神喰いの英雄
ハーガットの傲慢かつ身勝手な最終劇場開幕の宣言により、再び戦いは再開される。今尚も呪文が封じられていると思われるハーガットの前にロコモ大尉が立ち、カミングは素早く散開する。
そして五メートルはある巨体の四つ目の化物が前進を開始した。ほ、本当にこの化物がラークシャサなのか?
俺は心の中で自分の右手に持つ剣に話しかける。
『おいラークシャサ!!目の前の四つ目の化物は、本当にお前なのか!?』
······だが、ラークシャサからの返答は無かった。仕方無く俺はラークシャサを発動させようとしたが、何故か剣の柄から蛇が現れなった。
「な、何でだよ!?おいラークシャサ!何故俺の血肉を喰らわない!?」
理由は分からなかったが、ラークシャサの力が使えない以上、俺はこの抜き身の剣で戦うしか無かった。
その時、俺の耳に金属音が聞こえた。音の響く方角を見ると、レファンヌとカミングが杖を重ねていた。
「顔馴染みの情けよ。骨は拾ってやるつもりは無いけど、介錯はしてあげるわカミング」
レファンヌが殺意の色を浮かべた両眼を同族の背信者に向け、銀の杖の刃先を向ける。
「······レファンヌ。僕は自由奔放だった時の君より、力を制限された今の不自由な君の方が好きだよ。何故なら、もがき苦しむ君の表情がとても素敵だからさ」
「何を戯言を!!」
カミングの返答に、レファンヌは怒声と共に杖の刃先を優男の首元に繰り出す。カミングは両手で握った杖でそれを受け流す。
「来るぞ坊主!!」
アークレイの声で俺は正面に視線を戻した。四つ目の巨体が俺達に迫って来る。その圧力は、一歩こちらに進む度に増して行くように感じられた。
「俺が正面から斬り込む!坊主と赤毛の嬢ちゃんは側面から行け!」
アークレイの鋭い指示が飛ぶ。横着なこの不良勇者の声にいつもの余裕は無かった。この四つ目の化物は、あの巨大な雷撃に耐えたのだ。
アークレイが警戒するのは当然だった。メルダ達がハーガットにかけた魔法封じの効力はいつまで持つのか?
一刻も早くこの化物を突破してハーガットを倒さないと。今が千載一遇の機会なんだ!
アークレイが光の剣を発動し、四つ目の化物の懐に飛び込む。四つ目はその巨体らしからぬ俊敏さで右腕をアークレイに振り下ろす。
「ちぃっ!!」
アークレイは攻撃を断念し盾で身を隠した。四つ目の右拳が爆音を響かせ床に突き刺さった。それと同時にアークレイが吹き飛ばされる。
「アークレイ!!」
俺は叫びながら驚愕した。四つ目の右拳はアークレイの盾をかすめた。ただそれだけでアークレイの盾を砕き、身体をも吹き飛ばしたのだ。
「キントさん!止まらないで下さい!!」
マコムの声で俺は我に返った。マコムは渾身の一撃を四つ目の左足首に叩き込む。だが、結果はまたしても驚くべき物だった。
「そ、そんな!私の斧がまるで通らない!?」
マコムの戦斧は、四つ目の足首を傷一つつけられなかったのだ。
「きゃぁ!!」
四つ目は左足を横に払い、マコムを後方に飛ばされた。マコムは何度も跳ねるように地面に身体を打ちつけた。
「マ、マコム!!」
俺は叫びながら、四つ目の化物を前に立ちすくんだ。ラークシャサの力が使えない以上、ただの剣がこの化物に通用する筈が無かった。
「離れていろ!死霊の少年!!」
凛とした綺麗な声が聞こえた。美貌の魔王が中距離から漆黒の鞭を四つ目に放ったのだ。
高速の鞭の連撃は四つ目の身体を切り刻んで行く。四つ目の全身を覆う茶色い毛は赤い血に染まって行った。
だが、四つ目は高速でしなるメルサルの鞭をその右手に掴んだ。
「馬鹿な!?漆黒の鞭を素手で掴むだと?そんな事をしたら手が切断される筈だ!!」
メルサルは驚愕の声を上げる。黒い光の鞭を掴んだ四つ目の右手は血だらけだったが、メルサルが幾ら鞭を引き戻そうとしても鞭は微動だにしなかった。
「あれは!?」
俺は四つ目の一つの眼が光った事に気づいた。その瞬間、その眼から閃光が放たれた。あれは、雷撃か!?
雷撃は真っ直ぐと伸びメルサルを直撃した。轟音と共にメルサルは地に倒れる。四つ目は鞭を手から離し、顔を俺に向けた。
俺は無自覚に後ずさっていた。ラークシャサの力が使えない今の俺に、この化物に為す術が無かった。
俺は助けを求めるようにレファンヌを見た。金髪の聖女はカミングと激しく杖の応酬を続けている。
その表情は荒々しくも堂々としていた。俺は途端に自分を恥じた。もしレファンヌがこの四つ目と対峙しても、俺のように絶望などしないだろう。
俺はラークシャサを握る手に力を込める。何かある筈だ。今の俺にも出来る何かが!その時、俺の脳裏にある言葉が閃いた。
『駄目なら逃げる。それだけよ』
それは、以前レファンヌが口にした言葉だった。俺は自然と駆け出していた。四つ目の化物も俺を追って来る。
「······いいぞ!俺に付いて来い!」
俺は闘技場の端で止まった。ここは三階。かなりの高さだ。足元のすぐ後ろには何の障害物も無く、ここから四つ目を地上に落とせば時間稼ぎになる。
後は四つ目の遠距離攻撃にだけ用心して奴を引き付ける。俺はこの作戦に一縷の望みを託した。
その時、乾いた声が緊迫した戦場で聞こえた。
「······おお。何と言う事だ。ロッドメン一族の優秀な者達が余にかけた魔法封じが解けてしまった。これは余の最終劇の構成にとって幸運な事か。不運な事か。いずれか判別し難い」
それは、芝居がかったように聞こえたハーガットの声だった。魔力を封じられた狂気王は、再びその力を取り戻した。




