共生国家の真実
魔族領域に程近い村に泊まったレン達は、翌朝、変装を施して魔族領域の国境に向かった。
深い森を抜けると、巨大な石造りの門が見えてきた。
「あれがヘテロジェニア連合の門か」
レンが狼獣人の姿で呟いた。
門の両脇には角の生えた魔族の門番が立っている。一行を見ると、警戒した様子で近づいてきた。
「何者だ?この門を通る理由を述べよ」
エレノアが魔族の姿で前に出た。
「私たちは各地を旅する商人です。貴国で商売をさせていただきたく」
「商人?」
門番が疑い深そうに一行を見回した。
「随分と種族がバラバラだな」
「はい。多様性こそが我々の強みです」
門番の一人が別の門番と小声で話している。
「最近、人間の動きが活発だって話だが...」
「でも、こいつらは明らかに異種族だろ」
「まあ、そうだな」
門番が振り返った。
「よし、通ってもいい。ただし、国内では法を守れ。特に人間に関する話題は禁物だ」
「承知しています」
エレノアが頭を下げた。
(やはり、人間のまま来なくて正解だったな…)
レンは変装が、ここでとけたりしないか心配しながら思った。
門をくぐると、そこには想像を超えた光景が広がっていた。
「すごい...」
リシアが兎の耳をぴくぴく動かしながら感嘆の声を上げた。
石造りの建物が立ち並ぶ街に、様々な種族が行き交っている。魔族の店で獣人族が買い物をし、精霊族が竜人族と談笑している。人間社会の中でしか生活したことのない自分達には驚くしかない光景だった。
「本当に共生してるんだな」
レンが感心した。
「でも、よく見てください」
エレノアが小声で言った。
確かに、街を歩く人々を観察すると、微妙な違いが見て取れた。魔族は立派な服を着て堂々と歩いているが、獣人族は質素な服装で、どこか遠慮がちだった。
「階級があるのね」
カティアが猫の尻尾を揺らしながら呟いた。
「思ってたより複雑な社会だな」
(尻尾の扱いが上手くなったな…)
と思いながらレンが答える。
街を進むと、商店街のような場所に出た。しかし、そこでも種族による棲み分けが明確だった。
「魔族の店は一等地にあって、獣人族の店は裏通りですね」
イリヤが精霊族らしい美しい声で指摘した。
「露骨だな」
セレスティアが竜人族の角を撫でながら苦笑いした。
宿を探していると、一軒の宿屋を見つけた。看板には「多種族歓迎」と書かれている。
「ここにしよう」
宿の主人は熊の獣人族だった。愛想よく迎えてくれたが、やはりどこか遠慮がちだった。
「お客さん方は旅の商人ですか?」
「ええ。色々な土地を回っています」
エレノアが答えた。
「この辺りは商売しやすいですか?」
レンが尋ねた。
宿の主人が周りを見回してから小声で言った。
「正直に言うと、魔族の許可がないと大きな商売は難しいです」
「許可?」
「魔族が商業組合を仕切ってますから。我々獣人族は小さな商いしかできません」
「そうなんですか」
「でも、魔王陛下のおかげで平和ですからね。文句は言えません」
部屋に案内されてから、一行は情報を整理した。
どことなく和室っぽい趣の部屋だった。
(この和洋折衷な感じは、なんだか懐かしい作りだな…)
レンが考えているとリシアがつぶやく。
「なんだか変わったお部屋ですね…」
「この国特有の建築様式みたいだな」
セレスティアが答える。
「ほんと変わってる、でも人々はやっぱり平等じゃないのね」
カティアが猫の耳を寝かせた。
「表向きは共生だが、実際は魔族が支配してるってことか」
レンが考え込んだ。
その時、街の中央広場から太鼓の音が聞こえてきた。
「何だろう?」
リシアが窓から外を覗いた。
「行ってみましょう」
広場では、立派な服を着た魔族が台の上で演説をしている。多くの住民が集まっていた。
「我らが偉大なる魔王陛下の統治により、この国は繁栄している!」
観衆からは歓声が上がったが、よく見ると獣人族たちの表情は複雑だった。拍手はしているものの、心から喜んでいるようには見えない。
「魔王?」
レンが小声で呟いた。
「この国の統治者のようですね」
エレノアが分析した。
演説は続く。
「魔王陛下は古の聖典に記された知恵により、我らを正しき道へと導いておられる!聖典には、疫病を防ぐ方法、作物を豊かにする技術、争いを避ける智慧が記されている!」
「聖典?」
レンの心臓が跳ね上がった。聖典という言葉に、何か既視感があった。
「聖典のおかげで、我らは人間どもの迫害から逃れ、この地で平和に暮らせるのだ!」
演説が終わると、住民たちは散り散りになった。しかし、一部の獣人族が小声で話しているのが聞こえた。
「聖典って言うけど、本当にそんなものがあるのかな」
「魔王様が人間だって噂もあるし...」
「シッ!そんなこと言ったら捕まるぞ」
レンたちは顔を見合わせた。
「人間だって噂?」
カティアが驚いた。
「興味深いですね」
エレノアが分析的に言った。
「とりあえず、もっと情報を集めよう」
レンが決断した。
宿に戻ると、主人に聞いてみた。
「聖典って、実際に見た人はいるんですか?」
主人が慌てたように周りを見回した。
「そ、そんなこと聞いちゃダメですよ。聖典は魔王陛下だけが持ってる神聖なものです」
「でも、内容は公開されてるんでしょう?」
「一部だけです。でも、それ以上は...」
主人が口を閉ざした。明らかに何かを隠している。
「分かりました」
部屋に戻ると、みんなで相談した。
「聖典の内容、気になりますね」
イリヤが神妙に言った。
「ああ。もしかすると、それが魔族領域の秘密に関わってるかもしれない」
「でも、どうやって調べます?」
セレスティアが腕を組んで考える。
「まずは街でもっと情報を集めよう。誰かが真実を知ってるはずだ」
こうして、魔族領域での情報収集が本格的に始まった。しかし、彼らはまだ知らなかった。この国に隠された驚くべき秘密を。