絶望と希望
最上階の闘技場で俺は目眩がするような絶望感に襲われていた。仲間達はレファンヌ以外、目の前に迫る四つ目の化物に倒された。
そして、その巨大な魔力を封じられていたハーガットは再び魔力を自由に行使出来るようになった。
ラークシャサの力も使用出来ない俺は、ただの無力な半身死霊だった。
「······もう駄目だ。ここまで来たって言うのに」
俺は悔しさの余り泣きそうになった。ハーガット達に命を奪われた両親。村の皆。アミルダ。そしてノホット達ロッドメン一族。
誰一人の仇も討てず、俺はただ立ち尽くしていた。
「止まるなキント!!動きなさい!!」
よく通る大きな声が俺の耳を。否。心を揺り動かした。四つ目の化物の後ろからレファンヌが駆けて来る。
「やれる事をやってから諦めなさい!アンタの足はもう動かないの!?」
レファンヌは背後からのカミングの追跡をお構いなしに四つ目に氷結の呪文を唱える。たちまち吹雪が四つ目の両足を凍結させた。
だが、その代償にレファンヌは無防備な背中にカミングの風の刃の呪文を受けた。レファンヌの左肩が裂かれ、白い法衣が赤く染まる。
「レファンヌ!!」
四つ目の動きが止まり、俺はレファンヌに駆け寄る。金髪の聖女は汗を流しながら左肩を掴んでいた。
「大丈夫かレファンヌ!?早く治癒の呪文を!」
「······あの裏切者がそんな暇を与えてくれる筈が無いでしょう」
息を切らしながらレファンヌは後方を睨みつける。そこには、杖を構えているカミングが立っていた。
「レファンヌ。今のは故意に肩を狙ったんだ。君を殺したくない。降伏してくれ」
優男は悲しそうにレファンヌを見つめていた。俺を助ける為に、レファンヌまで負傷してしまった。何て情けないんだ俺は!!
「降伏も敗北も真っ平ごめんよ。私は誰にも屈しない。誰にも支配されない。カミング。アンタとハーガットにもね」
レファンヌは左肩を押さえながら堂々と言い切った。その姿に、俺は一瞬目を奪われていた。
······俺はレファンヌの盾だった筈だ。その盾の俺がレファンヌに庇われるなんて逆じゃないか。
俺の身体はまだ動く。俺に何が出来る?俺に何が残されている?
······その時、俺の脳裏にある光景が思い返された。それは、ラークシャサの柄の三匹の蛇がアミルダの脳を喰らった時だ。
ラークシャサは持ち手の血肉を喰らう事で異常な力を発揮する。だが、心臓の血肉を与えると更に大きな力を与えてくれた。
そして、脳の血肉を与えた時。ラークシャサの黒い刀身は、かつて無い程の巨大な紅い光に包まれた。
手足の血肉。心臓の血肉。脳の血肉。ラークシャサは身体の部位によって発揮される力が増して行くと思われた。ならば。それなら。
俺は再び心の中でラークシャサに語りかけた。
『······聞こえるかラークシャサ。俺に力を貸して欲しい。代償に俺の脳を喰っていい』
これは賭けだった。ラークシャサに嗜好があるのなら。その最上級が脳の血肉なら。この誘いに乗ってくると俺は判断した。
そして、神喰いの剣は沈黙を破った。
『······小僧。何故私が返答すると思った?』
ラークシャサの静かな呟きに、俺は何故か冷静に答える事が出来た。
『前にラークシャサが言っていただろう?血肉の代償に力をくれるって。今なら分るよ。あの時、アミルダの脳を喰ったのは俺を助ける為なんだろう?』
アミルダに拘束され地上に落下しようとした時、三匹の蛇は俺の意思に反してアミルダの頭を襲った。
『······助けた訳では無い。血肉を喰らっても生き残る貴重な宿主を失うのが惜しかっただけだ』
ラークシャサの声色に、何故か迷いの成分が含まれているような気がした。
『急に俺に力を貸さなくなったのは何故だ?』
俺は質問しながらも何となく分かっていた。それは、ハーガットが四つ目の化物を復活させたからだ。
ハーガットが言う通り四つ目がラークシャサの身体なら、自分の復活した身体を傷つける事を拒否したのでは無いだろうか?
『小僧。大方お前が考えている通りだ。この剣を四つ目に持たせた時、私の精神はあの身体と一体化する。だがな。迷いが生じたのだ
。あのハーガットなる者の手の上で道化を演じるのは好かん』
俺は何となくこのラークシャサの性格が分かったような気がした。自分の矜持の為なら、再びこの世に命を得る事も拒否する。
かつて天界人と戦ったとされる伝説の戦士は、誇り高き精神を持っているのだ。それなら、俺はそこに希望を駆けるしなかない。
『聞いてくれラークシャサ。俺の脳を喰ってくれていい。その代わり、俺に力を貸してくれ」
『······小僧。一度その目で見た筈だ。脳を喰われた者がどうなるかを」
ラークシャサはアミルダの事を言ったのだろう。確かに脳を喰われたアミルダは、錯乱状態に陥っていた。
『······それでも構わない。俺はこの命が尽きてもハーガットを倒せればいいんだ。それが
、俺の戦士としの矜持なんだ」
······長くもない沈黙の後、神喰いの剣は口を開く。
『······良かろう。小僧。お前の言や良し。その矜持の為に私の力をくれてやる』
ラークシャサは確かにそう言った。覚悟は決まった。やる事も分かっている。俺はこの命と引き換えに、世界を滅ぼそうとしている元凶を倒すことを決意していた。




