大広間での会議
激しく乱れる呼吸を俺は整えるのに必死だった。目の前の男の一振りは速く、そして重かった。
俺は男に向かって駆け出す。その走る速度に緩急をつけた。最初は遅く、そして急に全速力で男の間合いに一気に突っ込む。
二つの剣が重なり、俺の視界に火花が見えた。そう思った瞬間、俺の身体は吹き飛ばされていた。
「坊主。緩急をつけるのはいい。だが、格上相手には使えん手だ」
背中から倒れた俺を見下ろすのは、アークレイだった。不良勇者は剣を鞘に戻し中庭かから城中に去っていく。
俺はアークレイに必死に頼み込み、剣の訓練の相手をして貰っていた。普段なら絶対に断るであろう不良勇者が了承したのは、余りにも暇を持て余していたからだ。
俺は汗塗れの顔で空を見上げた。未だにアークレイから一本も取れず、軽くあしらわれる悔しさから、拳を地面に叩きつけた。
ハーガットに惨敗してから一ヶ月が経過した。俺達はその間、ロッドメン一族の本拠地である城に滞在していた。
一族を毛嫌いするレファンヌに城に留まる事を説得するのは骨が折れたが、何しろマコムが重体だったので仕方無かった。
ハーガットから狂戦士と呼ばれたマコムの見せた力は異常だった。だが、その力と引き換えに、赤毛の少女は全身に著しい消耗を負った。
「筋肉痛を経験した事があるだろう?それが重症化したような状態だ」
マコムを治癒の呪文で治療してくれたノホットがそう教えてくれた。マコムは一週間程で意識を取り戻したが、まだ動ける状態では無く安静が必要だった。
多くの仲間を失い、平静ではいられない筈のノホットは、それでも俺達に色々世話を焼いてくれた。
「気にするなキント。今は何か行動している方が気が紛れるんだ」
ノホットはそう呟き、ハーガットに関する情報も教えてくれた。王都の住民数万を死霊に変えたハーガットは、その兵力を以て他国に侵攻を開始した。
それは狂気王に改良された太陽の下でも動ける死霊達だった。俺達が城に留まっているたった一ヶ月の間に、二つの国が滅ぼされた。
何しろ死霊には休息も補給も必要無い。使う者にとってこれ程便利な兵力は存在しないだろう。
そして攻め滅ぼした国々の死者を更に死霊に変えて行き、兵力は雪だるま式に増えて行く。近い将来、この世界はハーガットによって支配されてしまうのだろうか。
アミルダの事を考えると憂鬱になり、俺は悪い方へ考えてしまうのだった。身体を起こし汗を拭っていると、赤い短髪の若者が声をかけてきた。
「おい。お前キントって言ったな。ノホットが呼んでいたぞ。大広間に集合だ」
痛々しい火傷の痕を頬に残す十法将の若者は、鋭い両目で俺を一瞥し歩いていった。俺より少し年上に見える彼は確かビンセントと言っただろうか。俺は大きく息を吐き立ち上がった。
大広間には一族の者達が集合していた。この広間の天井は物凄く高い。広間の壁には一族歴代の族長の肖像画が飾られている。
その肖像画は上に飾られる程歴史が深くなり、目を凝らさないと見えない天井には、ロッドメン一族初代の族長の顔が俺達を見下ろしていた。
広間の端には、レファンヌ。アークレイ。メルサルの姿もあった。レファンヌはノホットに強引に連れて来られたのだろう。
俺は一番後ろの椅子に座った。金髪の聖女は腰掛けるつもりは無いらしい。広間の中央に設けられた壇上に、背の高い男が立った。それは、優男カミングだった。
「先ずは戦死した一族の仲間達に心から冥福を祈りたい。彼等に安らかなる安息が訪れるように」
静まり返ったこの広間に、カミングの声が響く。優男の表情はいつもの弛緩した物では無く、神妙な面持ちだった。
「······今日ここに皆に集まって貰ったのは、ハーガット軍に密偵として潜入しているカミングから重大な報告があるからだ」
長身のカミングより更に背の高いノホットが、優男の隣に立ち一族の者達に説明する。重大な報告?一体なんだろう。
「狂気王ハーガットの目的が分かった。彼はこれまで、各国に厳重に保管されていた禁術書の採集を行って来た。だがそれは、彼のただの趣味では無かった」
カミングは説明し始めた。ハーガットは闇雲に他国を侵略しているのでは無かった。ハーガットが求める禁術書を保管している国々を標的にしていた。
遥か昔。禁術を極めたとされる魔法使いがいた。男の名はザッカートス。ザッカートス自身は純粋な探究心から禁術を会得した為、周囲に危害を加えるような事はしなかった。
だが、ザッカートスが後世に残した七冊の本が問題だった。あらゆる禁術の会得方法が記されたその本は、禁術に手を染めても高みを目指す魔法使いにとって垂涎の本だった。
かくしてこの七冊の本を巡って多くの血が流れた。ある者は世界の覇権を望んで。またある者は世界一の魔法使いになる為に。
各国に散らばった七冊の禁術書は、その国々で厳重に保管される事となる。処分は出来なかった。何故なら、その禁術書に危害を加えると国全体が呪われると言い伝えがあったからだ。
現実にこの禁術書を燃やそうとして疫病が流行り滅んだ国があった。人々は口々にザッカートスの呪いと言った。
「この七冊の禁術書には、それぞれ謎かけのような記述があるらしい。七冊の全てを手にすればその謎かけが解ける方式だ。その答えを解読すれば、ある禁術を会得出来る。ハーガット狙いはその禁術だ」
壇上に立つカミングの説明に、ビンセントが椅子から勢い良く立ち上がった。
「一体ハーガットの野郎は、何の禁術を会得しようとしてんだ!?」
ハーガットへの怒りを露わに見せ、赤い髪の若者は苛立つようにカミングに叫んだ。
「死者を甦らせる術だよ。ビンセント」
カミングの言葉は、俺の想像を遥かに超える物だった。




