喪失
アミルダは白衣の悪魔ロイエンスによって殺され、死霊に変えられた。だが、死霊の筈のアミルダはその時に言葉を発した。
それは、ハーガットに改良される前の死霊にとってあり得ない事だった。アミルダには微かに自我が残っていたのだ。
そう。アミルダは俺と同じく稀に出現する不完全な死霊だったのだ。レファンヌは死霊だった俺に治癒の呪文をかけて身体の半分を人間に戻してくれた。
アミルダに同じ事をすれば、きっと彼女も人間に戻れる筈だ。
「はあっ!!」
俺は決意と叫びをラークシャサに乗せ、アミルダに斬りかかった。アミルダは表情を変えず、尋常では無い速さで腰の剣を抜刀し俺の一撃を弾き返した。
「キント。物騒な事は止めて。それより私と一緒に旅をしない?そう。世界中を旅するの」
笑顔のアミルダに俺は再び剣を振るう。元々剣の達人である彼女は、それを容易に受け流す。
「俺の知っているアミルダは、領主の責任を放棄する様な人間じゃない!」
俺のこの一言で、アミルダの表情は一変した。柔和な笑みは凍りつき、他人を一顧だにしない冷たい顔色になる。
「······なら消えてキント。ハーガット様の邪魔をするなら、貴方は私の敵よ」
アミルダは剣の柄を両手で握り、凄まじい突きを俺に繰り出してきた。俺はそれを完全に受け切れず、腕や肩に傷を負っていく。
俺の剣技はアミルダに遠く及ばなかった。それは前回の戦いでも身体で感じた事だ。だが、俺はアークレイとの訓練で学んだ事があった。
アークレイの剣は実戦の中で磨かれた物だった。その剣筋は常識外れで、正式な型通りの剣を学んだ者がそれを見たら、邪道と言うかもしれなかった。
だがアークレイに言わせると、型通りの剣術など、命のやり取りでは役に立たないらしい。
アミルダは剣の達人だ。だが、その剣筋は騎士が習うような型通りの物だった。それはアミルダの実直な性格を伺わせるたが、この時ばかりは俺はそこに付け込んだ。
いや、そこにしか勝機は無かった。俺は傷を増やしつつも、なんとか致命傷だけは受けずに耐えていた。
そして、その機会は訪れた。アミルダにしては少し大振りの一撃をかわした時、俺は腕から流れる血を手ですくいアミルダにかけた。
「······何を!?」
血はアミルダの両目に入り、彼女は一瞬視力を奪われた。俺は即座に全速力で間合いに入り、アミルダの右足にラークシャサを振り下ろした。
手応えは十分にあった。俺の一撃はアミルダ脛の甲冑を破壊し深手を与えた。彼女を動けなくして拘束する。
そしてレファンヌに治癒の呪文を施して貰う。それが俺の唯一の作戦だった。
「アミルダ。君を人間に戻す。俺と一緒に来てくれ」
片足を地面に着くアミルダの左手を俺は掴んだ。その時、俺は失念していた。前回の戦いの際に見せた、アミルダのあの姿を。
「キント。私は足なんて動かなくても自由よ。だって。ハーガット様が素敵な翼を与えて下さったんだもの」
アミルダはそう言って笑うと、右手に持った剣を投げ捨て俺に抱きついて来た。その瞬間、俺とアミルダの身体が宙に浮いた。
「キントさん!!」
地上からマコムの声が微かに聞こえた。アミルダの背中から黒い翼が生え、俺を抱きかかえたままアミルダは空高く飛翔した。
「アミルダ!止めてくれ!治癒の呪文を受ければ人間に戻れるんだ!!」
俺の必死の説得も、今のアミルダには全くの無益だった。
「······キント。死霊の弱点を知っているでしょう?そう。頭よ。脳を損傷すれば、死霊と言えど生きてはいられない」
アミルダの言葉はまるで死刑宣告の様に俺に聞こえた。かなりの高度に達した時、彼女は突如としてその方向を地上に変えた。
俺に抱きついたアミルダは地上に向けて真っ逆さまに落ちていく。一瞬ごとにその速度は増して行く。
「ふふふ。キント。貴方も一度死んでハーガット様に新しい命を頂くといいわ」
アミルダは自分の頭を俺の胸に押し付け笑った。このままでは俺の頭は地上に激突し、間違いなく脳は四散する!!
