三十二話
ドラゴンは飛ばなくても、早く移動ができるらしい。それを知ったのはサランの左肩に子供のように乗せられ、ロビリィに行くときのことだった。
「ねぇ、サラン。この格好ちょっと恥ずかしいんだけど。……それに重いでしょ?」
「私は恥ずかしくも重くもありませんよ」
「そうですか」
この会話を何回か繰り返したところで、トウィンカは諦めるという手段をようやく選んだ。
アリエとはじめてロビリィに向かった道を使い、サランと向かおうとしたのだが、歩くの止めたのはサランだった。理由は、病み上がりのウィンに歩かせたくないから。心配性だなぁと思いながらも、これまでトウィンカを見守り続けたのはサランだからとしょうがないと思うことにした。ではドラゴンの姿になって飛んでいくのかと問えばそれも違うという。理由はドラゴンの姿は目立つから。竜騎士は何かあったときにしかドラゴンの姿で移動はしないらしい。だからドラゴンの姿でロビリィに向かえば、何かがあったと知らせるようなものだという。
そしてサランがとったのが、トウィンカを自身の肩に乗せてロビリィまで走るという手段だった。ドラゴンの身体能力が高いのは擬人化しても変わらない。サランの腕に乗せられ、移動する感覚はロビリィに着いた今となっても残っていた。
木が道を譲るように、一本の道を開け、周りの時間が止まっているかのように自分たちだけが前に進むというなんとも奇妙な感覚。本来ならば半日かかる道を一時間ほどに短縮して到着したのだ。無論、これをトウィンカにやれといわれても無理と即答する自信がある。
本来は門で検査を行わなければいけないが、門番の人にサランが耳打ちしてこっそりと通してくれた。門の前につく森の中で大き目のマントを頭から目が隠れるほどにかぶされ、視界がとても悪いが、サランのやっていることはだいたい見当がつく。
(すんなり通してくれるってことは、竜騎士の権限使ったのかな)
サランはれっきとしたこの国の竜騎士だ。ずっと長老会やトウィンカの護衛でロビリィを離れていたりしていたから竜騎士ということを忘れそうになりそうだ。本人いわく、名前だけらしいのだが使えるものは使っておく、ということらしい。トウィンカもそういう節はあるので、やはり血は争えないということだろうか。
門を通る際、多くの視線をトウィンカたちは集めていたが、今の自分たちの姿を改めて見れば仕方ないともいえる。隊服ではなく私服のサランだが、誰が振り返るほどの美貌がそこにあるだけで注目を集めるし、トウィンカの方はマントを深くかぶっていて見るからに怪しい。
こそっと、サランに目立つとだめなのではと尋ねたが、トウィンカの正体がばれるわけでもないから大丈夫だと気の抜ける返事をもらってしまった。
門の近くに乗車を待つ馬車の一つに乗り、トウィンカたちは王城を目指した。
「まさか、こんな風にここを訪ねるとは思わなかったなあ」
「それは私のセリフです」
「あはは、……ごめんね?」
「笑いながら言われても」
王城の門番は初めてここに来たときと同じ人だったことからすんなり通してもらうことができた。目の前に広がる『街の中の森』に懐かしさを覚えながら、サランに許可をもらって目的地まで足を進めていく。
「ねぇ、もう彼女は自分の部屋にいるのよね?」
森の中で移動がてら聞いたことを、念のためもう一度尋ねる。
「はい。しかし、あなたには本当に毎回驚かされますよ」
「良い意味で?」
「そういうことにしておきましょう」
以前は、サランに対してもどこか気を使ってしまうところがあったが、それはいつの間にか消えてなくなってしまっていた。まだ少ししか一緒にいないのに不思議なことである。もしかしたら、夢とも現実とも違うあの空間で父と会ったからかもしれない。父と兄弟のサランは、アリアといるときのように、傍にいてくれるだけでとても安心する。父や自分と同じ色の目をしているのもその要因の一つだろう。
城の中の廊下を迷うことなく進んでいき、目的の場所につくとサランにはドアの前で待っていてと告げた。最初は渋っていたが、トウィンカが譲らないことに諦めたのか、何かあったら呼ぶという形で落ち着いた。
ドアの向こうにいる人に今から会いに行く。早く会いたいと同時に、とても緊張していた。心を落ち着かせるために深呼吸をし、ドアをノックする。
間をおいて中からどうぞ、という声が聞えたのでトウィンカはドアを押して、部屋の中へ足を踏み入れた。
「アリエ」
「……ウィン?」
そこには、ベッドに腰をかけながら、窓の外を眺めていたアリエの姿があった。
トウィンカが声をかけると、綺麗な紫色の髪を揺らしながら、こちらに振り向く。藍の瞳は驚きながらも、しっかりとトウィンカの姿を見ていた。
その目に、もう憎悪や怒りは映っていなかった。けれど最後に見たときよりも少し頬がやつれているように見える。
「体はもう、その……大丈夫なの?」
聞かれて、無意識のうちにトウィンカは首元をさすってしまった。その様子をみてアリエが一層悲しそうな表情をする。何か言わなければと、トウィンカは口を開いた。
「首の傷は治ったし、この傷もすぐに治るから安心して?」
「そう……」
