三十一話
横にされているベッドの感触、部屋の匂い、傍にいる人の気配。全てが懐かしい。
(ここ、は……?)
気になる気持ちを抑えきれず、目を開けてみた。 ぼやけていた視界が次第に鮮明になり、懐かしい木造の天井が目に入る。
「ここ、私の家」
トウィンカと母が暮らしたあの家だ。
「ウィン、気がつきましたか?」
心配そうにウィンをサランがのぞきこんでいる。目にはうっすらと涙を浮かべていた。
「なんでここに」
帰るなら、ナウラルの王都ロザリィにある王城のはずだ。トウィンカは竜騎士のメイド、サランたちは国を守る竜騎士なのだから。
「ここがウィンの家だから、ですよ。それに今は王城へは行かないほうがいい」
「どうして?」
「ウィンがただのハーフドラゴンだけではない、治癒の力を持つドラゴンだと国中に広まってしまったからです」
どうしてその話が広まってしまったのか、と疑問に思ったがすぐに理解できてしまった。
「あの場で私が人を治したから」
「はい。噂は国内だけではなく、世界中に広まっています。人の口には戸が立てられないと言いますが、本当にその通りですね」
「そんなに……」
あまりの規模に開いた口が塞がらない。
夢でも現実でもない。そんな場所で会った父、ラゼルとの会話を思い出す。治癒能力を持つドラゴンはトウィンカただ一人だという会話を。
この世界で魔法と呼ばれる現象。それはドラゴンのみが持つ魔力によってこの世に生み出されている。ドラゴンの属性は四つ。火、水、土、風。属性はドラゴン時の体の色で判別できる。トウィンカの体の色は白銀。風と治癒、それがトウィンカの属性。トウィンカの体が鱗ではなく羽なのは、優しく包みこむためなのだと。全てをラゼルから聞いた。
「治癒能力を持つドラゴンは本当に私だけなの?」
トウィンが生まれて、ラゼルが死んでしまったあの日から、治癒能力を持ったドラゴンは生まれていないのだろうか。その問いにサランは静かに首を横に振った。
「はい。最後に確認されたのは、五千年以上前のことです」
「この力は、なんでも治すことができる。死んでいないかぎり、なんでも」
「だからドラゴンは、治癒能力を持つドラゴンを総出で守ることになっているんです」
ドラゴンが鱗に包まれているのは、自分たちを癒してくれる治癒のドラゴンの盾になるため。そうも言っていた。
「ウィン、確認したいことがあるのですが」
「なに?」
「ウィン自身の怪我は治すことができるのですか?」
まるで自分が傷を負ったかのように痛そうに顔をゆがませながら、トウィンカの体に巻かれた包帯を見ていた。クエストに抉られた腕はまだずきずきと痛むが、鎖ですれたところは治りかけているのか痛みはあまりなかった。アリアがつけた首の傷はもう跡すらない。それだけの時をトウィンカは眠り続けていたのだろう。
「できない。もし、使った場合、怪我がひどくなるだけなの」
実験したことはないが、それだけは感覚でわかる。火の属性のドラゴンが自身に使えば火傷をするように、治癒を使った場合怪我が大きくなる、と。
「そう、ですか。古い言い伝えですが、各長老には昔から伝えられていることがあります。治癒を持つドラゴンが現れるとき世界に異変が起こる」
「世界に異変……」
「意味はよくわかりませんが、五千年以上前のときは原因不明の病でドラゴンが絶滅寸前のときだったそうです。それを救ったのが、治癒能力を持つドラゴン」
「今回は」
「わかりません。ですが何か起こっているのかもしれませんね、この世界に。それに、今の人間はウィンを血眼になって探している」
ドラゴンにのみ伝わる言い伝え。それを知らず、何でも治す力を欲する人間。トウィンカは、知らずのうちに世界の渦に巻き込まれているということだ。知らずのうちに大きな運命をトウィンカは背負っていた。けれどそれを重いと感じないのはラゼルの言葉があったからだろう。
「ここに連れてきたのは、今のロビリィは危険だからってこと?」
「はい。それに、ウィンは一週間以上眠っていました。その療養もかねて、ですね」
「ねぇ、サラン。頼みごとがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「ロビリィに連れてって。今すぐに」
「……はい? あの、私の話を聞いていましたか?」
素っ頓狂な声をあげるサランを見たトウィンカは声を出して笑った。
「ん? ほら、レッツゴー!」
「はぁ……。さすがはラゼルの娘といったところでしょうか。とりあえずご飯を食べてください」
腕を高らかに上げると同時に、サランはため息をついた。それに気がつかないふりをして、トウィンカはサランのもってきた暖かいおかゆを口に含みながら今から尋ねる人のことを思い浮かべた。




