ゲームと現実の融合
アルバート家の領地に、穏やかでありながらも確かな活気が戻りつつあった。
レオンハルト王子の経済封鎖という名の長い冬が終わり、人々は春の訪れを祝うかのように、復興作業に精を出していた。レンもまた、その輪の中心にいた。
しかし、彼が向き合っているのは剣や魔法が飛び交う戦場ではない。
土と、水と、そして人々の生活そのものという、新たな「マップ」であった。
領地の復興計画は、エレノアが作成した緻密なデータと、レンが加えた「笑顔」という名の温かい修正によって順調に進むかに見えた。
しかし、現場では数々の問題が山積していた。
特に、農業生産性の向上とそれに伴う水路の拡張工事は、深刻な課題だった。
「若様、こればっかりは昔からのやり方でして…」
村の長老は、困り果てた顔で言った。
長年の経験と勘に頼った農作業は、安定はしているものの、生産性に限界があった。水路の設計に至っては場当たり的な増改築を繰り返した結果、水の流れが滞り無駄の多い非効率なものになってしまっていた。
その光景を目の当たりにしたレンの脳裏に、鮮明な記憶がフラッシュバックした。
それは、彼が高槻レンとして生きていた頃、何千時間も没頭したあるRTSゲームの画面だった。
資源を効率的に採集しユニットを生産し拠点を拡張していく。
そこでは、非効率は「死」を意味した。
「…これ、使えるかもしれない」
レンは、初めは単なる思いつきだと考えていた。
ゲームの知識が、本物の農業や土木工事に通用するはずがない。しかし、領民たちの疲弊した顔と非効率な作業風景を見ているうちに、彼のゲーマーとしての魂が疼き始めた。
(もし、あの世界で培った「最適化」の技術が、この人たちの笑顔に繋がるのなら…?)
レンは、まず水路の拡張工事から着手することにした。彼は、領地の広大な地図を広げ、その上に小石や枝を並べ始めた。その姿は、かつて屋敷の裏庭で一人、石を並べていた幼い頃の彼と全く同じだった。
「レナード様、それは…?」
エレノアが不思議そうに尋ねる。
「これは、俺の中で言うところの『ルート計算』だよ」
レンは、水源から畑までの最短距離、高低差による水圧の変化、土壌の硬さによる掘削コストといった要素を、すべて数値化して脳内で計算していた。
FPSで敵陣への最短侵攻ルートを割り出すように、あるいはRTSで資源輸送の最適ルートを構築するように。
彼は、地図の上に魔法のように滑らかな曲線を描いていく。
「このルートなら、掘る距離は少し長くなるけど、高低差を最大限に利用できるから水の流れが格段に速くなる。それに、硬い岩盤を避けているから工事も楽に進むはずだ」
彼の説明は、長年の経験と勘に頼ってきた領民たちにとっては、まるで魔法のように聞こえた。
半信半疑の彼らの前で、レンの設計通りに進められた工事は、驚くべき成果を上げた。
従来の方法の半分以下の労力で、以前の倍以上の水量を安定して供給できる、効率的な水路が完成したのだ。
歓声を上げる領民たちの中心で、レンはゲームの知識が単なる遊びではなかったことを初めて確信した。
次に、レンは農業改革に取り組んだ。
彼は、畑をいくつかの区画に分け、それぞれの土壌の特性、日当たり、水はけなどを徹底的に分析した。
そして、どの区画に、どの作物を、どの順番で植えるのが最も効率的かを計画した。
「これは『資源管理』の応用だ」
レンは、兄のルーファスとセシルに説明した。
「Aの畑は日当たりがいいから、陽光を好む作物を。Bの畑は水はけがいいから、根腐れしやすい作物を。そして、収穫が終わった畑には、土壌の栄養を回復させる豆類の作物を植える。こうやってローテーションさせることで、土地を休ませることなく、常に最大の収穫を目指すんだ」
さらに、レンは「タスクの分散」という概念も導入した。
屈強な男手は土を耕す力仕事に、女性や子供たちは種まきや雑草取りといった細かい作業に。
それぞれの能力に応じて作業を分担させることで、全体の作業効率を劇的に向上させたのだ。
初めは「若様の考えることは、よう分からん」と戸惑っていた領民たちも、レンの計画がもたらす圧倒的な成果を目の当たりにするうちに、次第にその指示を全面的に信頼するようになっていった。
秋の収穫期、アルバート家の領地は史上空前の大豊作に沸いた。黄金色に輝く麦畑はどこまでも広がり、倉庫には入りきらないほどの作物が山積みになった。
収穫祭の夜、
広場の中央で燃え盛る焚火を囲み、領民たちは歌い、踊り、笑い合っていた。その輪の中心には、少し照れくさそうに、しかし満面の笑みを浮かべるレンの姿があった。
「若様! 本当にありがとうございます!」
「あんたは、わしらの救い主だ!」
領民たちから口々に感謝の言葉をかけられ、手渡される出来立てのパンと、なみなみと注がれたエール。
その一つ一つが、レンの心を温かく満たしていく。
彼は、ふと、転生前の自分の姿を思い出していた。
薄暗いワンルームの部屋で、ヘッドセットをつけ、モニターの光だけを頼りに、孤独な戦いを繰り返していた日々。
あの頃の自分は、ゲームの世界でどれだけ勝利を重ねても、どれだけ賞賛を浴びても、心のどこかが満たされることはなかった。
それは所詮バーチャルな世界の、虚構の栄光でしかなかったからだ。
だが、今はどうだ?
目の前には、本物の笑顔がある。自分の知識が、自分の力が、この人たちの生活を豊かにし、未来への希望を生み出している。孤独なゲームの世界で、来る日も来る日も培ってきたものが、この異世界でかけがえのない「現実」に繋がっている。
リシアが、セリナが、エレノアが、そして父や兄たちが、誇らしげに自分を見つめている。かつては疎外感しか感じなかった家族の輪の中に、今、確かに自分の居場所がある。
レンは、夜空を見上げた。
満天の星がまるで彼の勝利を祝福するように輝いている。
(ああ、そうか…)
彼は、心の底から満たされていた。ゲームの知識は、決して無駄ではなかった。あの孤独な時間は、この温かい現実と出会うための、長い長いチュートリアルだったのかもしれない。
高槻レンとして生きた孤独な時間と、レナード・アルバートとして生きる温かい現実。二つの世界が、今、彼の心の中で完全に融合し、一つの確かな力となった。
それは、どんなチート級の武器よりも強く、どんな魔法よりも輝かしい、彼だけの本当の力だった。
レンは、この世界で生きていくことの本当の意味をこの日、ようやく見つけた気がした。
いつも拙い文章にお付き合いくださり本当にありがとうございます。
レンが王都の「英雄」としての顔から、家族や領民を守る「レナード・アルバート」としての顔へと戻り、彼の本当の強みが「人との絆」であることを、戦闘ではなく、日常の中で実感する場面を下手くそなりに描いてみたかったのです。
書き足し、書き足しで、当初考えていたよりかなり増えてしまいました。
次回からヴァルクス帝国編が始まります。
是非、これからもお付き合い、よろしくお願いいたします。
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