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一章【ウワサの転校生】第一話


ところで、あなたは、願い事はあるだろうか?



『叶えたい』


それはもはや、当たり前の、人としての欲求である。


ーー古くから人は、神社へ参拝をする。

それは歴史上の絵画でも描かれており、古いもので千年前以上から建てられているその場所には、老若男女、様々な人々が訪れた。


そして神社には、ご利益というものがあって、神々が得意とする”ご縁”というものがある。

学問に効果があり、恋愛に効果があり。このような噂は世代が変わろうと尽きない。


しかし、人の願いというのは必ずしも、世間に語れるような正当性のある話だけではないのである。

天命にすら見限られた残酷な現実を歩む者。

そこに救いの手を差し伸べるのは、天使の羽を広げた純白の神だろうか?……それとも。



ーー雁字搦めに絡みつく”ご縁”という糸すら断ち切る、『縁切り』のご利益が叶う神だろうか?




***



「なあ昨日の試合見た?徳谷のホームラン!」

「この前のシューマ超メロくなかった!?配信見ててよかったあ~!」

「あいつら付き合ってたらしいぜ。この前も遊びに行ってさーー」


教室は、世界の縮図だ。


桜の葉のような緑を羽織る小鳥が、花の蜜を啄む頃。

開け放たれた教室の窓から吹き込む春の香りに、花幡 綾は、落ちてきた横髪を耳にかけ直した。

条杉高校。縦四席の横五席。クラスの中央列、最後尾の席に座っている彼女は、

クラスメイトの日常に耳を澄ませては、メルカトル図法のようにクラスを俯瞰している。


「ねえねえ知ってるー?あの神社の話!最近ガチ流行ってるらしい!」

「そうなの?どんなどんな!」

「なんかさ、願った人との縁を切ってくれるらしい」


担任の授業が始まった。昼休み明けの正午。

ウトウト眠る人もいれば、後ろを向いて雑談してる人もいるし、或いは手を挙げて積極的に授業に参加している生徒もいる。

或いは肩にのせたペットに話しかけていたり、教科書を立てて第二の昼飯を爆食いしている人……エトセトラ。

綾は机の下に忍ばせていたスマホに視線を落とす。


『縁切り 神社』


綾が検索すると、真っ先にAIの要約文が表示される。


『その強力すぎる”縁切り”のご利益は、ご縁を断ちたいと願った人とかなり強制的に縁が切れる。

しかし願い方によっては、自分自身でさえひどい目にあってしまう』


……縁切り?”なんで”?

画像では白いお札の山がビッシリと貼られた岩や、太々と黒いペンで書かれた絵馬が結ばれていた。

こういう神社に頼る人もいるんだな、と。綾は黒板に書かれたタイムリミットにも気づかず、端末上の指を上に滑らせる。


『ご神体は三大怨霊の内、天皇さえ畏怖する、最恐とも名高い崇徳天皇である。

非業の死を遂げた怨念が、強力な力となって己すら滅ぼしてしまうような願いを叶えるのだろう。

実際にどんな形でも縁が切れたという声が多く、遠方から遥々訪れる人も多い』


確かに、先ほど聞いた噂と辻褄があっている。

最恐の怨霊だって。なんか強キャラ感あってかっこいー!

……などと考えてから、綾はふと、その指を止めた。


「私だったら誰を思い浮かべるんだろう」


コツコツ。綾はクルトガを回して、ふと顔を上げた。

そこにはしかめっ面の、担任の顔があった。


「答えも思い浮かんだか?花幡」

「ええーっと。いえ、考えたんですけど思いつきませんでした」


コツコツコツ。黒板をチョークでたたく音は、だんだんとテンポがはやくなっていく。

それに合わせてクラスの視線は綾に集まるのだが、当の本人は全く話を聞いていなかったので、黒板に書いてある問題を即興で解くことになった。


「そりゃあな。コソコソサボって上の空な奴は、そもそもこの問題を解いてなんかいないだろうな?」

「先生……それは違いますよ。見る前から既に、答えは出ていたんです」

「何……!?」

「そう!例えるなら『あれ~眼鏡どこ置いたんだっけな~』と家の隅々まで探してようやく鏡を見てはじめて、額にかけていた眼鏡に気が付くんです。それからようやく、眼鏡入れの重要さに人類は気づかされて……」

