう意味なんだ?」
そうするだけの理由があるのだろうか。
「催眠おじさんの心を取り込んだ時に垣間見た記憶で分かったのですが、なんと催眠おじさんの体とカルちゃんは親子関係にあるんですよ。まあ、催眠おじさん本人は血の繋がりに気づかなかったようですがね」
「……へ?」
「サモンマルチバースカードスキルの弊害ですね。多重世界から時空を超えて呼びだすからこういった事が起きたのでしょう。自分もまさか体だけとはいえ、マスターとカルちゃんが血の繋がった親子だと知って驚きましたよ」
またイヌの悪い冗談か嘘だろうか。
いや、こんな情報でイヌが嘘をつく理由が無い。
「その情報は嘘じゃないんだな?」
「パラレルワールドみたいに少し似ただけの世界の可能性もありますが、遺伝上はおそらく親子関係になるはずですよ。自分が催眠おじさんの心から知り得た記憶と、カルちゃんの姿と言動と元の世界の話からほぼ間違いないと思いますよ」
「そっか……あれ? だけどカルシファーは両親が健在だと言っていたよな。それはどういう事なんだ」
「催眠おじさんが元の世界で欲望の限り洗脳催眠の力を使ってやらかしたからですよ。NTR托卵して認知しない子供を産ませたり好き放題してたようですよ」
「うわぁ……」
催眠おじさんヒャッハーし過ぎだろ。
まるでエロ漫画の話みたいだ。
どうせ両親を記憶操作してカルシファーを自分たちの子だと思わせて育てさせたのだろう。催眠おじさんの悪辣な話を聞いた限りだと、社会的に面倒ごとになるのを嫌ってのことか。
本当に救えない奴だったんだな……催眠おじさんは。
「催眠おじさんが先にマスターの体の器としてここに呼ばれ、同世界のカルちゃんがそのマスターに呼び出されるとは……なんとも因果な話ですよね」
そう締めくくったイヌに、私は苦い顔をして睨む。
孤児だった私に突然、血の繋がりしかない娘が出来たというのだ。
どう反応すればいいのか、私自身も話を聞いたばかりでこの事実を消化しきれない。
「ふぅ……急すぎて頭がこんがらがってきた。それでどうしたらイヌまで親扱いになるんだ?」
「血の繋がりだけとはいえ、マスターとカルちゃんは親子関係にあるじゃないですか。ならばマスターの嫁である自分にとってもカルちゃんは可愛い義理娘です。邪険に扱うはずありません!」
そういう理屈なのか。
「イヌがそれでいいならもうそれでいいよ。これ以上、話がややこしくなると困るしな。つまり私は娘から生理用品や下着の話をされていたわけだ」
「これぞ親子のスキンシップですね!」
「カルシファーは私を父親だと知らないけどな」
「それでいいじゃないですか。カルちゃんにとってマスターは友人であり召喚主でもあり、親愛と尊敬の気持ちで接しています。マスターもややこしくなるのを嫌ってますし、くさい物には蓋をして知らぬ存ぜぬでいきましょう」
おそらくイヌは私がこう思うだろうと確信して、今この場で話すことにしたんだな。
カルシファーを召喚したばかりのお互い初対面の関係の時ではなく、短期間とはいえ仲間として共にした後でなら話しても問題ないと考えたのだろう。
「そうするしかないか。けどカルシファーが娘だと分かったからには自撮り写真やおっぱいマウスパッドに協力させるのは気が引けるな」
ただのユニットじゃなくて、年頃の実の娘相手だと思うとなぁ。
カルシファーには明日にでも撮影の協力を取りつけるつもりだったのだがどうしたものか。




