20話 祝勝会に来た男
冒険者ギルドの側に建てられている酒場【森の誘惑亭】。
今そこは昼間だというのに大勢の冒険者がつめかけ、かつてないほどに盛況でした。
理由はもちろん、王国最大の犯罪組織【メディシアン・カルテス】の討伐に成功した【蒼月の旅団】とともに祝杯をあげようと、大勢の冒険者が来たからでした。
そしてボクたちの目の前に肉や野菜のごちそうがいっぱい。
王国最大級の英雄になったパーティーに、みなさんが奢ってくれたからです。
そんなにぎわいの中、リーダーのご主人様の声は響きます。
「みんな、よくやってくれたわ! 借金はキレイに返済。みんな自由よ!」
ウオォォーーー!!!
なぜかメンバーでない、その他の人達まで大きな歓声をあげました。
「セリア、ラチカ、カスミくん、本当にありがとう! とっても感謝してるわ!」
「ああ。まったくどうするのかと思いきや、まさかメディシアン・カルテスを壊滅させるとはな。とくに奴隷契約までしてくれたカスミには感謝している。大きな借りが出来てしまったな」
ルナリアさんとバルカンさんのこの言葉には、妙に報われた気分。
「ま、飲める年になったらおごってください。それよりアリア、エイミー。お前らまで何でいる。こんな場所、子供の来る所じゃないぞ」
カスミさんの隣に、カスミさんの学院の友達(弟子?)二人の少女もちゃっかり同席しています。
「あはは、カスミくんだって子供だよ。お母さんから話を聞いてビックリしたよ。本当にカスミくんってスゴイんだねぇ」
「さすが師匠! こんなスケールのでかい事をやってのけたなんて、一番弟子として鼻が高いです。学院でスゴイ自慢できます!」
カスミさんも言葉とは裏腹に、二人から褒められるのはまんざらでもない様子。
そして二人は、ご主人様やルナリアさんとガールズトークに花を咲かせています。
「でも、本当にカスミくんってカッコ良いよね。颯爽とあらわれて、私たちの莫大な借金を肩代わり。それを数日のうちに完済なんてイケメンすぎ! 学院じゃすごくモテるでしょう?」
「モテすぎて困ってます。師匠の前でパンツ脱ぐヤバい女とかも居るんですよ」
「あははっ。あの子、大人になりすぎだね」
「いや、メスになりすぎ。大人の女はそんなことしない」
酒場はヤンヤヤンヤと大盛り上がり。みんなからはひっきりなしに武勇伝をねだられます。
ですがそこに”あの男”は現れました。
――—「フッフッフ、楽しんでいるようだな。やはり【蒼月の旅団】には栄光がよく似合う」
「なッ!!?」
「なにィーーッ、お、お前はーーッ!!」
「どうして、ここにッ!!?」
貴族のようなスーツとネクタイ、そして上等のマントを羽織り妙なポーズをとっているその男。
彼を見て、皆が驚きました。ボクもです。
「「「アウグストーーッ!!!」」」
パーティーに莫大な借金を残して逃げた、【蒼月の旅団】の元リーダーその人です。
この人、なんでこんなドヤ顔でここに来れたのでしょう?
