ラークシャサ
「ハーガットは既に死者を死霊に変える禁術を会得している。だが、彼が七冊の禁術書から得ようとしている禁術はそれとは違う。正真正銘、死者をこの世に復活させる術だ」
カミングの説明に、大広間は静まり返っていた。声を荒げたビンセントすら、気勢を削がれたように絶句している。
「ハーガットがその術を求める理由は一つ。二人の人物をこの世に甦らせる為だ」
カミングの声が少し低くなった。普段緊張感の無い表情をしている優男が、まるで世界の破滅を予言するかのような雰囲気を放っている。
「一人目の名はミルドリアル。彼は史上最高の劇作家と呼ばれた天才だ。ハーガットは彼を死者の世界から呼び寄せ、自分の芸術とどちらが優れているか雌雄を決したいらしい」
カミングの言葉に俺達は驚愕した。そ、そんな私的な理由で数多の命を奪い、戦争を拡大しているって言うのか!?
「二人目の名はラークシャサ。この名は余り聞いた事がないかもしれないね。ラークシャサはかつて神に反旗を翻し、神々を喰い殺したとされる伝説の化物だ」
カミングが口にした固有名詞に俺は絶句した。その伝説の化物の名は、俺の腰にある剣と同じ名だった。
······ラークシャサとの出会いは、小さな街の武器屋だった。不良品の武器が邪魔そうに押し込まれた木箱の中に、その剣はあった。
武器屋の主人は質流れの呪われた剣と言った。だが俺は、狂気王と呼ばれる男を倒すには神喰いと異名を持つこの剣が頼もしいとさえ思った。
実際にこの剣は異常だった。柄から蛇が飛び出し持ち手の血肉を喰らう。身体が半分死霊の俺ではなくては、とても扱えない代物だった。
ラークシャサの異様さはそれだけでは無かった。俺の頭の中に意思を持つ者のように話しかけてくるのだ。
そのラークシャサが、かつて実体を持つ化物だった?そのラークシャサをハーガットが甦らせようとしている?
初めてハーガットと対峙した時、奴はレファンヌに言った。自分は死者を甦らせる事が可能だと。
カミングの話では、ハーガットは七冊の禁術書を順調に入手しているらしい。狂気王は太陽の元では活動出来ない死霊に改良を施し動けるようにした。
死霊にされたアミルダや、レファンヌの前に現れた死霊のミデットは言葉を発した。そして配下に魔物の身体の一部を移植する技術。
ハーガットは新たに禁術書を手に入れる度に、次々と死霊を進化させている。その到達点が、本当に死者を甦らせる事なのか?
「······そのラークシャサなる者を甦らせて、ハーガットは一体何をするつもりなの?」
最前列に座るメルダが、この場に集まった者達が疑問に思った事を代表して質問する。
「······少なくとも、劇作家ミルドリアルと三人で劇鑑賞する目的では無いだろうね」
緊張の空気を和らげるように、カミングは苦笑して見せた。
「天界人」
大広間の壁際から、奇麗な声が響いた。広間に集まった者達は声の主に振り返る。言葉を発したのはレファンヌだった。
「この世界には地上だけでは無く、天界と呼ばれる世界があると言われているわ。私達地上に住む民は、その天界に住む者達をかつて神と呼んでいた」
レファンヌは静かな口調で話し始めた。そう言えば子供の頃、空を見上げていると親に言われた事がある。
この空の向こう側には、天界と呼ばれる世界があると。でもそれは、子供でも作り話と分かる空想地味た話だった。
「神喰いのラークシャサ。つまり、その化物はかつて神と呼ばれた天界人達と戦った者って事よ」
レファンヌの説明に、メルダが席を蹴るように立ち上がる。
「レファンヌ。憶測で物を言わないで。仮にその通りだとしても、ハーガットに何の目的があるって言うの!?」
メルダの鋭い眼光を正面から睨み返し、レファンヌは顎の角度を少し上げた。
「天界人と因縁あるラークシャサを使い、ハーガットは天界に攻め込む気よ。あの芸術家気取りの糞野郎は、天界を題材とした劇を作るつもりよ」
レファンヌの言葉に、大広間はざわつき始めた。ハーガットは地上に飽き足らず、実在するかどうかも分からない天界を滅ぼす事を考えているのか?
「······ハーガットの目的はともかく。このままでは地上に生ける者は全て死霊にさせられてしまう。彼は既に六冊の禁術書を手に入れている」
カミングは聞く者が重苦しくなる言葉を呟く。
「カミング。残り一冊はどこの国にあるの?」
レファンヌは両腕を組みながらカミングに問いかける。
「最後の一冊はガレント国にある。この大陸で唯一残った軍事大国だ。ハーガットは既に全兵力を結集して行軍を開始している」
カミングの言葉に、ざわいつた大広間に再び沈黙が訪れる。その様子を見た優男は、静かに口を開く。
「僕達には単独でハーガットを倒す力はもう無い。残された手段はガレント国と共闘するしか無い。異論はあるかい?」
カミングの選択肢の無い提案に、一族の者達は押し黙る。唯一メルダが反論した。
「私は反対よ!歴史と伝統を誇るロッドメン一族が共闘を申し入れるなんて!ガレント国に足元を見られるだけよ!!」
「フッ」
メルダの意思表示を冷笑する声が聞こえた。メルダは自身を笑った者を鬼の形相で睨みつける。
「······レファンヌ。表に出なさい。貴方とは一度白黒つけないと収まりがつかないわ」
「奇遇ねメルダ。私も同じ事を考えていた所よ」
レファンヌとメルダは互いに殺気を放ちながら並んで大広間から出て行った。な、何をするつもりだあの二人!?
「······ガレント国との交渉には俺が行こう。何しろ時間が無い。皆もそのつもりでいてくれ。カミング。あの二人の事を頼む」
厄介事を鮮やかにカミングに移譲したノホットが、そそくさと広間から姿を消した。その時、広間の窓が何かの衝撃で揺れた。
城外では、二人の金髪の女が争いを開始していた。




