第109話 胡蝶の夢
期末テストが終わり、7月が訪れる。高校生活の中で特に大きなイベント、修学旅行の季節だ。愛理たちが通っている学校は毎年、北海道に行くことになっている。そのため、学校から空港までバスで行くのだが、バスの中にいる生徒たちは大はしゃぎだ。
「席のくじ引き、隣同士でよかったね」
「うん!」
「そういえば、EOFの新規イベントの詳細が来たの見ている?」
「まだ見てない。ちょっと見るね」
スマホを取り出して、公式サイトにアクセスすると8月にPVPイベント開催の案内が書かれていた。それによると、弾圧している天使たちと堕天使が率いる反乱軍との衝突が勃発。プレイヤーはこの戦いに介入し、戦いを収めるというものだ。この際、プレイヤーたちは反乱軍か正規軍かを選ぶことになる。勝ち負けによってはそのサーバー内のストーリー展開に変化が生じるらしい。
「これなら、心情的には反乱軍につく人が多そうだよね」
「そう思うでしょう。だけど、最後まで読んで」
「えっ~と、ステージギミック……反乱軍側の陣地には『敵軍のHP回復量-20%減』、正規軍側の陣地には『自軍の状態異常耐性アップ中』の効果がつきます」
「正直な話-20%減くらいなら大して変わらない。特にレイドなら人数多い分、ほぼ無視できるデバフだと思う。それに対して状態異常耐性アップ、しかも中もあるならわざわざ毒や麻痺耐性用のアクセサリーを装備する必要もなくなるから、実質ステータスアップバフと言っても差し支えない」
「でも、どっちの陣地でもない中央で戦えばいいんだよね」
地図には東西に分かれた陣地、その中央には巨大な湖が広がっており、飛行や水泳ができないプレイヤーは南北を大きく迂回する必要がある。また、生産職は限られた資源で城の迎撃システムの強化、移動手段の船やボート、戦力増強のゴーレム兵士などを作ることが可能となっている。そこらをどう活用していくのかもポイントの一つだ。
「そこは駆け引きにはなるかな。反乱軍に攻めている設定だから、反乱軍側の陣地が少し広いけど、自陣に強いバフがあるかどうかは所属する陣営決めに大きく影響するよ。はっきり言って正規軍の一人勝ちじゃないかな。そう思っているせいか有名なクランは正規軍に入ることを表明しているよ」
「どこのクラン?」
悠里が愛理にスマホのメモを見せる。そこに書かれていたのは――
正規軍
【Noble Knights】(一部離反)
【サンダーバード】
【アルカナジョーカーズ】
【にゃんにゃんクラブ】
勝ち馬に乗ろうとしているクラン多数
反乱軍
【リベリオン】
【掲示板の住民】
趣味クランが少数
「この一部離反ってなに?」
「Arthurさんがどうしても正規軍につくのは心情的にできないから、イベント終わるまでは【掲示板の住民】に移っているんだ。もしかすると、他のクランからも一人二人は抜け出してくる人がいるかも」
「そうなんだ」
「情勢はこんな感じ。私たちはどっちにつく?」
「反乱軍側で」
「勝ち目ほとんど無いけどいいの?」
「ほとんど無いってことはまだ勝ち目はあるってことでしょう?」
「まあね。具体的な作戦はスパイ警戒してまだ伝えられないけれど、何人かのプレイヤーと協力するつもり。というわけで【リベリオン】のお二人さん、他に何かいい情報ない?」
通路を挟んだ向こうの席に座っていた遠藤と田中に声をかける。二人は近くの席にいる生徒とトランプで遊んでいたが、ちょうど田中があがって遠藤が負けたようだ。負けた遠藤が山札をシャッフルしながら悠里たちに応える。
「リーダーのぐれ……つばさちゃん含め上位陣は躍起になっているからモチベーションは高いぜ。この戦力差を覆したら大英雄だってな。量さえ覆せば、質では負けないと思う」
