第31話 白馬と火鼠
信仰篤きユニコーンが処女信仰とはな。
ユニコーンは処女好きってのは有名だけど、本当に処女を信仰してるのがいるとは思わなかった。
「こじらせた信仰を掲げてるなあ」
そんな奴がカルシファーの元へ真っ先に向かったという事はつまり……いや、これ以上考えるのは失礼だな。
けど処女を絶対視するなら、催眠おじさんの体となった今の私を無視するのは理解できる。
だからといってその行動までは許容できない。
召喚主とユニットは程度の差はあれども、どこまでいっても主従関係にある。
ゴリ将たちやカルシファーとはフレンドリーな関係を築けた。
このユニコーンがそういう奴だと分かれば、私もそれに合わせてやろうじゃないか。
「イヌ」
「マスター。ここは面白くなりそうなのでもう少し放置してみてはどうでしょうか」
私の考えを察しているはずのイヌが渋ってくる。
それに対して有無を言わせぬ言葉を返す。
「却下だ。早くしくれ」
「お菊さんとのキャットファイトを期待したんですけど、マスターがそう言うなら仕方ありませんね」
こいつは愉快犯なのか。本当にイイ性格をしている奴だ。
私はイヌの心身置換スキルで堕犬娘の体に変わった。
ん?
というか今、こいつユニコーンとお菊に対してキャットファイトと言ったか?
キャットファイトって女同士の喧嘩だろ。
それじゃあ処女信仰を掲げているこのユニコーンは雌ということなのか。
そう言われてユニコーンの声をよく聞くと、女性声優が男役を演じる時に出す声みたいに思えてきた。
同性だから駄目って理由にならないが、処女信仰で百合属性のユニコーンってどうなんだ。
人形のお菊には過度な反応してないことから、人間形態の女性に処女性を見いだしているのだろう。
「乙女よ。口づけが無理ならば、せめてその清らかな御手で私の角に触れてくれないか」
「だぁから離れろって言うとるじゃろうが!」
ユニコーンの業の深さを知った私をよそに、お菊とユニコーンが黒髪盾越しに押し問答をしている。
守られているカルシファーは、お菊を抱きかかえて目を白黒していた。
「主殿。力づくで良ければ事態を修めますがよろしいでしょうか?」
ゴリ将が指の骨を鳴らす。
その背後には猿山脈の歩兵たちがすぐにユニコーンを取り押さえれるようにスタンバっていた。
「大丈夫。ここは私に任せてくれ」
「主殿がそうおっしゃるのでしたら吾輩たちは後ろで控えています。ただし事が大きくなりそうでしたら即座にあの駄馬を拘束しますからな」
両腕の鎖を鳴らしながら引き下がるゴリ将と猿山脈の歩兵たち。
同じユニットとして私を無視するユニコーンの態度が許せないようだ。
出会って間もないのにユニコーンのことを駄馬呼びしているのが良い証拠だ。
さて、ユニコーンには召喚主らしくしっかり上下関係を教えてやるか。
私は背を向けているユニコーンに近づき尻尾を掴む。
白毛の尻尾をグッと握ると後退してカルシファーたちから引き離す。
「何をおぉぉおお!?」
重心を後ろに置いて抵抗するユニコーンをズルズルと引っ張る。
そのまま数メートル下がって尻尾の白毛を手放すとユニコーンが尻餅をついた。
私は地面に倒れるユニコーンを見下ろした。
「初めまして。信仰篤きユニコーン。私が君を召喚したイチローだ。これからよろしく頼むよ」
「くっ。急に何をす……」
ユニコーンが顔を上げて文句を言う。
だが私の姿を見た瞬間に時が止まったように固まって動かなくなった。
「ん? どうした大丈夫か?」
私は倒れた拍子にどこか体を痛めてしまったかと心配する。
「――おぉ。神よ」
「神? 急になにを言い出すんだ」
「堕落した体に唯一残る神聖さ。これまで出会ってきた乙女たちとは一線を画す処女性。イチロー様。貴女様が私を召喚されたのですね」
「そのことはさっき言ったはずだけど」
ぶつぶつと呟きだしてからユニコーンの様子がおかしくなった。
瞳孔が開いた目で私をジッと見つめてきて、早口で喋りながら鬣を揺らしだした。
「先ほどまでの私の失礼な態度を謝らせて下さい。貴女様の為なら私はこの身も心も捧げて馬車馬の如く働きましょう」
どうやら堕犬娘の体は敬虔な処女信仰者であるユニコーンの琴線に触れたようだ。
相手の処女をどうやって判断してるか知らないが随分なつかれたものだ。
暴力で躾けるつもりだったがその必要が無くなってしまったな。
