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大阪府警AI制御室  作者: velvetcondor guild


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第二話:120キロの亡霊(ゴースト)

大阪府警AI制御室


第二話:120キロの亡霊ゴースト


1. 東三国の「穴」

2030年の東三国。

かつては雑多な中層マンションが並んでいたこの街も、今は6Gのノードが整然と配置され、住民のDNAと電子ウォレットが空気と一体化した「無菌の住宅街」となっていた。

だが、その完璧な地図の上に、突如として「穴」が開いた。

「……信じられない。ターゲット、東三国付近の定点観測センサーをすべて『無力化』しています。物理的な破壊ではありません。センサーは生きている。けれど、そこにあるはずの『物質』を、AIがノイズとして自動削除している……!」

大阪府警AI制御室。町田由美の震える指先が、サブモニターに映し出された赤外線熱感知サーモグラフの異常を指し示した。

東三国一丁目を、時速120キロ――制限速度の倍の速度で駆け抜ける「何か」がある。

しかし、AIカメラの網膜ディスプレイ(HUD)には、そこには『アスファルトの照り返し』という誤ったタグが表示され続けていた。

「デバイスを持たず、DNAを飛散させず、さらにAIの画像認識アルゴリズムの『盲点』を突く色彩設計を施している。……町田くん、これは偶然の産物じゃない。この街のシステムを熟知した、何者かによる挑戦状だ」

サミエル・大貫は、手元の端末で母親からの「東三国のおばちゃん仲間」による非公式情報をチェックしながら呟いた。

『サム、さっきから家の前を、エンジン音だけが通り過ぎていくで。姿は見えへんのに、風だけが強いんや。幽霊でも走っとるんか?』

「管理官、ターゲットは新御堂筋の本線に新大阪から合流しました。淀川を越え、梅田という名の巨大な演算処理エリアに突っ込もうとしています」

由美の報告と同時に、メインモニターの平和指数が90%台へと急落した。

120キロ。

それは2030年の大阪において、死を意味する速度だ。すべての車が60キロで自動制御されている空間で、倍の速度で走る物体は、もはや車ではなく「動く爆弾」だった。


2. 此花・住之江への逃走線

「……よお、制御室の優等生諸君。お勉強は捗ってるか?」

通信回線に、ザラついた、しかしどこか楽しげな男の声が割り込んだ。

交通機動隊、佐藤健太郎。

彼は今、東三国の合流地点からわずか数百メートル後方、AIの制止を振り切ったパトカーのアクセルを床まで踏み込んでいた。

「佐藤巡査長、勝手な行動は控えてください! あなたの車両は現在、AIの安全プロトコルを5項目以上無視しています。強制停止オーバーライドをかけますよ!」

「やってみろよ、町田。……だが、俺を止めたら、あの『幽霊』を止められる奴はこの街に一人もいなくなるぜ」

佐藤の視線の先。

新御堂筋の長い直線、淀川を渡る橋の上で、陽炎かげろうのような「歪み」が見えた。

それは、デバイスを持たない者が、システムという名の鏡の中に作り出した「空白」だった。

「管理官、ターゲットの進行方向予測が出ました。玉出から夢洲……新設のカジノリゾート方面、あるいは住之江の南港地区です。あのエリアは6Gの出力が最大化されており、情報の『飽和』が起きています。紛れ込まれたら、見失います」

由美の警告。

此花、住之江。そこは2030年の大阪において、最も「光」が強く、ゆえに「影」が最も濃い場所だ。

カジノの莫大な電子決済データが飛び交う住之江のベイエリアは、AIにとっての「ホワイトノイズ」に満ちている。


3. デバイスなき自由の暴走

「……此花か。いい場所を選びやがった」

佐藤はステアリングを握り直した。

パトカーのAIカメラは、もはや前方の「歪み」を捉えていない。

だが、佐藤の肉眼にははっきりと見えていた。

黒い、一切の反射を拒絶する塗料で塗られた、20世紀の遺物のようなスポーツカー。

そこにはスマホも、GPSも、DNA登録デバイスもない。

ただ、一人の人間が、爆発的なガソリンの燃焼を操り、システムの網を切り裂いている。

「町田。……日銀発行の暗号資産ウォレットを確認しろ。此花から住之江にかけてのATM、あるいはカジノの精算端末。……この『幽霊』が通過するのと同期して、少額の『精算エラー』が起きていないか?」

「……! なぜそれを?」

「こいつは、デバイスを持たない自由を楽しんでるだけじゃない。……街の毛細血管から、血(金)を吸い取りながら走ってやがるんだ」

佐藤の指摘通り、モニターには住之江区内の決済端末から、1円単位、10円単位の「消えた端数」が、一つの巨大な奔流となってターゲットの車両へと収束していく様子が映し出された。

「デバイスを持たないはずの彼が、なぜ電子資産を奪えるの……?」

由美の問いに、サミエルが苦く答えた。

「物理的な接触だ、町田くん。彼は道路に埋め込まれた非接触給電システムと6Gノードを、文字通り『物理的にハック』して、通過する瞬間にデータを吸い上げている。……ポイ捨てのDNAすら残さないほど慎重な男が、一番大胆な泥棒を働いているんだよ」


4. 住之江、激突の予感

パトカーと幽霊車両は、新御堂筋を影のようにすり抜け、南へと下って行く。

南森町から高速へ堺線から玉出出口へ住之江のボートレース場から漏れる、デジタル化されたモーター音。

「ターゲット、南港中一丁目を通過! この先を抜けると終着点、海です!」

由美の声が絶叫に変わる。

逃げ場はない。だが、ターゲットは速度を落とさない。120キロ。

AIの予測計算は、ついに「生存率0%」という冷徹な数字を弾き出した。

「佐藤くん、これ以上は無理だ! 制御室でブレーキを強制代行する!」

サミエルが叫ぶが、佐藤は笑っていた。

「……管理官。あんたのオフクロさんに伝えとけ。今日の土手焼き、俺も混ぜてくれってな。……精算は、この幽霊の身柄で払ってやるよ!」

佐藤は、アナログのサイドブレーキを力任せに引き絞った。

南港の岸壁。

2030年の月光が、電子のカメラには映らない「激突」の瞬間を、静かに照らし出そうとしていた。



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