「ひっくりかえせるなら動画映えはしそうよね。炎上はノーサンキュ―だけど」
「前も言ったけど、人に迷惑をかけるなよ」
「あれはちょっと悪かったって……」
「別に気にしてないから良いよ」
「そうそう。あれから時間たっているけど、まだ何の被害もないし、プチ炎上で済んでよかった」
「お前たちがそういうなら、いいけどよお」
「せっかくの修学旅行なんだし、遠藤君も炎上のことは置いといて楽しもう」
「そうだな。ジジ抜きするけど、お前らもするか?」
遠藤から誘われた愛理たちはジジ抜きやUN〇といった定番のカードゲームをやり始める。ワイワイと騒いでいるとあっという間に空港につき、飛行機に乗り換えていく。愛理の強運を持ったとしても、飛行機の中の席までは悠里と一緒というわけではない。
飛行機が走り出し、空へと徐々に高度を上げていく中、バスで騒ぎすぎたせいか、やけに瞼が重い。隣の生徒を見ると、必死に眠りをこらえているようだが、自分と同じく重力に逆らうことができないようだ。そして、愛理はゆっくりと瞼を閉じた。
「おっと、これは大変だ。せめて彼女だけでも……と」
愛理が目を覚ますと、一面白い空間にぽつりと立っていた。そして、背後から自分の存在をアピールするかのように歩く音が聞こえる。
「だれ!?」
「やあやあ、白魔導士のアンブローズだよ。ちょっと頼みごとがあって呼び出したんだ」
「アンブローズさん? 夢でもゲームしているなんて初めてだよ」
「仕事人間になると、夢の中でも仕事をするなんてことはあるみたいだからね。それと同じようなものと思えばいい。つまり明晰夢ってやつさ」
「なるほど。それで頼み事って何ですか?」
「そうだね、まずはあたりを見回してくれ。僕の魔法で、一本道のダンジョンに変えておいた」
愛理のいた場所がいつの間にやら、山中の洞窟の前になっていた。さらに、髪が伸びて金色に代わり、ゲーム内のアイリへとその姿を変える。たった一振りで地形や人を丸ごと変えるなんて夢の中とはいえ、すごいなと感心しながら足を踏み入れていく。
「夢の中とはいえ、何が起こるかわからない。慎重に進もう」
「えっ~と、確か地面を小突きながら歩くんだよね」
Lancelotの見よう見まねで手にした杖で罠チェックしながら、歩いていく。すると、地面からカチッと音が鳴り、矢が目の前を通過する。
「侵入トラップだね。一撃で倒れない限りは私が回復してあげるから、気にせず先進んでも構わない。ゲームの世界じゃないから、痛みはあるけどね」
「痛いのは嫌なので、慎重に進みます」
「慎重なのもいいが、今回は時間制限もある。と言っても、1時間はあるが」
「1時間も寝ていたら飛行機が着いちゃうよ」
「そうだとも、それが一番いい結末さ。それを超えるといろいろと面倒なことになる。さて、慎重かつ迅速に進もうじゃないか」
マーリンに急かされつつ、ダンジョン内を小走りで進んでいくと突如として大きな部屋にたどり着く。そこそこの距離を歩いたとはいえ、モンスターと出くわすこともなく、思った以上に早く着いたことに拍子抜けていると、愛理たちの目の前に巨大なチェスの駒が降ってくる。
「あれを倒さないと目的のモノを得ることができないようだ」
「わかりました。行くよ、ティアマトさん、ケルベロスさん!」
ティアマトとケルベロスを召喚した愛理は一番近くにいるポーンへと向かっていく。ポーンが握っているのはただの刀剣。空を飛べて遠距離から攻撃ができる愛理が有利をとれる。
「ヒュドラブレス!」
