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空に散る命

 俺はようやく倒れるメルダに辿り着いた。うつ伏せになった彼女を抱き起こす。


「······なんて酷い傷だ」


 十法将の証である真紅のマントは焼き消え、メルダは全身に酷い裂傷を負っていた。手首を触ると、まだ脈はあった。


「アークレイ!こっちに来てくれ!治癒の呪文を頼むよ!!」


 俺はメルダを背負いアークレイの居る方向へ走り出す。ノホットとビンセントもまだ息がある事を祈った。


 メルダ達の古代呪文「魔法封じ」によって、ハーガットはこの時呪文を使えなかった。目的だけ達成する為なら、俺は一目散に狂気王に向かうべきだった。


 だが、仲間を放って置いてそんな事は出来なかった。俺の視界の左では、空に浮かぶロイエンスと地上のレファンヌが苛烈な呪文の応酬を繰り広げていた。


 白衣の悪魔が火炎の呪文を放てば、レファンヌは吹雪の呪文を唱える。レファンヌが風の刃の呪文を起こすと、ロイエンスは同じく風の刃で相殺させる。


「何よ。物質移動だけだと思ったら、他の呪文も使えるのね」


 レファンヌが額の汗を拭いながら白衣の悪魔を見上げる。


「元勇者一行は伊達では無いと言う事だ。お前こそ腕の鎖によって力を制限させられているらしいな。それで半分の力とは悪い冗談にしか思えんな」


 ロイエンスの返答にレファンヌが眉を潜める。


「見下されるのは好きじゃないわね。下に降りたらどう?」


 レファンヌはそう言うと、杖を振り下ろし地下重力の呪文を唱える。無形の圧力がロイエンスを叩き落とす瞬間、白衣の悪魔の前に長身の男が現れた。


「ノ、ノホット!?」


 俺は傷だらけのノホットの姿を見て叫んだ。ロイエンスはまたしても物質移動の呪文を使い、ノホットを盾にしようとした。


「さて。満身創痍の仲間はお前の地下重力の圧力に耐えられるかな?」


 ロイエンスは勝ち誇ったようにノホットの背後から笑みを浮かべた。


「チッ!!」


 レファンヌは舌打ちし呪文を解除する為に杖を引いた。その時、ノホットの長い右手が動いた。


 ノホットは右手でロイエンスの白衣を掴んだ。そして、消え入りそうな声で呟く。


「······お前達が死霊を使って多様する自爆攻撃。たまには自分で喰らってみたらどうだ?」


「······!!き、貴様まさか!?」


 ロイエンスが叫んだ瞬間、炸裂音が響きノホットとロイエンスは爆炎の中に消えた。俺は絶句して炎の塊が広がる空を見上げた。


 ノホットはロイエンスと相打ち覚悟で爆裂の呪文を唱えたのだった。煙の中から黒焦げのノホットが地上に落ちていく。


 ロイエンスは辛うじて空に留まっていた。だが白衣は焼き焦げ、その両眼を隠していた眼鏡も失っていた。


「おのれ死に損ないが!!ふざけた真似を······」


 白衣の悪魔の言葉はそこで途切れた。奴の眼前に、跳躍したレファンヌが迫っていたからだ。


 グシャッ。


 俺には聞こえなかったが、鈍い異音がした事だろう。レファンヌの長い脚が伸び、凶器ブーツの底がロイエンスの顔面に埋め込まれた。


「······炸裂のブーツ」


 怒りを滲ませたレファンヌの静かな声が発せられた瞬間。レファンヌのブーツの底から爆発が発生した。


 俺の見上げる空に、二度目の爆発が起きた。全身を煙に巻かれたロイエンスは、見動き一つせず落下して行く。


「······ノホット!!」


 俺はメルダを抱えながらノホットの元へ急ぐ。俺より先に、レファンヌがノホットの前に腰を降ろしていた。


「レファンヌ!ノホットは!?早く治癒の呪文を······」


 息を切らす俺の声に、レファンヌは首を横に振った。


