不良勇者と美貌魔王
······頬を伝う涙を時間と風が乾かして行く。俺は雲一つ無い青空を見上げていた。それは、枯れ果てた涙と心が吸い込まれそうな青さだった。
「······レファンヌ。アミルダは何故最期にありがとうって言ったのかな」
俺は自分の頭の上に添える手の主に、何となくそう問いかけた。
「あの娘は最期の最期にアンタの事を思い出したのよ。アンタが自分を助けようとしてくれていた事もちゃんと分かっていた」
俺はレファンヌを見上げた。金髪の聖女は、両目を細め俺に微笑んでいた。
······今日はなんて日だろう。恋心を抱いた相手に死なれ、悪魔のように思っていた聖女の初めての優しい笑顔を目撃した。
「·····そうか。アミルダは最期に俺を思い出してくれたのか」
それが真実でもそうで無くても。俺はそう信じる事にした。微かな希望でも、人はそれが無くては生きていけない。
「立ちなさいキント。あと一つ階段を登れば、全ての諸悪の根源と対面出来る。怒りと思いはその時までに取って置きなさい」
「······ああ。そうだなレファンヌ。そうするよ」
まだ足の骨折が完全に修復していない俺に、駆けつけたマコムが肩を貸してくれた。その時、闘技場の床が二箇所開いた。
俺の感傷など無視するが如く、事態は無慈悲に進んで行く。開いた床から人影が姿を現した。
「······やれやれ。随分と後味の悪い状況での登場となったな。たまには劇的な現れ方をしたい物だな。べロスよ」
「愚痴を言うなヒズケイト。宮仕えの俺達に贅沢な選択肢など無い。在るのは与えられた仕事をこなす。出来なければお払い箱あるのみだ」
ぼやきながら床の昇降機で闘技場に現れたのは、それぞれ蛇と虎の装飾が施された甲冑を着た騎士達だった。
見間違い様が無い。狂気王ハーガットの三忠臣。ヒズケイトとベロスだった。
「さてロッドメン一族達よ。いや、一族以外の者もいるか。俺とベロスとは誰が戦う?俺達に勝利すれば、最上階のハーガット殿に会えるぞ」
ハリネズミの様に尖った黒髪のヒズケイトが、腰の左右に吊るした剣を抜きながら問いかけてきた。
「まあ順当に行くと俺の番だな。知らない相手でも無いしな」
そう言ったのは、不良勇者アークレイだった。左手に盾を持ち、腰の剣を抜いて前に歩み始めた。
「何をしている俺のメルサル。一緒に戦ってはくれないのか?」
アークレイが大袈裟な口調でメルサルを振り返る。美貌の魔王は辟易したような表情になった。
「アークレイ。貴様に訂正しても無益だと思うが言っておく。私は貴様の物などでは無い。この世が破滅してもそんな事にはならん」
メルサルは苦々しくそう言い捨てながらも、アークレイとは距離を置き前に歩き出した。
アークレイとメルサル。ヒズケイトとベロス。ハーガットとの対面を賭けた戦いは、この四人によって決せられる事になった。
初撃は突然だった。アークレイがヒズケイトに突進し、いきなり凄まじい突きを放った。
ヒズケイトは首を捻りそれを避ける。完全に回避出来ずに、ヒズケイトは頬に傷を負った。
「問答無用の不意打ちか。正々堂々とは無縁。相変わらず徹頭徹尾しているな」
頬から血を流しながらそう言うと、ヒズケイトは双刀の剣を不良勇者に振るう。アークレイは剣と盾でそれを防ぐ。
「俺の辞書に騎士道などと言う戯言は無い。在るのは手段を選ばぬ勝利。それだけだ」
アークレイは不敵に言い放つと、手にした剣が光輝く。あれは、勇者にしか使えない光の剣だ。
対するヒズケイトの二本の剣も光輝く。三本の光の剣が激突し、白銀色の火花が散らされる。
一方、メルサルはベロスから距離を置き、魔法石の杖から黒い光の鞭を伸ばしべロスに振るった。あれは、魔王にしか扱えない漆黒の鞭。
ベロスは巨漢らしからぬ俊敏さで漆黒の鞭を回避する。空を切り鞭の先端が当たった床では、降雷が発生したように黒い光が炸裂する。
ベロスは大剣を構え、メルサルに接近する機会をじっと伺う。俺は前回の戦いでヒズケイトの光の剣を見てからずっと思っていた。
元勇者のヒズケイトが、何故ハーガットに仕えているのか?
「ヒズケイト!何でだ?何で勇者だったあんたが、ハーガットの仲間になるんだよ!!」
俺はマコムに肩を借り立ちながら、今やハーガットの三忠臣になり仰せた男に問いかけた。
「純朴な小僧が質問しているぞ?元勇者よ」
そう言いながら剣を振ると見せかけて、アークレイは突然姿勢を低くし右足を繰り出した。
足払いを寸前で回避し、ヒズケイトは後方に飛んだ。
「やれやれ。完全に悪役扱いか。半身死霊の少年よ。信じられないかもしれんが、ハーガット殿と俺は、昔は世界を救う為に戦っていたのだぞ?」
ため息混じりのヒズケイトの言葉に、俺を含め全員が絶句した。元勇者から語られたその内容は、ハーガットの過去の顔だった。




