愛情の涙
······死霊を確実に倒す方法。それは、脳を破壊する事だ。四肢を斬られても死なない死霊も、脳を損傷すればたちまち沈黙してしまう。
半身死霊の俺もその運命からは逃れられない。カミングの短剣が額に突き刺さった時、何故かそんな事を考えていた。
頭に短剣が深く刺さった筈なのに、不思議と痛みはそれ程無かった。身体を斬られる方が余程痛い。
······まだ意識はあった。聴覚も視覚も鈍くなっているが健在だ。俺の目の前には、悲しそうな目をしているカミングの顔があった。
カミングと戦っていたメルダとビンセントは?俺は視界を端に移すと、二人が倒れている姿が映った。
仕方無かった。やはり満身創痍のメルダとビンセントは、もう戦える状態じゃ無かったんだ。
マコム達はどうだろうか?再び視界を動かすと、あの四つ目の化物とアークレイ、メルサルと共に戦いを続けている。
······その時、鈍い音が俺の耳に聞こえた。目の前にいたカミングの胸に何かが突き刺さっていた。
それは、レファンヌの銀の杖の刃先だった。カミングは口から血を吐き、苦悶の表情になる。
「······これで満足?カミング。これがあんたの望んだ結末なの?」
杖を両手で握ったレファンヌが、冷たい口調でかつての同族に問いかける。
「······どうかな。分からないよレファンヌ。僕はずっと孤独だった。どこの組織に身を置いていてもね。一族の皆の様に迷いなく生きるには、僕には余計な物が見えすぎたらしい」
カミングは何処か安堵したような口調で呟く。
「······レファンヌ。孤独を暴力で紛らわせる君の姿は僕は好きだったよ。一人で苦しんでいるのは自分だけじゃないって思えた」
「······泣き言を言わないでカミング。孤独も苦しみも。全て自分自身で抱えて行く物よ。誰かに分けたり持たせたりする事なんて出来ないのよ」
レファンヌの強い口調に、カミングは苦笑する。
「······手厳しいなレファンヌ。でも。そんな君だからこそ僕は惹かれたんだ」
カミングはそう言うと、両目を閉じ動かなくなった。レファンヌが静かに杖の刃先をカミングの胸から抜くと、二つの陣営を行き来した二重密偵は背中から倒れた。
レファンヌは直ぐ様倒れた俺を抱き抱え、俺の額に手を当て治癒の呪文を施す。
「······もう遅いよレファンヌ。脳をやられた。治癒の呪文でも治らない」
「いいから黙ってなさいキント。やってみなければ分からないわ!」
俺の見上げる視界の中に、必死な表情のレファンヌがいた。この傍若無人を絵に書いたような女が、こんな顔をするなんて。
死ぬ前に貴重な物を見れた気分だ。ただ一つ心残りは皆の無事を見届けられない事。そしてレファンヌはこの先、愛を知る事が出来るだろか。
「おお!おお!!愛憎渦巻く血のやり取り。余はかつて無いほど興奮しているぞ!!余は満足だ!この上はこの舞台に相応しい禁術を持って幕を降ろそうぞ!!」
震える声を張り上げ、ハーガットは両手を空に掲げる。すると、曇り空に異変が生じた。雲の色が。否。空全体が黒一色に染まって行く。
そして、その黒い空から雨粒が落ちてきた。それは、黒い雨だった。その雨粒が俺の頬に当たった瞬間、頬の皮膚は焼け煙が昇る。
······この黒い雨は?触れる者を溶かして行くのか?
「これぞ我が極めし禁術の中でも最上位の物だ!!黒き雨が全てを蒸発させてゆく!!我が生涯の最高傑作の劇の幕に、これ以上の物は無い!!」
ハーガットが狂人としか思えない表情で叫び続ける。俺を抱きかかえ治療を続けるレファンヌの背中から、裂傷の煙が幾つも立ち昇る。
「······もういいんだレファンヌ。俺に構っていると、レファンヌの身体が傷ついていくよ」
「いいから黙ってなさい!!私を誰だと思っているの!?アンタの傷なんてすぐ治して見せるわ!!」
俺の頭を支えていたレファンヌの左腕から鎖の音がした。せめて。せめてレファンヌのこの左腕の鎖の戒めを解いてやりたかったな。
「······さようならレファンヌ。レファンヌに会えて良かった。どうか死なないでくれ」
俺は薄れゆく意識の中で、最期の言葉をなんとか絞り出した。右目から涙が流れたのを微かに感じた。
「キント!諦めないで!心を強く持ちなさい!!」
最後に見た光景は、今にも泣きそうな顔のレファンヌだった。
······そして。奇跡は起きた。
意識が遠のいていた俺は、この時の事を後からレファンヌに聞いた。
俺の流した涙が、レファンヌの左腕に巻かれた鎖に落ちた。その瞬間、鎖は解かれレファンヌは失っていた半分の力を取り戻した。
だが全ての力を持ってしても、脳の損傷を治すなんてレファンヌにも不可能だった。この時俺を救ったのは、神喰いの剣だった。
······俺の意識の中で、ラークシャサが語りかけて来た。
『······小僧。これまで私が蓄えた血肉を使い、お前の脳を修復させる』
『······そんな事が出来るのか?ラークシャサ。何故俺を助けるんだ?』
『小僧。お前は未熟だが、戦士としの気骨は皆無では無い。私が相手を認めるかどうか。それは戦士としてどう在るかだ』
そう語るラークシャサの意識が俺の中に流れ込んで来る。それは、かつて神食いの戦士と呼ばれた男の壮絶な戦いの記憶だった。
剣の柄から三匹の蛇が飛び出し俺の頭に取り付いた。蛇は俺の眉間の傷口から中に侵入して来る。
『蓄えた血肉には、お前の知人であるアミルダと言う娘の脳の肉もある。それらを使い、お前の脳を甦らせる』
いつも俺の血肉を喰らう三匹の蛇は、逆に口から何かを吐き出し俺の脳を修復して行った。
俺の意識は少しずつ鮮明になって行く。そして、俺の両の目ははっきりと開いた。
「······キント!?」
レファンヌの膝から立ち上がった俺は、ラークシャサを右手に握り締める。三匹の蛇はいつの間にか柄に戻っていた。
「行こう。レファンヌ。全てを終わらせる為に」
俺は半ば放心している金髪の聖女に力強く笑いかける。
「······死にかけた影響かしら?少し大人っぽくなったわねキント。上等よ。終わらせてやるわ。全てをね」
所々焦げた美しい長髪を右手で払い、レファンヌもいつもの様に不敵に笑う。
一人の半身死霊の少年と、一人の金髪の聖女が肩を並べ狂気王に対峙する。降りしきる黒い雨の中、俺達は同時に駆け出した。




