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パズルゲームで成り上がる令嬢は、今日も連鎖を決める〜元廃人ランカーが王太子の相棒になるまで〜  作者: 夜野羊


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第1話 スライムと王太子と負けイベント

背中に伝わるひんやりとした感触で、意識がゆっくりと浮かび上がった。

湿った土と苔の匂いが混じる、古い石造りの空気が鼻をくすぐる。手の下には硬い石の感触。夢にしては妙に具体的で、ずいぶんと臨場感がある。


ゆっくり目を開けると、そこはいつもの天井ではなかった。


崩れかけた石造りのアーチが頭上に広がり、紋様が刻まれた石壁には蔦が絡みついている。木々の隙間から落ちる光が、遺跡の内部を静かに照らしていた。昼の光なのに空気はひんやりと澄んでいて、長い時間がここに沈んでいるような気配がある。


「……ここ、どこ?」


声は石壁に吸い込まれるだけで、何も返ってこない。


夢かとも思ったが、夢にしては光も、匂いも、妙にくっきりとしている。起き上がろうとして地面についた手の冷たさが、これが夢ではない事を伝えていた。


見下ろした手は、やけに細く、白い。

少なくとも、昨日までの私のものではない。


「……え?」


整理しよう。落ち着こう。

そう思った矢先、背後で「ぽよん」と間の抜けた音がした。


嫌な予感というのは、なぜかよく当たる。ゆっくり振り向くと、遺跡の奥、割れた石畳の上で、半透明の塊が跳ねていた。下の方が黄色、上に向かって青くなるバイカラーのぽよんとした塊。この、ちょっと珍しい色合いにはどこか見覚えがあった。

塊はぷるんと形を変えながらこちらに向かってくる。


「……スライム?」


顔がついている。かわいい顔だ。

丸い。柔らかそう。そして


――親の顔より見たモンスター。


リセマラのたびに最初に出てくる、倒されるための存在。何百回倒したか知れない。この特徴的な色合いはそう、あのゲームの。

見覚えのある可愛らしさとリセマラの記憶が蘇り、怖さより懐かしさが先に来ていた。


「いや、落ち着いてる場合じゃないのでは?」


その直後、スライムが跳ねた。


思ったより速い。

距離が一気に詰まり、避けきれず体当たりを食らう。

肺の空気が押し出され、視界が揺れた。


「いった……!」


弱そうに見えるのと、危険じゃないのは、まったく別の話らしい。

後ずさった背中を冷や汗が伝う。その瞬間、空気がきらりと揺れた。


私とスライムの間に、淡く発光する粒子が浮かび上がる。

赤、青、緑、黄色――色とりどりの光が、ゆっくりと流れを作り始めた。


胸の奥がざわつく。


「……魔素」


言葉が、自然とこぼれた。


この配置。

この流れ。


――チュートリアル盤面。

「まずはここを揃えてみましょう」と、何百回と見せられた初期配置。


体が、勝手に動いた。

指先が空間をなぞり、魔素が引き寄せられる。

色が揃い、繋がり、連なっていく。


一段。

二段。

三段。


(……連鎖、入る)


スライムが眼前に迫る。

本来なら、恐怖を感じる場面なのだろう。それなのに、色とりどりの光が重なり合う様子はあまりにも美しかった。


宝石を溶かして流したような色と光の奔流。

それが集まり、圧縮され、解き放たれる。


解き放たれた色は閃光となって前方へ走った。

光が弾け、衝撃が空気を震わせる。次の瞬間には何も残っていなかった。スライムは音もなく霧散し、遺跡の空気は何事もなかったかのように静まり返っていた。


「…………」


しばらく、自分の呼吸音だけが耳の奥で反響していた。心臓が暴れている。手のひらが熱い。指先が、まだ光を握っている感覚を覚えている。


足元の石畳には焦げ跡が残っていた。

ほんの一瞬前まで“ゲームの雑魚敵”だった存在が、いま確かにこの世界で消えた証拠。


やっぱり、夢ではない。

私はゆっくりと、もう一度、自分の手を見る。

細く白い指先。そこに残る微かな震え。


怖かったのは間違いない。あの瞬間、もし連鎖が噛み合わなかったら、もし盤面を見誤っていたら。


――死んでいたかもしれない。


そう思った途端、背筋を冷たいものが流れた。だと言うのに、胸の奥には熱が残っていた。


「……きれいだったな」


色とりどりの魔素が重なり合う瞬間。揃った色が呼応し、ひとつの流れになり、圧縮され、解き放たれるまでのあのわずかな時間。あれは、恐怖をつかの間忘れるほどに美しかった。命のやり取りの最中に、きれいさに見惚れてしまっていた。