「フフフ、まぁ落ち着きたまえ。君たちに何も言わず姿を見せなかったのはすまなかった。しかし、私は今まで【蒼月の旅団】リーダーとして金策をしていたのだよ。有力者の方々をまわってね。その間、素晴らしい活躍をして借金をすべて返済してくれたとは予想外だった。が、おかげで新しい展望も見えてきた」
この物言いに怒ったのは、残されて借金奴隷になりかけたルナリアさんとバルカンさん。
「ハァ? だれがリーダーだって? リーダーはこのセリアよ。間違っても、とんでもない借金を残して消えたアンタなんかじゃないわ!」
「ああ。俺にすら、あんな額の借金をしていたとは聞かされていなかった。もう、とても仲間とは思えんな」
「待ちたまえ! 私には有力貴族とのツテがある! 今ならば貴族の道も開けている。どうだろう、もう一度私をリーダーにしてくれれば、君たちにも……」
「うるさいわよッ!」
パァアンッ
うわっ、すごいビンタ。
「アンタのせいで私たちは借金奴隷になりかけたのよ! セリアとカスミくんとラチカが助けてくれなかったら本当に危なかった。もうアンタの言う事なんて信じてあげない!」
「それに【蒼月の旅団】は近々解散する。貴様の言う妙な連中が怪しげな契約話を持ってくるんでな」
「な、なにをバカな! これから我々がいかに発展するのかわからんのか! 貴族諸侯と結びつき、かつてない壮大な一大クラウンを形成する。それがわがパーティー創始者エドガー・コルナンの意思を継ぐことだと何故わからん!」
うわあ、本人の前で何言っちゃってんだろ。
当のコルナンさんであるカスミさんも、すごい不機嫌顔。
「コルナンさんなら『Sランクの真似ごとなんかするな。自分に見合った生き方をしろ』と言うと思うぜ。奴の名前で、妙な連中と妙な約束をするのはやめろ」
「そうです! お父さんはそんな意思なんか持っていません。ぜんぶ、あなたの考えた妄想です!」
アリアさんも怒っています。やっぱり父親の名前を使われるの面白くないよね。
「ええい、子供に何がわかる! もういい。【蒼月の旅団】は私の元で再編成する! 君達は勝手にやめるがいい! 有力者からのツテで、優秀なメンバーが入る予定だからな」
なんてこった。この人、またまたすでに妙な連中と繋がっているのか。根っからのヤマ師ですね。
「ギルド長にたのんで【蒼月の旅団】の名称は誰にも使わせないようにする。イチから冒険者パーティーを立ち上げて、自分の名前で勝負するんだな。これ以上エドガーの名前を貴様には使わせん!」
ドガァッ
バルカンさんは思いっきりアウグストさんを殴り、アウグストさんはふっ飛びました。
—―—「「「ギャハハハハハハッ!!」」」
その見事なふっ飛び具合に、酒場から「ドッ」と笑い声がおこります。
「く、くそっ。おぼえていろ。私は必ず栄光をつかむ!」
近くに転がっている酒ビンをつかんで、アウグストさんは逃げていきました。
それを見てカスミさんはポツリ言います。
「まったく、あの小僧も嫌な成長の仕方をしたもんだ。ああいうのを見ると悲しくなるぜ。もう祝いって気分じゃねぇな。ラチカ、そろそろ出るぞ」
「もう? カスミさんとボクは主役のウチなのに」
「ま、セリアにまかせるさ。さっさとシェリーにコレも渡さなきゃならんしな……うッ⁉」
「カ、カスミさん? 【ジョーカー・ジョーカー】はどうしたんです⁉」
カスミさんの脇に置いてあったはずの【ジョーカー・ジョーカー】。
それはいつの間にか消えていました。
◇ ◇ ◇ ◇
アウグストは、殴られた痛みと笑い物になったショックでフラフラになって街角をさまよった。
「ハァハァ……くそっ、下賤どもがバカにしおって。こんな絶好の機会に、私を追放とは愚かなことを! 私の作った貴族諸侯とのツテがあれば、【蒼月の旅団】はかつての…いや、それ以上の栄光を取り戻せるというのに!」
グビグビグビッ
酒! 飲まずにはいられないッ!
クズのロクデナシのようなことをしている自分に荒れている!
「プハァッ! クソッまるで道化だ……うん?」
右手には酒場からかすめ取った酒ビン。
だがしかし、左手にも何かを持っていた。
――どういうことだ? 私はこんなものを手にした覚えはない。
アウグストはいつの間にか持っていた”道化の仮面”を気味悪そうに見つめた。