愛理の愛用する毒竜がポーンを襲おうとしたとき、突如としてポーンの前にバリアが展開されてはじかれる。ルークの駒が青白く光っていることから、それが原因であることが容易に想像できるが、自身に降り注いだ黒い影を見て、思考を中断し、その場から逃げる。間一髪のところで、頭上から落ちてきたナイトの駒を躱すと、ビショップの駒から4発の魔法弾が放たれる。
「カースバリア!」
呪いのおまけつきで返した魔法の弾を今度はクイーンが相殺する。隙の無いコンビネーションにどうしようかと悩みながらも、まずはバリアを張ってくるルークを落とそうとする。
「ティアマトさん、ウガルルとクサリクでポーンの動きを止めてください。私が先に攻撃してルークにバリアを張らせます。そのあと、ケルベロスさんと一緒に第2波攻撃お願いします」
『承知した』
「それなら私は幻術で敵のビショップとクイーンが横やりを入れないようにしておこう。彼女が僕の肩代わりしてくれているからね。これくらいのリップサービスはしないと」
「いくよ!」
ポーンがクサリクの斧を受け止め、背後からウガルルが自慢の拳で殴り掛かる。その様子を見たルークが防御アップのバフをかけてポーンが破壊されないようにする。その魔法をかけている最中、分身系の魔法で数を増やした愛理がカースインフェルノを放つと、ルークが自身にバリアをかけてその攻撃を防ぐ。
『行け、我が子供たちよ!』
『喰らえ!』
愛理の猛攻を防ぎ切ったルークに対し、ティアマトらの攻撃が降り注ぐ。第2波攻撃を防ぐため、再度バリアを張り直し、その攻撃に耐えようとする。だが、本来のCTよりも早く使ったことで体に負担がかかっているのか、ピシッと音が鳴り始める。
『ちっ、まだ防ぐか!』
「おっと、もうそろそろ幻術が解ける頃合いだ。第3波がラストチャンスだ」
「任せてください。スキル【連続魔法】!MP消費が倍になる代わりに、CTを無視して同じ魔法がもう一回撃てる!」
闇の炎を放とうとしたとき、愛理の頭上にナイトがワープして踏みつけようとする。それを上空で待機していたムシュマッヘが体当たりして、軌道を変えていく。彼女の邪魔をするものがなくなった今、ルークへの攻撃を阻むものは何もない。3度目のバリアを張るも、無理な魔法の行使でルークの体中に亀裂が次から次へと入っていく。
「カースインフェルノ、いっけえええ!!」
闇の炎に包まれていくルーク。いくらバリアを張っていると言えども、熱まで防ぎきることはできない。高温の熱に蝕まれたルークは、その体を維持することができずについに崩れ落ちる。
防御バフが消えたことで、ポークへの攻撃が通り始め、今も攻撃を仕掛けているクサリクたちに任せれば十分に対応できる。
「引き続き、ムシュマッヘは上空を警戒。次はクイーンを警戒しつつ、ビショップを落とすよ」
「その前にMPを回復してあげよう」
ビショップが魔法を放ってこちらを狙ってくるも、ダークストームでそれらを打ち消していく。完全な好きになったところで、バシュムが丸腰のビショップを襲うとしたとき、素早い動きでダークストームの射程から逃れたクイーンがバシュムを魔法で吹き飛ばす。だが、姿を消していたムシュフシュがビショップの背後に回り込んで攻撃を仕掛ける。
当然、ビショップがムシュフシュに追尾弾の攻撃を仕掛けるも、姿を消したとたんに地上に爆炎を咲かせるだけであった。
「ヴェノムブレス!」
ニーズヘッグの頭部がビショップを飲み込んでいき、猛毒を浴びさせていく。そして、毒状態になったところで今度はデッドリーブレスによる攻撃を加え、特攻ダメージを与える。愛理とムシュフシュの猛攻を受け続けていたビショップが最後の力を振り絞り、愛理に誘導弾を放つ。それと同時にナイトが頭上にワープし、逃げ場を封じようとする。
「シャドーダイブ!」