「······手遅れよ。もう息は無いわ」


 レファンヌの冷静な声に、俺は思わずノホットの顔を見た。横たわるノホットの火傷だらけの顔は、とても穏やかな死に顔だった。


「ノホットは命と引き換えに、あの白衣の男を倒したわ」


 レファンヌが両眼を細めノホットを見つめる。世話好きの好漢は、最期まで自分を犠牲にして俺達を助けてくれた。


 俺は歯ぎしりしながら、俺達から少し離れた位置に落下したロイエンスを見た。顔は原型を留めず、誰の目にも絶命は明らかだった。


 その時、ビンセントを背負ったアークレイがマコムと共にこちらにやって来る。


「この赤髪の坊やは一命は取り止めた。そっちの状況は?」


 床にビンセントを寝かしながら、アークレイは俺達に説明を求める。俺はアークレイとマコムにノホットの死を伝えた。


「······そ、そんな。ノホットさんが」


 マコムが膝を落とし、途端に涙ぐんだ。


「······そっちのお嬢ちゃんを俺に見せろ。まだ息はあるんだろう?」


 アークレイに促され、俺はメルダを背中からそっと降ろした。アークレイは直ぐ様メルダに治癒の呪文を施す。


 その時、雷が地に落ちるような音が響いた。俺達の中にでただ一人、ハーガットに迫る者がいた。


 波打つ黒い長髪を揺らし、漆黒の鞭を振るうメルサルだった。


「幕だ狂気王。私の鞭で冥府に送ってやる」


 メルサルは目にも止まらぬ速さで黒光の鞭をハーガットに向ける。狂気王はそれを間一髪で避ける。


 空を切った鞭が床に当たる度に、激しい音と閃光が弾ける。ハーガットは汗の粒を飛ばし、息を切らせ苦しそうだ。


「······ヒズケイト。ベロス。そしてロイエンスまでも失った。かつての仲間が私の最終劇でその命を散らした。なんと言う悲しむべき事だ。いや。だからこそ。尚の事その事実を私は受け入れ、今この現実を生涯最高の劇に昇華しなくてはならないのだ!!」


 ハーガットの両眼はもはや常人の物では無かった。自己の歪んだ精神世界でしか物事を思考出来ない、文字通りの狂人だ。


「最後の機会だ二等兵!私に改良を施された力を見せてみろ!!」


 ハーガットか叫んだ瞬間、メルサルの背後の床が開いた。そして中から巨漢の男が現れる。


 それは、マコムに闘技場の床の下に叩き落とされた筈のシャウトだった。だが、その姿は異様な物に変っていた。


 全身から無数の鋭い棘が伸びており、シャウトはメルサルに覆い被さろうとしていた。


「ふはははっ!!将来超有望な人材は最後の最後でどでかい見せ場があるのだぁ!!このハーガット様に改造された私の身体に拘束されれば、全身をこの棘で串刺しにされ死に到るのだ!!名付けて「棘の抱擁」!ん?いや、違うな「出世男の抱擁」の方がいいかな?ま、いいや。取り敢えず喰らってみるがいい!!」


 シャウトが無駄な演説を行っている間に、メルサルは左手を降格男に向けていた。


「不意打ち。自爆。貴様達の常套手段にはいささか飽きたぞ」


 メルサルは冷たくそう言うと、左手から氷結の呪文を唱えた。激しい吹雪が両手を広げたシャウトを包み込み、降格男は大口を開いたまま凍結した。


 そして、メルサルが漆黒の鞭をひと振りすると、希代の大声男の身体は氷と共に砕け散った。だが、次の瞬間メルサルが苦痛の声を上げる。


「······何!?」


 それ光景に、俺達は全員目を疑った。砕け散るシャウトの白い粉雪の中から人影が現れた。


 その人影は、メルサルの腰に短刀を突き刺した。


「······カミング?」


 俺の口からこぼれ出た固有名詞の主は、無言で短剣をメルサルの腰から抜いた。

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