理解不能な存在
「理解不能な存在」
エレノア・フォン・アークライトがそう呼ばれるのには、理由があった。
エレノアは、王族の遠縁にあたる家系に生まれた。彼女の家は古くから王子の腹心として仕えることを家訓としており、エレノアは幼い頃から感情を捨て論理と知性のみで生きるように教育された。
「エレノア、感情は判断を鈍らせる。お前は完璧な駒として、王子のために尽くすのだ」
父の言葉は、まるで呪文のようにエレノアの心を縛り付けていた。
彼女は幼い頃から常軌を逸した知能を持っていた。他の貴族令嬢たちが舞踏会での駆け引きや恋愛に夢中になる中、エレノアは一人、図書館にこもっては膨大な量の書物を読み漁り、古代の戦術書や経済理論、はては魔法陣の演算式までを完璧に暗記していた。彼女は膨大な知識を吸収し、誰よりも優れた「頭脳」として成長した。だが、その代償として彼女の心は次第に冷たくなっていった。彼女にとって、人は駒であり感情はノイズでしかなかった。
ある日、彼女は王都の貴族たちの間で流行していた、複雑な賭け事のルールを、たった一度見ただけで完全に解析し、その必勝法を導き出した。彼女は、その賭け事に一切興味はなかったが、興味本位で必勝法を試すと、彼女の計算通りに事が運び、莫大な富を得た。
「エレノア様、どうして…? 貴方には、人の気持ちがわからないの?」
賭け事で破産した貴族が、悔しそうに彼女に尋ねた。エレノアは、ただ静かに答えた。
「人の感情など、確率論に過ぎません。そのパターンを読み解けば、結果は予測できます」
彼女の言葉は、まるで冷たい刃のように相手の心を突き刺した。彼女にとって、人の感情は攻略すべきデータでしかなかったのだ。
彼女は、貴族社会の社交辞令や人々の裏に隠された感情を正確に理解し解析することができた。しかし、それは彼女の心から生まれたものではなく、論理的な思考から導き出されたものだった。そのため、彼女の振る舞いは常に完璧でありながらどこか人間味に欠けていた。
また、ある貴族の夜会で、エレノアは、その日のパーティの主催者が隠された借金で苦しんでいることを瞬時に見抜いた。彼女は、その借金を解消するために主催者がどのような行動に出るかを予測し、自らその「最善手」をアドバイスした。
「このパーティの参加者のうち、A公爵は財政難を抱えており、B伯爵は名声に飢えています。彼らを巧みに利用すれば、あなたの問題は解決します」
エレノアの助言は完璧だった。主催者の借金は解消され、パーティは大成功を収めた。周囲の貴族たちは、エレノアの天才的な頭脳に感心し称賛した。
その夜、主催者は感謝の言葉を伝えるためにエレノアの元を訪れた。
「エレノア様、本当にありがとうございます! あなたのおかげで、私は救われました!」
主催者は、感激のあまり涙を流しながらエレノアの手を握った。しかし、エレノアの表情はただの無表情だった。彼女は、主催者の感情を理解できなかった。
「それは、私が論理的に導き出した最適解を実行した結果に過ぎません。それに私はあなたを助けたいと思ったわけではありません。ただ、面白いデータが見たかっただけです」
彼女の言葉は、主催者の心を凍り付かせた。主催者はエレノアが心から自分を助けてくれたわけではないと知り、深い失望を味わった。
この出来事を境に、エレノアは「理解不能な存在」として貴族社会で孤立していった。彼女は完璧な知性を持つがゆえに人々の感情を理解できず孤独を深めていったのだ。
それが、レオンハルトが彼女を「刺客」として選んだ理由だった。王子は、レンの戦術を読み解くために人間的な感情を持たない完璧な「解析ツール」を求めていたのだ。