一体ここがどこで、どういう状況なのか。自分のよく知るゲームに似ている気がするが、なぜなのか。

確かなことは何一つ分からないのに、視線は無意識に空間を探してしまっていた。


あの色、あの光の奔流。それを自分が組み立て、導いたのだという感触。

もう一度、あの光を掴んでみたい――


その時、石畳を踏む規則正しい足音が、遺跡の奥からゆっくりと近づいてきた。さっきまでの戦闘の余韻とは別の緊張が空気に混ざる。


「……今の魔法」


低く、よく通る声が空気を震わす。

振り返ると木漏れ日を浴びて、一人の青年が立っていた。


まず目を奪われたのは、その髪だった。

まばゆい金色。木々の隙間から落ちる淡い光を受けて、さらりと揺れるたびに、細い糸のような輝きが散る。遺跡の崩れた石壁さえ舞台装置に見えてしまうほど、その存在は場に馴染んでいない。


白地に金の装飾が施された衣装は遠目に見ても分かるほど仕立てが良い。アクセント的に散りばめられた赤い石が日差しを受けてきらめいている。


スラリとした体躯だが、立ち姿にはどこか自信と威厳が感じられた。

整った顔立ち。美しいが女性的ではない、男性らしい精悍さがある。なぜか頭の中では子うさぎの眼の前に現れたライオンが連想された。


赤い瞳が、まっすぐこちらを捉える。意思を持った強い瞳。

視線がぶつかった瞬間、空気が引き締まった。威圧ではない。敵意は感じられない。けれど逃げ場のない、澄んだ集中。


「見事だった」


彼は口角をわずかに上げる。その笑みは挑発的というより、純粋に楽しんでいるように見えた。

遺跡調査中に、あんな魔法を見られるとは思わなかった、と続ける声は、落ち着いていて余裕がある。


「強い民は大歓迎だ。小手調べと行こう」


その言葉と同時に、周囲の魔素がわずかに震えた。そのセリフにはどこか覚えがあった。


……来る。


盤面が、浮かび上がる。

さっきよりも、明確に。


彼の周囲に漂う魔素は、整っている。無駄がなく、偏りも少ない。けれど完全に均一でもない。意図的に“揺らぎ”を残しているような配置。


(うわ)


強い。

見ただけで分かる。

私は一歩、後ろに下がる。


本来なら、ゲームのストーリー上はここは負けるべき場面だ。いわゆる負けイベ。確かそういう展開だった。

彼が一歩踏み出す。それに呼応するように、赤と黄の光が一瞬、空間に走る。


思わず、こちらに向かって走る閃光を受けずに流した。青と緑を滑らせ、圧を逃がし、余波を別の色へ渡す。突然の攻撃を必死に受け流しながら目の前の青年を見る。

その赤い瞳は盤面ではなくこちらを見ていた。


ただ光を放っているのではない。

盤面を読みながら、こちらの選択を観察している。


(試されている)


一段、連鎖を組む。光が繋がる。

二段目を入れると、彼の眉がわずかに動いた。

そして三段。

魔素が重なり合う。

色がぶつかり、混ざり、裂ける。空間が光って歪む。

彼の放った魔法と、こちらの連鎖が正面から噛み合った。

衝撃。

足元の石畳が砕け、砂塵が舞い上がる。

視界が白く染まる一瞬の間、その向こうで、赤い瞳が細められたのが見えた。楽しい、と言っているみたいな目。


相手が攻勢を強める。まだこちらに合わせて出力を変える余裕がある。


ゲームによくある“負けイベ”というものは、こちらが勝てるようにはそもそもできていない。圧倒的な力量差に負けて、撤退してストーリーが進むものだ。


(でも)


私はこのイベントを知っている。ここで相手が使ってくる技も盤面も知っている。なんなら負けイベ攻略動画だって見たのだ。


(勝てる)


激しくなった攻撃を、光を組み替えて受け流す。

やはり強い。強いが、勝てる。この攻撃を、知っている。

知らず、口元が笑みの形を作っていた。光る色を次々に掴む。

自分がどう動けばいいか分かる。やり込んだ記憶が考えるより先に指を動かしていた。盤面の先が、見えてくる。


ああなんて、なんて


――楽しい。


次の瞬間、こちらの連鎖が一段深く入る。

光が圧縮され、奔流となって走った。


男が一歩後退する。

体勢を立て直そうとした、そのわずかな隙に最後の一手を滑り込ませる。集まった光が強い輝きを携えて飛んでいく。光は男に向かって大きく弾けた。


静寂の中、砂煙の向こうで男は動きを止めていた。


「……なるほど」


短く息を吐き、こちらを見る。赤い瞳に明確な興味が宿っている。


「俺の負けだ」


勝った。勝ってしまった。急に我に返るが、すでに勝負は決している。

これは、負けイベントだったはずなのに。

つい楽しくて、きれいで、止まらなかった。

あれでもこれ、勝つと、どうなっちゃうんだっけ……?


彼が一歩近づく。石を踏む音が、やけに大きく響く。


「名を聞こう」


名前?

名前って……そういえばわたしは、誰なんだっけ?一体どうしてこんな事になっているんだっけ?

対戦の余韻から現実に引き戻される。足元から混乱が押し寄せて来ていた。楽しさに押しやられていた恐怖がまとめて戻ってくる。


「ご、ごめんなさい!」


反射的に叫び、踵を返す。

背後から、わずかに驚いたような気配が伝わる。


「待て――!」


その声を背に、私は走った。

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