「ここで催眠おじさんの体になったらどんな反応をするんでしょうね、マスター」
イヌが意地悪な言い方をする。
私は面白さ半分と催眠おじさんの体でも言う事を聞くか試してみることにした。
無言で私が頷くと、イヌが堕犬娘の体から催眠おじさんの体に置き換えた。
「お、男!?」
「この体の私もイチローなんだが、お前はこんな私にも忠誠を誓えるかい?」
膝をつきユニコーンの目をのぞき込む。
その目は酷く動揺して左右に揺れていた。
「ならばこれだけは聞かせてください。イチロー様は男ですか。それとも女なのですか」
おっ、意外と鋭い質問をしてきたな。
男女両方の体を持つ私がどっちの性別だと自認しているか気になるのか。
「私は私だ。催眠おじさんも――」
言葉を区切って喋る。
少し間を開けると堕犬娘の体に再び戻った。
今日のイヌはよく気が利くな。
「堕犬娘も両方とも私の一部だ。まあ、精神的には男であるつもりだけどね」
ユニコーンの瞳には、体が置き換わっても変わらない黒々とした私の瞳が映り込んでいた。
「貴方様をどう思うかは私次第だという事ですか?」
「好きにしたらいいよ。ユニットは召喚主に従うものだけど絶対服従する存在ではないことも分かっている。内心でどう思っていようが私は気にしない」
「それは……」
顔を伏せようとするユニコーンの角を掴んで持ち上げる。
「ただし私を心から裏切るな。裏切った瞬間、君は私の敵だ。私は敵に容赦しないぞ。どれだけ有能で強かろうが、敵対するなら絶対この手で息の根を止める」
離れた位置でゴリ将やお菊たちと一緒に見守っていたカルシファーが息の飲む。
他の奴らは私の考えを受け止めても動じた様子がない。
この反応の違いは付き合いの長さというより忠誠心の高さによるものだろう。
その中でも私を絶対視するイヌはというと、興奮してるのか先ほどから首輪が震えてうざったい。
私が1階層で人面犬を相手にどれほど苦渋を味わったことか。
最初から敵対するモンスターはもちろん、ユニットだろうが従魔だろうが私を傷つける手足は切り落とすしかないのだ。
「分かりました。私はどんなイチロー様でも付き従いましょう」
召喚された時よりもマシな顔つきとなったユニコーンが起き上がって頭を下げてくる。
「よし。だったら改めてこれからよろしく頼むよ」
「話。終わり?」
立ち上がった私に背後から片言の言葉で誰かが声を掛けてくる。
振り返ると召喚されてから放置されていた火鼠が所在なさげに佇んでいた。
「面倒な話は終わったよ。召喚しておいて待たせてすまなかったね」
面倒な話だったと言われてユニコーンがうな垂れるが無視する。
「大丈夫。話、難しい。理解、難しい」
火鼠と話してみるとこれまで召喚してきたユニットと比べて言葉が少なかった。
意思疎通ができないレベルではない。
これは言語の問題というより知能の問題かな。
これまで召喚してきたユニットは人間並みの知能と感情から言葉が通じたが、火鼠はゴリ将たちより動物的で会話をするのが難しいようだ。
ユニット全員が流ちょうに会話できるだけの知能があるわけではないようだ。
「それなら単刀直入に言おう。君も私の仲間になってくれ」
「それは、分かる。仲間、なる。初めて、仲間、よろしく」
「話が早くて助かるよ」
ユニコーンよりも火鼠の方が好感を持てるな。
面倒な奴より単純な奴の方が従わせる相手にはちょうどいい。
その後、その場で休憩することにしてユニコーンと火鼠を皆に紹介し合った。
ちなみに火鼠は名前が無かったので、火鼠と書いて呼ぶことにした。
ユニコーンはレイなんちゃらと長ったらしい名前だったので、ユニという名前に改めさせた。
これまでの名前を捨ててユニという名前になることに嫌がるかと思ったが、私が考えて名付けたら喜んで受け入れていた。
新メンバーの2体と時間を取って話すことで、彼らについて色々なことを知れた。
火鼠は体に纏った火を消すと、赤毛から白毛の美しい鼠に変わった。どうも火を纏うことで毛色が赤毛になるそうだ。
そして火鼠は火を纏うほど強くなるが、自分で火を生み出す力はないので戦力になれるか心配だと心の内を打ち明けてくれた。
お菊とカルシファーと組ませて、ファイアロッドの火の元素の力でパワーアップさせて戦わせた方がいいだろう。
そうやって協力して戦えば自信がつくだろう。
