激戦
アークレイの右腕から振り下ろされる光の剣を、ヒズケイトは二本の光の剣で防ぐ。反撃とばかりに元勇者は高速の斬撃を現役勇者に浴びせる。
アークレイはそれを「戦鬼の盾」で止める。だが、盾はヒズケイト光の剣によって亀裂が入った
ヒズケイトも無傷では居られなかった。アークレイの軌道の読めない攻撃の嵐に、全身に傷を負って行く。
アークレイとヒズケイトは、互いの身を削り合う壮絶な光の刃の応酬を続けた。そして、メルサルとベロスの戦いにも変化が訪れた。
メルサルの漆黒の鞭による中距離攻撃力に、当初ベロスは防戦一方になりメルサル近づけなかった。
だが一歩。また一歩とベロスは黒い光の鞭の死の鎌を掻い潜り、メルサルに接近して行く。
「私の攻撃を予測するか。この短時間にそれを成すとは恐ろしい学習能力だな。流石元勇者一行の一人と言う所か」
メルサルはベロスに称賛と蔑視を織り交ぜた言葉をかける。その間にも、美しい両目は一切の油断も見せずベロスを捉えていた。
「魔王よ。人は変わる。少年から大人になるようにな。俺もヒズケイトもロイエンスも。ただ安易に意趣返した訳では無い。多くの葛藤や悩みを経てここに辿り着いた。全ては、世界から争いを無くす為にだ」
ベロスはそう言うと、左手を床に着けた。すると、ベロスの周囲に霧が発生した。あれは、相手を撹乱させる呪文だとレファンヌが教えてくれた。
霧靄がベロスの姿を消し去った。標的を見失ったメルサルは、舌打ちをしながら周囲を警戒する。
ベロスが現れたのはメルサルの背後だった。霧を切り裂くようにベロスの大剣が美貌の魔王の頭部を襲う。
「ぬぐぅ!?」
波打つ髪を揺らし苦痛の声を上げたのはベロスだった。ベロスの大剣がメルサルに届く寸前、霧の中から飛び出してきた漆黒の鞭がベロスの両手首を切断した。
「残念だったな三忠臣。お前の霧を使わして貰った」
切断された両手首から大量出血し、うずくまるベロスをメルサルは見下ろしながら冷淡に言った。
メルサルはベロスの霧を利用し、漆黒の鞭をベロスの死角から放ったのだった。
「······なる程。私の霧を逆に利用されたか」
苦痛に顔を歪めるベロスに、メルサルは右手に持った魔法石の杖を振り上げた。
「動くな三忠臣。今楽にしてやる」
「······楽にか。俺達に安息の日が訪れるのはいつになる事やら」
メルサルの言葉にぼやくように返答したベロスは、切断された両手首を美貌の魔王に向けた。
その瞬間、その両手首の切断面から何かが飛び出した。それは、木の根のような物だった。
「これは!?」
木の根のはあっという間にメルサルを拘束し締め上げていく。あ、あれは!以前ハーガットが使った古代呪文「樹木の根」か!?
「······お前もハーガットに人体改良をされた口か」
全身に木の根が巻かれ、呼吸も苦しそうなメルサルがベロスに問いかけた。
「その通りだ魔王。通常は魔物の身体の一部を移植するが、これは魔法力その物を身体に取り込ませる手法だ。ハーガット様は自分の魔法力を俺に移した。お陰で本来呪文が使えない俺にもこんな芸当が可能なのさ」
ベロスは答えながらも拘束の手を緩めず、木の根はメルサルの首をも締め始めた。
「済まんな魔王よ。楽には死なせてやれん」
メルサルの顔色が紫色に変化して行く。こ、このままじゃメルサルが窒息死してしまう!!
