プロローグ
プロローグ 終わりの日
空が、泣いていた。
雨ではない。
黒く濁った雲の裂け目から、星の欠片が静かに降り注いでいた。
それは美しく輝きながら地面へ落ち、触れたものすべてを白い灰へと変えていく。
森も。
川も。
街も。
そして、人も。
「もう……終わりなのか……」
老人は崩れ落ちた教会の前で空を見上げ、小さく笑った。
誰もが知っていた。
世界は今日、滅びる。
逃げる場所など、もうどこにもない。
⸻
世界の中心には、一つの巨大な塔が立っていた。
その名は《星見の塔》。
塔の最上階では、一人の少年が静かに目を閉じていた。
年は十六、七ほど。
漆黒の髪に、夜空のような深い青い瞳。
その瞳には、長い年月を生きた者だけが宿す静かな悲しみが映っていた。
彼の名は――レイン。
世界最後の魔法使いだった。
「本当に……これしかないんですね。」
背後から、一人の女性が声をかける。
白銀の髪を腰まで伸ばしたその女性は、涙をこらえながら微笑んでいた。
「レイン。」
「先生。」
彼女の名はノア。
人々から”賢者”と呼ばれた魔法使いであり、レインにとって唯一の師だった。
ノアはレインの隣へ立つ。
眼下では無数の人々が最後の祈りを捧げている。
「怖い?」
レインは少しだけ笑った。
「もちろん。」
「でも、誰かがやらなきゃいけない。」
ノアは何も言わなかった。
ただ、震える手でレインの肩に触れる。
「あなたは優しすぎる。」
「そうでしょうか。」
「だから、自分を犠牲にする。」
沈黙が流れた。
塔を揺らす轟音。
遠くで大地が割れる音。
世界が悲鳴を上げていた。
レインは塔の中心に刻まれた巨大な魔法陣へ歩いていく。
古代文字が青白く光り始める。
「先生。」
「うん。」
「もし、生まれ変われたら。」
ノアは微笑んだ。
「今度は普通の学生になりたいです。」
その一言に、ノアの目から涙がこぼれ落ちた。
「叶うよ。」
「きっと。」
レインは静かにうなずく。
「それなら……十分です。」
彼は魔法陣へ手をかざした。
世界中の魔力が、一つの光となって集まり始める。
空に浮かぶ星々が、一つ、また一つと消えていく。
代わりに、世界の中心に巨大な光の輪が生まれた。
それはやがて、一つの建物へと姿を変える。
石造りの校舎。
広大な庭園。
時計塔。
そして、そこに集う若者たち。
「アルカディア学園……。」
世界そのものを包み込む、最後の魔法。
その代償は――。
レイン自身の、すべての記憶。
「さようなら。」
眩い光が世界を包む。
その瞬間、ノアは泣きながら叫んだ。
「忘れない!」
「たとえ世界中が忘れても、私はあなたを――」
言葉は光に飲み込まれた。
世界は静かに、白く染まる。
⸻
「……起きろ。」
誰かの声が聞こえる。
「おい、新入生!」
肩を揺さぶられ、少年はゆっくりと目を開けた。
見覚えのない教室。
朝日が窓から差し込み、木製の机を照らしている。
「また居眠りか?」
教師の声に、教室中から笑いが起こる。
少年は慌てて立ち上がった。
「す、すみません!」
教室の壁には、大きく校章が掲げられている。
アルカディア魔法学園。
少年は自分の名前すら、ぼんやりとしか思い出せなかった。
「……レイン。」
その名だけが、不思議と胸の奥に残っていた。
窓の外では、一羽の白い鳥が空高く舞い上がる。
まるで、新しい物語の始まりを祝福するかのように。
――誰も知らない。
この学園が、世界最後の希望であることを。
そして、この少年自身が、その運命の鍵を握っていることを。
第一章「アルカディア学園」へ続く。




