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夜巡りの星継者〜月に祈った少女〜  作者: 月城羽蘭
プロローグ 星の序章
1/2

冷たい夢

——スラム街——:???


 「……い、………おい、聞こえてんのか?」


 男性の大人びた、低い声に、私は意識を引き戻された。

ろくに眠れないこの場所で、重い瞼をゆっくりと開く。

目だけを動かして見上げると、そこには黒いスーツを着た見知らぬ男が二人、立っていた。


「——よ———つが、例——能を————す」


「——か、こ———が」


「—娘と——には———い状—です——ね」


 何を話しているのだろう。風の音に紛れて、言葉がよく聞き取れない。


 二人の目つきは、どこか鋭く、少し怖い。

真剣に言葉を交わしているのは分かるが、私の耳にはその内容までは届かない。


 そう思っていた、その瞬間だった。

片方の男が急にしゃがみ込み、私の顔を覗き込んできた。


「おい、お前。名前は」


 今度は、その声がはっきりと聞こえた。

けれど、それが私に向けられたものなのかは分からない。


 わからない。

名前なんて、知らない。


 言葉に詰まり、私は口をぱくぱくと動かした。

無意味だと分かっているのに、その視線の圧に耐えきれなかった。


 そんな時、それまで様子をうかがっていたもう一人の男が、目の前の男に声をかけた。


「ここにいる奴らに、名前なんてありませんよ」


 「それもそうか……」


 目の前の男は、あっさりと身を引いた。

それでも、その視線だけは私から離れない。


 そして淡々と告げる。

私の、新しい名前を。


——これから大嫌いになる、私の名前を。


 「お前の名前は、今日から———」




 * * *




第01頁『何やら冷たい夢を見た気がする』




——夜西邸「静寂の間」——:???


 「——様、蘭様。聞こえていますか?」


 耳元で、側近の低い声が響く。

その声に導かれるように、私はゆっくりと意識を浮上させた。


 暗闇に慣れていた目には、朝の光があまりにも眩しい。

滲む視界の中、私は静かに側近へ顔を向けた。


「……お嬢様、お目覚めください。朝食のご用意が整っております。お着替えのうえ、すぐにホールへお越しくださいと、旦那様がおっしゃっておりました」


 少しきつめの口調の彼女は、不満げにこちらを見下ろしていた。

普通の令嬢であれば、側近のくせにその態度は何事かと咎めるところだろう。


 だが、私はそれを指摘できない。

下手に口答えでもすれば()()()に言いつけられ、その時点で私の人生は終わる。


「……承知しました。すぐに向かうと義父上にお伝えください。それと、あなたは自分の仕事に戻って構いません」


「承知しております。最初から、そのつもりでおりますので」


 なるべく相手を不快にさせないよう気を遣ったつもりだったが、どうやら逆効果だったらしい。


 おそらく、私の顔など見たくもないのだろう。

彼女はすぐにこちらへ背を向けると、スタスタと部屋を出て行った。


「最初は慣れない生活にもどこか新鮮さを感じていたけれど、そろそろそれにも飽きてきたな……」


私はため息混じりに、固いベッドから身を起こした。




 * * *




——夜西邸「広間」——:???


 今日は朝から、どうにも体調が優れなかった。

理由もなく鳥肌が立ち、妙な寒気が肌にまとわりついている。

何やら、冷たい夢を見ていた気がするのだ。


 私は軽い目眩を覚えながらも身だしなみを整え、そのまま広間へ向かった。

側近も伴わず一人で向かうには、少々荷が重い。

ほんの少しだけ、歩幅が小さくなる。


(令嬢らしく振る舞え。浮かれるな。静けさを乱すな)


 それが、私の中のルールだった。


 心の中でそのルールを反芻しているうちに、気づけば広間の入口へ辿り着いていた。

私は小さく息を整え、ゆっくりと前へ進み出す。


 手を前で組みながら、私は場違いなほど愛想よく微笑んでいたのだろう。

私に気づいた姉たちは、眉をひそめ、あからさまにこちらを睨んできた。


「ちょっと、何をそんなにニコニコしているのよ?私たちを待たせているんだから、もっと急ぎなさいよ」


(そう言われましても……。わざと集合時刻を遅く伝えたのは、あなたたちでしょうに)


 私は、彼女の言葉に呆れるしかなかった。

彼女の名は夜西リン。17歳。

かの有名な夜西財閥の令嬢である。


「そうよ。何を突っ立っているの?早く席に着きなさいよ」


そう急かしてきたのは、夜西リンの妹——夜西レン。17歳。

二卵性の双子だというのに、顔つきも性格も驚くほどよく似ている。


 私は二人に急かされるまま、端に置かれたひときわ地味な椅子へ腰を下ろした。


「さて——全員揃ったことだし、朝食を始めようじゃないか」


 そして今、目の前で涼しい顔をしながら口を開いているのは、私の義兄。

リンとレンの兄でもある、夜西シン。18歳だ。


彼らは、日本でも指折りとされる財閥——夜西家の子息と令嬢たちだ。

三人は、名家の子息令嬢が集う私立高校へ通っている。……そして、私も。


私の名は夜西ラン(仮)。16歳。


 私は、この財閥に拾われた。

理由は知らない。けれど、どうせ大したものではないのだろう。

——いや。正確には、聞かされていない。


 よほど秘匿すべき事情なのだろう。

血筋だとか、そういう類の話かもしれない。


「おい、何をぼんやりしている。今日は父上と母上が出張から戻られる日だぞ。気を抜くな。さっさと食べて、お前は部屋へ戻っていろ」


 八つ当たりだろうか。

いつもは、こんな口調ではないのに。


などと考えながら、私はどこか物足りなさを覚えてしまっていた。


 私はそんなことをぼんやりと思いながら、視線を落とした。

机の上に並べられていたのは、豪華とは程遠い——申し訳程度の野菜だけが載った木製の皿。


 さすがに、成長期の真っ只中だというのに、これは少なすぎる。


——いつから、こんなことになったのだろうか。

私は思考を巡らせ、拾われたあの日まで記憶を遡らせた。



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