ユニコーンはというと最初は皆から煙たがられていたが、生命の一角スキルを使ってからは皆の見る目が変わった。
生命の一角スキルは、角が刺さった対象に生命の木の欠片を宿らせるという効果がある。
カード時にはよく分からなかったスキルだったが、ユニが地面に角を刺すと、そこから芽が出て瞬く間に木が生えた。
「これが生命の木か」
どんな木なのかと思ったら林檎の木だった。
見上げれば赤く実った瑞々しい林檎がたくさん木にあった。
「そうとも。私は神々の楽園――エデンに住まうユニコーンでね。私の角はエデンの木である生命の木を基にしてるのさ。だからだろうね。生命の木の欠片を相手に宿らせて、欠片を成長させるなんてスキルがあるのさ」
「ふむ。ただの駄馬ではなかったようですな」
「そうでやすね。認めるんは癪ですが、このスキルがあれば食事に困ることは無くなりやす」
これにはゴリ将とお菊もユニを認めるしかなかった。
広大なチュートリアルダンジョンで食料問題は常に悩みの種だったが、これでいつでもどこでも食事に困ることは無くなった。
食券を大量に買い込むのにもDPの都合で限界があったからな。
「禁断の林檎……か。食事が偏りそうね」
確かに食事が林檎ばかりでは飽きるだろうし、栄養上の問題もありそうだ。
人間の女の子であるカルシファーがそんな心配をするが、実際に食べてみると生命の木と呼ぶだけあって普通の林檎ではないのが分かった。
「美味しい、これ、初めて、嬉しい」
火鼠は林檎をいたく気に入ったようだ。
「本当に美味いな」
口の中で果汁が溢れる。
凝縮した甘味と酸味の調和が林檎の味を高めている。
見ての通り出来立てなので林檎の皮ごと食べても、これまで食べてきたどの果物よりも美味しかった。
「まさに天上の果実ね。疲弊した体が清浄な力で洗い流されるかのようだわ」
カルシファーも中二言葉を若干忘れる程の美味しさだ。
これなら多少食べ続けても飽きないでいられそうだ。
「というか、これって本当に体の疲労がなくなってないか?」
「疲労回復に毒や病気などの状態回復効果まである神々の果物だよ。生命の木になる林檎なのだから、ただの美味しい林檎なわけないさ」
ユニが自分の事の様に自慢げに語る。
だがそう言うだけの価値がある林檎だった。
傷の回復効果はないみたいだが、それはイヌの再生スキルで治せる。
この林檎は、再生スキルでカバーできなかった疲労や状態異常の回復手段となる。
ユニをデッキに組んだのは、もう1つのスキルを見込んでの事だったが、思いがけない拾い物だったな。
私はユニの頭を膝枕してやりながらそんなことを考えていた。
毛並みの良い馬体を撫でてやるとユニが喜びの声を上げる。
「あぁ、イチロー様。ここが本当の極楽だったのんですね」
「いや、ユニが居た所がそうだったんじゃないのか?」
楽園に住んでたのに私の膝の上の方がいいらしい。
そうこうしていると、ユニの体が淡く光り輝きだした。
光は粒子となって弾けて私の手元に集まると1枚のカードに変化した。
「こんなことで白マナカードを手に入れれるんだな」
私の手には1枚の白マナカードがあった。
これがユニをデッキに組んだ1番の理由だ。
信仰の証スキルは、1日1回、信仰心を深める事で白マナカード1枚を得る。
ユニの信仰心を深めるにはどうればいいか聞くと、堕犬娘の私に毎日膝枕して欲しいと言ってきた。
このユニの要求はイヌを筆頭に班の女性陣が撤回するよう騒ぎ立てたが、私は彼女たちを説き伏せてユニの要求を了承した。
なんたって膝枕をするだけで毎日1枚白マナカードを手に入れる手段が確立するのだ。
断る理由がない。
今は白マナカード自体に使い道は少ないが、私の催眠洗脳スキル然り、ゴリ将の配下召喚スキル然り、カードを消費することで真価を発揮するスキルは多い。
これで今後は催眠おじさんとして活躍できる場面も増えてくるだろう。
生命の木は30分ほどするとすぐに枯れてしまい、生命の木の欠片ごと消滅してしまった。
スキルとユニの力で無理やり急成長させて生やしたので、長時間は維持できないそうだ。
特に生命の木の欠片を急成長させるのは、ユニ自身に負担があるそうなので多用できないとも忠告された。
ゴリ将たち猿軍団に採らせた林檎の残りをイヌの亜空間の渦に突っ込み、私たちは墓場の主の元へ向かう事にした。