アリエの様子から、多分状況を全て知っているのだろう。ホープがアリエから聞いてトウィンカを助けにきたとサランが教えてくれた。それが何よりの証拠だ。
「アリエ、私ね。アリエのおかげで命を救われたの。ありがとう」
「違う、私はっ」
「違わない」
アリエがホープに教えなかったら、ホープはトウィンカを助けにこなかった。ホープが助けに来なければ、トウィンカは最悪死んでいた。よくて実験動物だ。
「それにね、サランから聞いたの。アリエのこと」
森を抜ける道中、簡潔にではあるが、アリエに会いに行くと言ったトウィンカにアリエのことを教えてくれたのだ。
アリエがドラゴンを憎み嫌っている理由。それはアリエの双子の妹にあった。
数年前、ヴァラーズ国がナウラル国へ攻撃をしかけてきたことがあった。当時、それの対応に向かったのが竜騎士のドラゴンだ。そのドラゴンのことはトウィンカもよくは知らないが、彼がヴァラーズ国の攻撃からナウラル国を守り、牽制の意をこめて攻撃した攻撃の余波が近くで遊んでいたアリエたちにぶつかってしまったらしい。アリエは幸い怪我もなくすぐに目を覚ましたが、妹の方は生きてはいるが今までずっと眠ったままらしい。
「ねぇアリエ。私アリエの嫌いなドラゴンだった。人間とドラゴンの間に生まれたハーフドラゴンだった。それを知ったときは驚いたけど、私は両親が大好きだから、半端だけれど二人の血が流れたこの体が大好きよ」
自身の体を抱きしめながら、アリエをみた。
「それにね、私アリエが大好きなの。だからまた友だちに、親友に戻りたい。あとアリエの妹にも会ってみたいな。アリエの妹なら良い友だちになりそうだもの!」
「でも、私はウィンをっ!」
アリエが後悔しているのはみればわかる。けれど、トウィンカはその言葉を遮り、自身の体に回していた手をアリエの体に回した。
「何か私、アリエにされたっけ?」
「ごめんなさいっ、ごめんなさい」
アリエは体を震わし、涙を流しながらトウィンカに謝り続ける。
「アリエ、親友って言っても、喧嘩もすると思うの。でも、喧嘩をしたら、仲直りだってできると思うの」
生前、母アリアはよく言っていた。
『どれだけ仲が良くても喧嘩することだってあるわ。だって自分とは違う存在ですもの。価値観や物の見方だって違う。喧嘩するのは、相手に自分のことをよく分かってほしいから。そして自分も相手のことをもっとよく知りたいから。だから喧嘩しても喧嘩した分だけ、二人の絆は深くなって、仲直りすればもっと仲良くなれるわ。仲直りの仕方は簡単。ほら手を差し出して……』
アリエの言っていた通りアリエを抱きしめから解放し、少し距離をとって手を差し出す。
きょとんとするアリエの手を掴んで、トウィンカの手を握らせた。
「仲直りの握手!」
アリエはトウィンカの言葉を聞いた途端、声を上げて泣き出した。まるで子どものように泣き出すアリエの背をゆっくりと叩く。
「私とまた、友だちになってください」
「……はいっ」
「やった! それとね?」
持っていたハンカチでアリエの涙を拭きながら、トウィンカはここに来た一番の意味をアリエに伝えた。
「私ね、ドラゴンの中でも特別な能力を持っているの」
「特別?」
「そう。火とか水とかは出せないけれど、その変わりあらゆるものを治癒することができるの。だから、その力でアリエの妹を治癒させてくれないかな?」
仲直りしてもらうための条件として提案するのは嫌だった。だからトウィンカは仲直りして親友に戻ったアリエに親友として尋ねる。
アリエの濡れている瞳は思いっきり見開かれ、口をぱくぱくとさせていた。掠れた声で何かを言っているが、まだトウィンカはドラゴンとして覚醒して間もないためか、人間と同じくらいの聴覚しかないので、アリエが何を言っているのか聞きとることができなかった。
ゆっくりとした動作でアリエの腕が動く。辿りついた先はトウィンカの喉だった。今のアリエは何もトウィンカに危害を加えない。そう頭では分かっているが、体が小さく反応してしまう。しまったと思い、アリエの表情をこそおりうかがうと後悔が浮かんでいた。
「アリエ、気にしないで。もう痕は残っていないから」
「ごめんなさい。私はあなたを傷つけて私は妹を治してもらう……。都合のいい時だけって感じがす……っ痛」
「気にしないでって私言ったよね?」
トウィンカはアリエの頭を軽く叩いたこぶしを見せつけるように顔の横まで持ち上げた。
「ごめんなさいなんて聞き飽きた。私が欲しい言葉はそんな言葉じゃない」
友だちだから、親友だから言ってほしい。
トウィンカの気持ちは伝わったのか、アリエはいつの間にか硬くなっていた表情をほころばせた。花のつぼみが開くように、笑顔が咲く。トウィンカがドラゴンだと知られた日以来見ていなかった笑顔がそこにあった。
嬉しくてトウィンカも笑ってしまう。
「ありがとう」
「どういたしまいして」
ごめんなさいなんて言葉はいらない。今、欲しい言葉はお互いの気持ちを最大限に伝えるその一言だけ。
トウィンカとアリエの間にあった溝が埋まる音が聞えたような気がした。
サランが退室を促すノック音がするまで、トウィンカたちはお互いのことを話した。




