第五話:夢洲(ゆめしま)の特別精算
大阪府警AI制御室
第五話:夢洲の特別精算
1. 夢の島の門
南港から夢洲へと続く「夢咲トンネル」。その先には、2030年の大阪が世界の富を吸い上げるために築き上げた、人工の楽園がそびえ立っていた。
カジノリゾート「夢洲」。
そこは、大阪府警の管轄でありながら、実態はカジノ運営AIとD-NAS(DNA登録制度)が密に結合した、独自の経済特区である。
「……佐藤巡査長。これよりあなたのウェアラブルデバイスに、夢洲全域への『特別入場許可』をパッチします」
AI制御室。町田由美の指が、通常なら数十の承認プロセスを要する「検閲免除コード」を、独断で佐藤の端末へと流し込んだ。
モニターには、佐藤の現在地を示すアイコンが、カジノの巨大な防火壁を次々と白く染め変えていく様子が映し出される。
「由美さん、これは越権行為だ。後で『精算』が大変なことになるぞ」
サミエル・大貫がコーヒーを置き、身を乗り出した。
「構いません。身代わり屋を追い、DNAを抹消された『透明な人間』をこれ以上増やさないためには、夢洲の深部を叩くしかない。……佐藤さん、デバイスの同期を確認してください。今からあなたは、この島で『神』に近い権限を持ちます」
2. 電子の鍵と物理の足
「……神、ね。俺に似合わねえ冗談だ」
夢洲のメインゲート前。佐藤健太郎は、パトカーのコンソールに装着された多機能端末を手に取った。
端末から放たれた青いレーザーが、重厚なセキュリティゲートをスキャンする。
通常、一般市民ならDNA照合だけで10秒はかかる「関門」が、佐藤が近づくだけで、まるで王を迎え入れるように音もなく左右に開いた。
「……町田。このデバイス、気味が悪いほどよく動くぜ。エレベーターから自動販売機の在庫管理まで、俺の歩く先々で全部のロックが外れていく」
佐藤はカジノのメインロビーに足を踏み入れた。
眩いばかりのホログラム、日銀発行暗号資産が飛び交う電子スロットの音、そして贅を尽くした「精算」に酔いしれる人々。
その華やかな光景の中を、佐藤は「特別許可」という電子の盾を掲げて突き進む。
「……管理官、見えたぜ。カジノの地下へ続く、従業員専用の隠しリフトだ。AIカメラは俺を『透明』として処理してる。客の誰も、俺が警官だとは気づかねえ」
3. 此花から夢洲へ、繋がる闇
「ターゲットを視認。地下4階、サーバーメンテナンスエリアです。……待って、佐藤さん。そこは……」
由美の声が、制御室のスピーカーを通して震えた。
「そこは、カジノの売上データを管理する場所ではなく、……街全体の『DNA登録の予備サーバー』がある場所です。なぜ、そんなところに……」
「身代わり屋が売っていた『人工皮膚』。……そのデータの出処はここだ」
佐藤は、特別許可デバイスを地下リフトのリーダーに叩きつけた。
深紅の警告灯が回る。だが、由美のパッチがそれを「保守作業」として上書きしていく。
地下深くへ。物理的な深さと比例するように、電波の質が重く、粘りつくようなものに変わっていく。
リフトの扉が開いた先には、広大なサーバーラックが並んでいた。
その中心で、一人の男が待っていた。
住之江で見た「透明な男」とは違う。彼は、カジノの制服を着た、完璧なエリートの顔をしていた。
「……大阪府警。やはり、町田由美の『特別許可』を使いましたか」
男は、佐藤の手元で光るデバイスを指差して冷笑した。
「そのデバイスこそが、最大の罠だとも知らずに」
4. 精算の反転
「……何だと?」
佐藤が銃を構えようとした瞬間、手元のデバイスが激しく発熱し、視界のHUDが真っ赤に反転した。
『エラー。管理者の権限を紛失。……ユーザー:佐藤健太郎のDNAデータを「削除対象」としてマークしました』
「佐藤巡査長、デバイスを捨てて! 夢洲のシステムが、あなたの許可証を『侵入者の痕跡』として逆探知した……! 私のアクセス権が、乗っ取られた……!」
由美の悲鳴が無線を裂く。
2030年の大阪、夢洲。
「神の権限」を持っていたはずの佐藤は、一瞬にして、この島で最も「存在を許されない者」へと突き落とされた。
地下サーバー室のシャッターが、重々しく閉まる。
外部との通信が途絶える直前、佐藤の耳に届いたのは、制御室のスピーカーから漏れた、あの一ノ瀬凛の忍び笑いだった。
「……佐藤さん。特別席へ、ようこそ。ここであなたの『存在』、じっくりと精算してあげる」