だが影に潜られたことで、彼らの連携攻撃は失敗に終わる。それどころか、暇を持て余したムシュマッヘがビショップに攻撃していく始末だ。彼らの攻撃を防ぐすべを持たないビショップはポーンとほぼ同時に砕け散る。
「次はクイーンだけど、足が速いんだよね」
「そうそう。幻術のCTは長いから、もう少し時間がかかるよ」
「それなら、まずは足を止めよう」
上空から種をまきながらバシュムと戦っているクイーンの動きをじっくりと観察する。いくら早くても、その動きはチェスの駒らしく直線的。ゆえに、その動きを大まかには予想できる。急成長で突如現れた木々の壁に阻まれたクイーンはその動きを封じられ、バシュムが噛みついて逃がさんとする。
『あとは我に任せろ!』
木々を破って背後から突撃したのは獄炎を纏ったケルベロス。バシュムの毒液でクイーンが解かされていたところに彼の突撃が加わったことで、クイーンは撃破される。
「最後はナイト!出現位置は真上!」
最後のワープ先が分かっているのであれば、あっちこっちを飛び回っているナイトといえども攻撃を与えることはたやすい。ムシュマッヘがダメージを与え続けていたこともあり、愛理と召喚獣の一斉攻撃により、あっけなく砕かれる。
キングを除くチェスの駒の軍勢を倒すと、愛理の目の前にキングの駒が描かれた宝箱が現れる。どうやら動かせる駒をすべて失ったことで投了といった様子だ。
「さてと、宝箱には何が入っているかな」
S高校の意識データを手に入れた
「なんだろう、これ?」
愛理が手にしたのはUSB形状の物質。自分の通っている高校名が記載されたそれをマーリンがひょいと取り上げる。
「これでこの事件を無かったことにできるよ」
「それってどういう?」
「そうだね……君たちから見て私たちはどういう存在だい?」
「どういうって……ゲームのキャラクターだよね」
「そのとおり。私たちは虚構の存在だ。与えられた役割、私の場合は伝説の白魔導士という役割、エクスカリバーを振るってモンスターを倒すことはできない。だけど、高度なAIを積んでいる私たちはある程度は自己裁量で判断することができる。エクスカリバーとまではいかなくても名のある聖剣くらいなら振るうことはできる。ならば、私たちが虚構であるというのはどうやって証明できる?」
「ゲームの中でも食べたり寝たりはできるし……与えられた情報でしか動けないとか? 入力されたデータに基づいた動きしかできないみたいな」
「それは現実でも同じさ。与えられた、入手できる情報でしか人というのは動くことしかできない。まるでゲームの住人のようにね」
「つまり、虚構と現実という線引きは紙一重。少しのきっかけがあれば容易に崩れるものだ。これはそれを最初になそうとした彼女の受け売りなんだけどね」
「彼女?」
「君のよく知っている人物さ。そして、私たちはこの線引きを守るため、創造主たる運営にばれないようにこそこそと動いている。とまあ、夢の内容はこんな感じでいいだろう。君が起きたとき、8割くらいは忘れているだろうし、覚えていたとしても夢の中でゲームしていたくらいの認識だ。虚構の存在としては楽しくゲームをしてほしいところだよ。おはよう、そしていい旅路を」
目の前が真っ白に光り、そして、ゆっくりと目を開けるとそこは飛行機の中。横にいた生徒も寝ぼけた様子で目を開け始める。そして、飛行機のアナウンスが聞こえもうすぐ北海道に到着するようだ。
「一時間以上も寝ちゃったんだ。それにしても夢の中でゲームするなんて思わなかったよ」
何か大事なことを言われた気もするが、所詮は夢の中の出来事。些末なことだと思った愛理はこれからの修学旅行に向けて胸を躍らすのであった。




