狂気王の過去
「もう二十年程前になるな。当時世界は危機に貧していた。ロッコル一族という厄介な連中の為にな」
元勇者ヒズケイトは語り始めた。二十年前、ロッコル一族なる者達が世界中を侵略していた。
彼等は見た目は普通の魔族だった。剣も魔力も特に秀でた物は備わっていない。だが、一つだけ特殊能力があった。
それは、相手の能力を完全に模倣する魔法だった。ロッコル一族は名のある戦士や魔法使いの能力を次々と模倣し、魔族や人間の国々を攻め始めた。
「当時十六歳の俺にとって世界は単純だった。正義か悪。それだけだ。ロッコル一族が世界を滅ぼす悪だと信じて疑わなかった」
過去の記憶を辿るように、ヒズケイトは両目を細めた。ヒズケイトは類まれな才能を存分に発揮し、ロッコル一族との戦いに身を投じた。
ある戦いでヒズケイトはロッコル一族に包囲され絶体絶命の危機に陥った。その時、一人の金髪の魔法使いがヒズケイトに加勢し難を逃れた。
その魔法使いが、当時三十歳だったハーガットだった。ヒズケイトはその時のハーガットは掴み所の無い雲のような人間だったと語った。
事の善悪に頓着を持たず、ただひたすら魔力の研究と向上を是とする性格。ロッコル一族からヒズケイトを助けたのも只の気まぐれだった。
そんなヒズケイトとハーガットが旅を共にするようになり、一人。また一人と仲間が増えていった。
いつしかヒズケイトは勇者と呼ばれるようになり、勇者ヒズケイト一行はロッコル一族を打倒する世界の希望となった。
その時からハーガットの奇行が目立つようになって来たとヒズケイトは言う。言動は元より戦いの際、怪しげな呪文を多様するようになった。
それは、禁術の類だと誰の目にも明らかだった。だがヒズケイトはそれを見て見ぬふりをした。
邪悪なロッコル一族を滅ぼす為なら、勇者ヒズケイトは仲間が禁術を使う事も厭わなかった。
三年の長い戦いの末、ヒズケイト達はついにロッコル一族を根絶やしにした。
そして、若き勇者は真実を知る事となる。それは、最初は小さな疑問だった。ロッコル一族に攻められた国々の王達は、当初ヒズケイト達に助けを懇願していた。
それがロッコル一族が倒された途端に、王達はヒズケイト達に冷淡な態度を取るようになった。
見返りを求めていた訳では無かったが、命を賭けて戦った代償が冷遇となり、ヒズケイト達の心に影を落とした。
そして、ロッコル一族の残党が残っていないかと捜索してい時、ロッコル一族の本当の姿を知る事となる。
ロッコル一族が侵略していた国々には共通点があった。それは、王が圧政を行い民衆を苦しめていた事だった。
ロッコル一族は、そんな王達を打倒する為に立ち上がったのだった。ロッコル一族は決して無辜の民には手を出さず、戦う相手は王を守ろうとする軍隊だけだった。
「······全ては俺の浅はかさ。未熟さが原因さ。俺は民の為に王達と戦う一族を根絶やしにしてしまったのさ」
ヒズケイトは続ける。若き勇者は発狂するかと思われる程苦しんだ。そして、真の世界の平和とは何かと悩み苦しんだ。
そんなどん底のヒズケイトに、仲間の一人が声をかけた。難しく考える事は無い。全ては人間や魔族が増えすぎたのが原因だと。
事態がそれを複雑にしている。世界の在るべき姿は、もっと単純な物であるべきだと。ヒズケイトに悪魔の囁きをかけた人物こそ、狂気王と呼ばれる前のハーガットだった。
「ヒズケイト。ベロス。ロイエンス。私達で世界を変えよう。戦いの起きない世界。私達はその為にこれまで戦ってきた筈だ」
ヒズケイト。ベロス。ロイエンス。若き三人は残酷な世界の構造の一端を知り絶望していた。
ハーガットの言葉と行動は、指針を失った三人にとって一筋の希望の光となった。かくしてハーガットを主とした四人の行動が始まった。
全ては世界をより良い物とする為に。ハーガットは禁術の深みに傾倒し、命を羽よりも軽く扱う考えに三人は当初戸惑った。
だが、世界に絶望した三人の若者には他に選択肢は無かった。ハーガットの切り開く血塗れの道を、ヒズケイト達は辿った。
ハーガットの過去を語ったヒズケイトの話に、俺達はただ絶句するしか無かった。この世界を滅ぼそうとしているハーガットが、昔は勇者の仲間の一人だった。
そしてハーガットの三忠臣のヒズケイト。ベロス。ロイエンスが勇者一行だった。驚愕するしか無かったその内容に、ただ一人面白くも無さそうに口を開く者がいた。
「ハーガットを信じて到達した場所。それがここか。元勇者」
天破の剣と呼ばれる大剣を肩に乗せながら、アークレイはヒズケイトを見据えた。元勇者は開き直るでも無く。悔恨の表情をするでも無く淡々と返答する。
「ハーガット殿の手段は異常だ。誰が見てもな。だが、誰も真似が出来ない手法でもある。人間と魔族を全て滅ぼす。それしかこの世界から争いを無くす方法は無い」
ヒズケイトの青い両目には迷いが無かった。そんな逡巡は遥か昔に捨てたと言わんばかりに。
「お前さんの呼称を変えよう。お前は元勇者などでは無いな。ハーガットの子分に成り下がった小悪党だ」
そう言ったアークレイの声色には、僅かに怒りが混じっているように俺には聞こえた。
「小悪党か。今の俺には似合いの呼び方かもしれんな。現役勇者アークレイよ。その小悪党をどうする?」
ヒズケイトは苦笑混じりにアークレイを見る。
「知れた事。小悪党は偉大な勇者の引き立て役だ。ただ斬られるだけのな」
アークレイは不敵に笑うと、地を蹴りヒズケイトに向かって行った。