「ラークシャサ!!」
俺は右手に握り続けていた神喰いの剣に叫んだ。今の俺には、最早最後の手段だった。ラークシャサは俺の呼びかけに呼応し、柄の穴から三匹の蛇が飛び出した。
だが、その三匹の蛇は俺の肉を食べなかった。俺では無く、なんとアミルダの頭に取り付いたのだ。
「ラ、ラークシャサ!?何をしているんだ!?」
俺の問いかけを無視するかの様に、三匹の蛇はアミルダの後頭部を貪り、頭の中に侵入して行く。
「何をしても無駄よキント······もう。あ?あああっ!?」
頭部の中を三匹の蛇に侵入されたアミルダは途端に苦しみ始めた。その時、ラークシャサの黒い刀身が紅い光に包まれる。
それは、今まで見たどの光より巨大な物だった。アミルダは俺から両手を離し、自分の頭を抱えた。
俺とアミルダはそのまま地上に落下した。アミルダからの拘束から説かれた俺は、地上に落ちる寸前に受け身を取った。
二人の半身死霊が地面に激突し、鈍い音が闘技場に響いた。俺は身体の至る箇所の骨が砕ける音を聞いた。
苦痛と激痛で暫く声が出なかったが、半身死霊の能力が発揮され、少しずつ俺の身体を修復して行く。
俺は上半身を右手で支えながら、アミルダの姿を探した。彼女は座った状態で俯いていた。
まだ足が動かなかった俺は、必死に這いずりながらアミルダに近づく。ラークシャサに脳を喰われた彼女は果たして無事なのか。
俺は少しずつアミルダの傍に寄りながら、彼女が助かる事を祈るように願っていた。
「アミルダ!大丈夫か?無事なのか!?」
ようやく声が届く距離に近づいた俺は、泣きそうな声色で叫んだ。
「······私は領主のアミルダ······冒険者とは自由で良いな······ハーガット様の適は排除する······私はもう自由······」
アミルダの両目は焦点が合っていなかった。そして意味不明な言葉を消え入りそうな声で呟く。
何だ?アミルダに一体何が起こっているんだ?
「人間の時の記憶。死霊になってからの記憶。それが混在して制御が効かない状態よ」
レファンヌの声が聞こえた。気付くと、俺の後ろに金髪の聖女が立っていた。記憶が混在している?ラークシャサに脳を喰われた為か!?
「レファンヌ!アミルダに治癒の呪文をかけてくれ!!早く!!
」
死霊にとって脳にダメージを受ける事は致命傷だった。一刻の猶予も無かった。
「後悔しないわね。キント」
レファンヌはそう言うと、右手をアミルダの頭に添えた。そして、アミルダの身体は白銀色の光に包まれる。
······これで。これでアミルダは助かる!彼女も俺と同じように半身だが人間に戻れる筈だ!!
だが、俺が目にした光景は真逆の物だった。アミルダの身体が足元から蒸発していく。それは腹部、胸部へと順を追っていった。
「ア、アミルダ!?何で、何でだよ!?これは死霊の死に方じゃないか!?」
俺は訳が分からず絶叫した。死霊にとって治癒の呪文は天敵。その身に治癒の呪文を受けると身体が蒸発する。
だがアミルダは俺と同じ不完全な死霊。治癒の呪文で蒸発する筈が無い!!なのに何で!?
「······アミルダはハーガットによって不完全な死霊から完全な死霊に変えられた。それしか考えられないわ」
俺はレファンヌの説明を半ば受け入れられなかった。だが、アミルダの身体が蒸発する理由はそれしか無かったのだ。
「······キント」
······声が聞こえた。俺は反射的に声の主を見た。それは正に、残った頭部が半ば蒸発しようとしていたアミルダが発した言葉だった。
「······ありがとう。キント」
俺は両目を開きながらアミルダの最期の言葉を聞いた。そしてアミルダの身体はこの地上から消え去った。
頭が真っ白になった俺は、何故か空を見上げていた。まるで空の彼方にアミルダの魂が昇って行くのを見送るように。
······俺の頭に誰かの手が添えられていた。それは、とても温かい手だった。その手の温もりは、停止していた俺の心を再び動かした。
機能の働きを放棄していた俺の涙腺は、途端に動き始めた。
「······アミルダァッ!!」
俺は空から視線を外し泣き崩れた。俺の頭には、温かい手がいつまでも添えられていた。




