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レディ・ヴェロニカの秘めやかなご所望  作者: 都辻空
レディ・ヴェロニカは離婚したい!

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秘めたる想いは憂いのうちに【4】

同時投稿の二話目です。

新キャラがぞくぞく。


【2020/8/1:修正】他の投稿と合わせるために改行と文体に手を加えました。あと、伏線の張り直しを少し。

「……」


 だとしても、あの時とは状況が違いすぎる。

 伯父さまは静かに、カップの中へ視線を沈めて言った。


「それに彼が君に『絶対に無理だ』と、そう言ったのかい?」


 諭すような、大人の声。


「それは……」

「マリーが言っていたよ。オリバー君に仕事を押し付けたのは悪かったって」

「あれは……私が幼かったせいだもの。伯母さまのせいじゃないわ」


 オリバーが屋敷に戻ってこなかった、いや戻ってこられなかった理由は伯母さまから聞いた。


 伯母さまがそこまでしたのは、きっと私のためだ。そうでなければ、王党派へのコネクションであるあの人と無用な軋轢を生む必要はないのだから。


「きっとマリーは、君に頼られて嬉しかっただけだろうね」


 カップを揺らしながら、伯父さまが微笑む。

 それが幼いと言うのだ。私の我が儘で、事態を余計に悪化させてしまった。最悪、伯母さまのこれまでの苦労と努力が水泡に帰してしまうかもしれない。


「ニカちゃんは、自分を責めているのかな?」

「だって――」


 優しげな伯父さまの声に、すべてを見透かされているような気がした。


「私が我が儘を言ったせいで、もし伯母さまに迷惑がかかったら……」


 伯母さまが言っていたように、実際にオリバーの想い人を見たわけではない。ただの状況証拠から推測しただけに過ぎない、私の妄想に等しいのだ。


 けれど、いざ真実を知ろうという時に怖くなった。まるで、幼子が嫌なことから声を荒げて目を背けるように。


 俯く私に、伯父さまは視線を合わせてしゃがみこんだ。


「マリーも言ったかもしれないけれど、僕たちはいつだって君の味方だよ。迷惑だなんて思うはずないさ」


 そう言って伯父さまは、私の膝においていた手を握った。


「君はもう立派な大人で、一人の淑女レディだ。でも、僕たちからしたら、唯一人の可愛い姪っ子なんだよ。

 だから、甘えたい時や我が儘を言いたい時は、いつだって帰っておいで」

「伯父さま」


 二人はいつだって、私の味方でいてくれる。それが何より心強く、嬉しかった。


 目頭が熱くなってきた私に、伯父さまは先ほど本棚の中から取り出した一冊の本を見せてくれた。本の表紙には『一〇六期卒業生製作 植物図鑑』と書かれている。


「この本の中身って――」


 ページを捲ると中に記されている植物の絵や記載はもちろん、目次やページ内の装飾まで、すべて緻密な手書きで書かれていたのがわかった。

 ページごとに筆圧や筆跡は違うが、どれも真に迫るほど綿密にデッサンされている。


「この卒業製作を完成させるために、卒業生たちは何枚も同じものをデッサンし続けたんだ。彼も同じくね」


 伯父さまが捲るページに目を落とすと、そこにはよく知る『花』が描かれていた。


「この花は……」


 〝Gypsophila Elegans〞。


 そして、ページの隅に書かれた人物の名前は、私のよく知る人物だった。


 伯父さまにはあの花の名前を教えていない。でもそこに描かれた花も、それを描いた人物も間違いない。

 本を持つ手に力が入った。これはなにかの偶然だろうか。


「最初から何でもできるような器用な人間なんて、ほんの一握りだよ。

 誰だって何度も失敗して、何度も挑戦して、そうやって繰り返し経験を積み重ねることで、成長していくんだ」


 本から視線を上げた時、「だから」と続ける伯父さまと目が合った。


「君たちも、失敗をしたとしてもまた挑戦すればいいんだよ。正解なんて、二人で見つければいいんだ」

「伯父さまが見せたかったものは、これなんですか?」

「いや、僕が見せたかったのは――」


 その時、不意に研究室の扉がノックされた。

 伯父さまが返事をして、開けられた扉から入ってきたのは、大柄な体格をした中年の男性だった。


「デルフィーノ先生。よかった。戻られましたか」

「……ドランバル先生。何かご用ですか?」


 伯父さまにドランバル先生と呼ばれた男性は、顎髭と同じ白髪が混じった亜麻色の髪を後ろで一つに束ねていた。


 ライアン伯父さまと同様のその穏やかな表情とは裏腹に、頬を斜めに裂く刀傷は、その痕から男性が歩んできた並々ならぬ人生を彷彿とさせる。


「ええ。サルテジット先生が緊急の学園職員会議を開かれるとのことで……六課の授業が終わり次第、職員はすぐに会議室に参ずるようにと」

「まいったな……すまない、ニカちゃん。少しここで待っていてもらってもいいかな?」

「大丈夫ですよ、伯父さま」


 その時、伯父さまがドランバル先生と呼ぶ人と目があった。


 その髪色から、この男性の出自が隣国ストランテ共和国――厳密にはストランテ共和国になったのは今から三十余年前だから、その前身であるストランテ王国――にあると推測できる。