「······来るか。そうだろうな現役勇者」
ベロスが呟きながら後ろを振り返った。そこには、ベロスに猛然と迫って来るアークレイの姿があった。
「······アークレイ」
今にも意識を失いそうなメルサルが、自分に向かって来る不良勇者の名を呼んだ。
「命を賭して惚れた女を助ける。男と女が結ばれる理由に、これ程相応しい場面はなかろうよ!!」
盾は既に失われ。頬から血を流し。亀裂だらけの甲冑姿のアークレイは笑いながらベロスに突進して行く。
そのアークレイの直ぐ後ろには、同じく傷だらけのヒズケイトが迫っていた。アークレイは正面のベロス。後方のヒズケイトから挟撃されると思われた。
その時だった。アークレイの光の剣がその輝きを更に増して行く。光はアークレイの剣を持つ右手から腕を伝い、不良勇者の身体全体を包んで行く。
「······あり得ん!何だこの全身を包む光は!?」
アークレイを追うヒズケイトは、驚愕した表情で叫んだ。ベロスは右手をアークレイに向け、樹木の根を伸ばす。
だが、根はアークレイの全身を包む光に触れ蒸発した。そしてアークレイが天破の剣を振りきった。
その凄まじい衝撃にベロスは吹き飛ばされ、メルサルを拘束していた木の根をも薙ぎ払って行った。
「······ちっ。こらからメルサルに感謝の口づけを貰うって時に邪魔しやがって」
アークレイが口から吐血する。ベロスを倒し、メルサルを樹木の根から解き放った代償に、アークレイは無防備な背中にヒズケイトの両刀を受けていた。
「······悪く思うな現役勇者」
激しく息を切らすヒズケイトの目の前で、アークレイは崩れ落ちた。その瞬間、黒い閃光がヒズケイトの胸部を貫いた。
「······何?」
自分の胸を貫く黒い光を、ヒズケイトは苦悶の声を出し見た。それは、メルサルが放った漆黒の鞭だった。
アークレイの身体を死角に利用し、メルサルは必殺の一撃を元勇者に命中させた。
「アークレイ!!」
メルサルが叫びながら倒れたアークレイに駆け寄る。アークレイは口から血を流しながらメルサルに微笑んだ。
「······無事だったか俺のメルサル。良かった。どうやら流石の俺も年貢の納め時らしい。最期の頼みだ。俺の愛を受け入れてくれないか?」
あの尊大極まりない性格のアークレイが、弱々しくメルサルに語りかける。メルサルは美しい顔を苦しそうに歪ませる。
「······アークレイ。それは出来ない。私の心にはまだ忘れられない人が居る。その人を忘れるには、まだ時間が必要なのだ」
メルサルの絞り出すような言葉に、アークレイは優しく微笑み返す。
「······それでいいんだメルサル。大事な相手を忘れる必要なんて無い。俺にも永遠にその姿が焼き付いている女が居る。だがなメルサル。俺達は死者の分も幸せになる義務があるんだ。それは、生者の義務だ」
アークレイの言葉に、メルサルは目が覚めたような表情に変わる。そしてアークレイは右手をメルサルの頭に回し、自分の顔を引き寄せる。
「······最期だメルサル。お別れの瞬間に、お前の口づけで眠らせてくれ」
アークレイとメルサルの唇が重なる寸前に、その声は聞こえて来た。
「······猿芝居はそれ位にしろ現役勇者。お前の背中の傷は致命傷では無い。全身を包む光のお陰でな」
それは、仰向けに倒れていたヒズケイトの声だった。それを聞いた瞬間、メルサルはアークレイの手を振り解き立ち上がった。
「······アークレイ。今すぐ背中の傷を私に見せてみろ」
静かだが凄みのある声を出し、メルサルは地に伏せるアークレイを睨みつける。
「······チッ。もう少しで上手く行く所を。おい小悪党。死に間際に人の恋路を邪魔して何の益があるんだ?」
半身を起こしたアークレイは、倒れるヒズケイトに向けて抗議する。
「······小悪党には小悪党なりの親切心があってな。卑怯な女の口説き方を見て見ぬふりは出来ん性分だ」
苦笑しながらそう言うと、ヒズケイトは僚友のベロスの名を呼んだ。だが、ベロスからの返答は無かった。
「······逝ったかベロス。俺も直ぐに後を追えそうだ。ハーガット殿の作る世の結末を見れぬのがちと心残りだな······」
それが、元勇者ヒズケイトの最期の言葉となった。かつて世界を救う為に戦った四人の勇者達は、その半数を永遠に失った。




