21話 アウグストとサリエリ
ラスボス降臨
「……ちっ、酔っ払いどものオモチャか。フン、妙なモノをつかんできてしまったな」
それは悪魔をモチーフにしたデザインであり、表情は口端がキューッと大きく吊り上がった笑顔。
つくりは意外と精巧であり、思わず見入ってしまうほどに職人の技が見て取れる。
だがしかし、あまりに精巧なそれの笑いは、先ほどの盛大な嘲笑を思い起こさせる。
―――「ギャハハハハハハッ、借金に尻尾巻いて逃げた野郎が何か言ってるぜ」
―――「ああ、まったくひでぇ野郎だ。盛大なクソたらして逃げて、かたずけ終わったら出てくるなんてよ」
―――「ガハハ、無能もここに極まれりだな。奴が抜けた途端に【蒼月の旅団】は英雄的大活躍。よくまぁ帰ってこれたもんだ」
笑、嗤い、嘲笑、うるさいほどに楽し気な笑い声が、アウグストの耳に響く。
「笑うな………ッ、私を笑うなぁぁっ!」
仮面を叩きつけようと振り上げた瞬間。
―――「おや、そこに居るのはアウグストさんじゃありませんか」
旅装姿の貴族らしい少年が声をかけてきた。
見ると、それはかつて【蒼月の旅団】にさそった公爵家の嫡男【サリエリ・クロノベル】であった。
「サリエリくんか。そういえば、あの祝勝会にはいなかったな」
「目的を探しに行きましてね。もっとも、そこに居たのはコルナン氏をかたる偽者。とんだ無駄足でしたよ。それより聞きましたよ」
「クッ」
「【蒼月の旅団】はかつてない大手柄あげたそうですね。そしてアウグストさんは、莫大な借金を残して逃げた卑怯で無能な元リーダー。ハハハ」
声を荒げようとするアウグスト。
だがサリエリの事情を思い出し、逆にニヤリとわらう。
「フフフ……人のことだと、よく笑えるようだなサリエリ君。君自身をよくふり返ってみたまえ。他から見ればじつに滑稽だよ」
「ウグッ」
「公爵家長男でありながら、無能の汚名で次期当主を降ろされ、今はその失態の責任をとるべく奮闘中……だったな。そしてコルナン氏の捜索に失敗すれば、弟殿に次期当主の座は奪われるとか。どうだ、次期当主は取り戻せそうかな?」
「う、うるさいッ、黙れ!」
「ハハハハハ、その調子だと、どうやら次期当主は弟殿に決まりそうだな。じつは本当に無能なのではないか? 貴族などやめて、道化となって新しい次期当主殿につかえたらどうだ。そら、この道化の仮面をさしあげよう」
「うあああああッ」
ドゴォオッ
サリエリの目にも止まらぬストレートがアウグストの腹に突き刺さった。
「グッ……たかが貧弱な魔法師の学生が現役の冒険者に殴り合いで勝てるとでも……」
「舐めるな。ラカン魔法学院というのはな、あらゆる事で普通じゃないんだよ。とくに体力は地獄のシゴキで徹底的に鍛えられるんだ!」
バキドガバギドガバギドガ
「君がッ」
ドガガガッ
「死ぬまでッ」
ボガンッ
「殴るのをやめない!!」
ドッガアアアアアアン
グッチャアアア
「……と思ったけど、このくらいでやめよう。服が汚れる」
アウグストはボロボロになってサリエリの足元に崩れ落ちた。
その片隅に先ほどの道化の仮面が落ちているのを見つけた。
「そら、道化は君にお似合いだ。その腫れあがった醜い顔を笑顔にしてあげよう」
サリエリは道化の仮面をアウグストの顔に押し付ける。
すると本当に顔が笑みの表情になったようにみえる。じつに精巧な仮面だ。
服のホコリを払い立ち去ろうとすると、二人の浮浪者どもがアウグストに這いよってくるのが見えた。
――「ウェッヘヘヘ、上等な服のエモノだアアアッ。酒と良い女が抱けそうだぜ」
—―—「他のヤツラが来る前にみぐるみ剝いじまおうぜ、なぁ兄弟ギャハハハハハハッ」
そのアウグストの様にサリエリはニヤリと嗤う。
「フン、どこまでも堕ちるがいいさ。ハダカで帰りながら良い道化になれよ」
そうして汚い浮浪者にむさぼられる哀れなエモノに背を向けて歩き出す。
しかし、じつに長い無駄な時間を費やしてしまった。
—―—ギャハハハハハハッ
さっきのカスのおしおきの事じゃない。【蒼月の旅団】に入ってエドガー・コルナンの行方を捜索した日々の事だ。
—―—ギャハハハハハハッ
学院の長期休暇を利用しての汚名返上の計画は、まったくの成果なし。
これからどうしたものか……
――—ギャハハハハハッ!!
ピタリ
ひっきりなしに響く浮浪者どもの笑い声に思わず足をとめる。
ああ、うるさい。考えねばならん事が多すぎるのに集中できないじゃないか。
楽しむなら静かにやってくれ。
「………うッ、アウグスト?」
振り向いてみると、アウグストは仮面をかぶったまま「フラリ」立ち上がっていた。
そしてその下にはさっきの浮浪者どもが狂ったように笑っている。
アウグストはまるで本当の道化のようなおどけた仕草で、浮浪者どもに話しかけている。
「仲良し兄弟のキミたち。キミたちの願いはなんだぁ?」
「酒だ酒だ酒だぁ! 浴びるほどいっぺえ酒が飲みてぇ!」
「女女女おんなぁ! 一度でいいから、すげぇいい女抱きてぇ!」
「うんうん、いい欲望だ。私【ジョーカー・ジョーカー】は、満たされない人間の願いをかなえるアーティファクトなんだ。キミたちに願いをかなえる能力をあげよう」
ムクムクムク……ッ。
二人の体は膨れ上がり異形の姿となっていく。
「ああああっ、ありがとうございますジョーカー・ジョーカー! やっと俺も貴族様みてえに楽しく生きられそうです!」
「ワクワクするう! 娼館で目についたいい女片っ端から抱いてやるぜエ!」
な、なんだコレは。人間をモンスターに変えた?
あの仮面はアーティファクト?
しかし人間をモンスターに変化させるなど、まるで伝説のアレではないか!
やがてアウグストの目はジロリとサリエリの方へ向く。
「サリエリくん。この仮面ごしに、よーく見えるよ。キミの満たされない欲望、渇望が。ああ可哀そうに、そんなに飢えて渇いて。いまキミも救ってあげるからな」
「うっ、うわあああああああッ!!」