 私を見て、その淡褐色の瞳が見開かれた。


「あなたは……」

「え?」


 会釈をした私は部外者であることを糾弾されるかと一瞬たじろいだけれど、次にその口から出てきたのは思いもしない一言だった。


「いえ。私の故国で、とても似ている方がいらしたので」

「そう、でしたか」


 確かに、私の髪はストランテ王国出身の祖母譲りのプラチナブロンドで、瞳も淡い空色だ。知人に髪が長い人がいたら、一瞬間違えてしまうかもしれない。


 ドランバル先生が何か言葉を口にしようとしたその時、再び扉のノック音が部屋に響いた。


「失礼します」


 伯父さまの返事の後にそう言って入ってきたのは、ゆるりとウェーブがかかった金髪を靡かせる少女だった。制服や胸元の『獅子』のエンブレムから、彼女が高等部の学生だと推測できた。


「デルフィーノ先生。午前中の授業のレポートを集めて持って参りました」


 女生徒は用件を伝えると、両手に抱えるプリントの束を伯父さまに手渡した。


「ああ、ありがとう。そうだ、ちょうどいいところに来たね」

「はい? わたくしに何かご用でしたか?」


 キョトンと目を丸くして、彼女が首を傾げる。


「二点ほどね。一つ目は、前に君が言っていたこの本を渡すってこと。二つ目は彼女にアカデミーの中を案内してもらえないかなってこと。本当は私が案内したかったのだけれど、これから職員会議に出なくてはいけなくなってしまってね」


 伯父さまが図書室で見せてくれた本を女生徒へ渡すと、その目が途端に輝き出した。


「ありがとうございます、デルフィーノ先生! 覚えていてくださったのですね」


 女生徒は空いている方の手を胸にトンと当てて、伯父さまへ頷いてみせた。


「勿論、このユーフェミア=アイリス・クウェリア、喜んで案内させていただきますわ」


「それじゃあ、ニカちゃん。あとはこの子に任せて、学園を見ておいで」


 伯父さまはそう言って女生徒へ耳打ちで何か言伝てを残すと、ドランバル先生と共に、研究室を後にして行った。


 研究室に残された私たちは、必然的に目が合ってしまう。

 女生徒はこほんと咳で相槌を打つと、私に微笑みかけてきた。


「失礼致しました。自己紹介がまだでしたわね。わたくしはユーフェミア。ユーフェミア=アイリス=クウェリアと申します。どうぞ、お気軽にミアとお呼びください」

「ミアさん。ご丁寧にありがとうございます」


 その紺碧の眼差しや煌めく金髪に、最近どこかで会ったことがあるような既視感を覚えたが、アカデミーに在籍している友人などいるはずもなかった。


「ご様子からお察ししますが、うちの生徒ではないようですね。デルフィーノ先生とあなたは、どのようなご関係で?」

「はい。ライアン=デルフィーノは私の伯父で、私はヴェロ――」

「もしかしてあなたが、ヴェロニカ=エインズワース?」

「は、はいっ」


 目測で私よりも拳一つ分ほど背の高い彼女の顔が、ぐいっと目の前にまで近付く。


 距離が一気に縮まり、食い気味に尋ねられたこともあって、私もとっさに答えてしまった。ペースはすっかり彼女に呑まれてしまっている。


 けれど、どうして名前の姓がエインズワースだと知っているのだろう。


 いきなりのことで混乱している私にさらに追い討ちをかけるように、ユーフェミアが私の両手をがしっと掴んできた。

 握力が強い。その瞳は海面が陽光を浴びるように輝いている。


「お会いしたかったですわっ!!」

「は、はい?」

「お噂はかねがね、兄から伺っております。あの鉄仮面を射止めたデルフィーノ侯爵令嬢ですわよねっ」

「て、鉄仮面?」


 ひょっとしなくても、オリバーのことだろう。

 そして、どんな噂だろう。


「一体全体、どうやってあの鉄仮面を射止めたのですか? ぜひその手練手管を、私にもご教授してくださいませんこと!?」


 色々突っ込みたいところがあるが、その圧倒的な笑顔に押されてしまう。


(手練手管って……)


 解放された手には、ユーフェミアの手の感覚が残っていた。


「私は別に、何もしていないのだけれど……」

「そんなご謙遜を仰らないで! あの鉄仮面、学園に在籍中も幾度の女子の告白を袖にして、『自分には想い人がいる』と一貫して首を縦に振りませんでしたのよ」


 その告白した中の一人には、彼女の友人もいたそうだ。


「へ、へえ……」

「それなのにいっこうに在校中はどなたともお付き合いした様子はありませんでしたし。しかしてそれが学園を卒業してから一年で婚約をしたと聞いて、お相手はどんな方かと想いを馳せておりましたが、いよいよついにお会いできましたわ」


 ユーフェミアは、なんというか、全体的に圧が強い少女のようだ。


 両手を前で合わせて、ふふふ、と微笑んでいる姿は可憐な少女という言葉が似合っていたが、その実は気持ちよくなってくるほど快活さに溢れている。


「差し支えなければぜひ、出会いのエピソードなんて、お聞かせいただけませんことっ!?」

「そんなこと、急に言われても……」


 私が回答に惑っていると、ユーフェミアは「あっ」と思い出したように私の手を引いた。今度は優しい強さだ。


「そうでしたわ。まだ時間はありますし、まずは学園構内をご案内いたします」


 しかしその口許は変わらずに笑みを湛えている。


「お話は道すがら、ね」


ハイテンションなキャラが登場すると、途端にすべてを持っていかれる気がします。

次回はアカデミーの探検です。説明回にならないようにはします。


それでは、次回。

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