「まあいい。ちょっと時間押してたしな、大事な発表があるから授業はここまで。みんな、ちょっと待ってろ」

「待ってください先生ッ!ここからコンタクトより眼鏡の需要が高い論文について語る予定なんです!!」


そう言って担任は壁時計をみやり、急ぎ足で教室を出た。

緊張の糸がほどけて「ふう……」と額の汗をぬぐう綾の机の側面をつつくのは、黒板に向かって右隣りに座る綾の幼馴染、竜胆 雅俊だった。


「なに関係のないこと語ろうとしてんだよ!お前眼鏡かけたくないって言ってただろ!」

「だってさぁ気になった事ってすぐ調べてスッキリしたくない!?あと眼鏡ってかけてると雨粒一滴ついただけでもモヤるから、すごく!」

「気になるからって授業中にいじる奴があるかよ。それに前にお前が眼鏡嫌そうだったから僕は……はあ。馬鹿なやつと、しかも隣り合わせにまでなるなんてな……」

「なにぃ~!昔からそうやってさー!」


綾と雅俊は幼稚園から既知の仲である。

お互いに遊びたい遊具を取り合いになり、負けず嫌いなので、最後まで譲らずに二人で尻をギュウギュウにして滑り台を共に滑ったりしたもんである。


雅俊は内心、綾の相棒であるという自負は強いのであった。しかし、当の本人は無自覚で、綾と似て少し無邪気で明るい主人公のような人柄である。


「ねえねえ、まーちゃんって縁切りたい相手居る?」

「お前とは幼稚園からの仲だけど。そろそろ切り時だな」

「切り時ってなに!?っていうか幼馴染って最強のご縁なんだから切ってみろ!ホレ!」

「高校になってもCCレモンする奴があるか!」


バリアと攻撃で交戦していたところで、教室の扉がガララと開けられる。

先ほどまで授業をしていたこのクラスの担任——黒田は、いつも目の下に薄っすらクマができていて、冬眠後の気怠げな熊のような男であった。


「はいー注目」


騒めいていた教室内は、黒田が二度手を叩くことで静まり返った。とある生徒が肩にのせている動物の鳴き声もやんだ。黒田はこうして叱りつけるのではなく、行動や態度で注意を促すタイプであった。


「転校生が来ることになったから紹介するぞー」


静まったクラスは、火をつけた様に再び賑わった。

黒田が小声で「いいよ」と促すと、黒田の横を通り過ぎて、一人の青年が現れた。


「……?」


ピリッと、綾は肌に静電気が起きた感覚を覚えた。さきほどまで喧嘩腰だった雅俊も、片眉がピクリと吊り上がる。

一歩進む度に、教室中の重力が沈みこむような重圧。


一見すれば至ってごく普通の好青年で、何なら礼儀の正しささえ垣間見える。ただ、全身に纏うその奇怪さは隠しきれない、焦げた憎悪や怒りといった感情が、彼の雰囲気を醸成していた。



「成瀬だ。成瀬 顕人。出身は山間の方で……この前引っ越してきた。よろしく」



シン、と静まり返る中。その青年は黒板にチョークで淡々と自身の氏名を書くと、視線を浴びながら教壇の横で一礼した。


「ご家庭の事情で入学式の後に入学……になっちまったけど、ま、仲良くしてあげて。どこがいい?」

「選んで良いんすか」

「とはいっても三席あってな。ちなみに席順はくじ引きで俺が決めてたから、気に入らなかったらまた全員くじで引き直してもいい」

「そこまではいいっすよ。それじゃあ……」


顕人が座ったのは、綾の左隣だった。

顕人は周囲の視線を介さず着席する。少し猫背だった。まるで肩に、何かがのしかかっているように。


「よろしくね、成瀬くん!困ったことがあったら何でも言ってね、こっちのまーちゃんが助けてくれるから」

「なんで僕なんだ!?いいけどな。気兼ねなく話しかけてくれよ」

「……悪いが、あんまり俺に話しかけない方が良い」

「どうして?」

「望んでここに来た訳じゃないから」


転勤とか、親の都合でかな?そう綾が首を傾げている内に、

ちょうど学校の鐘が鳴り、その瞬間、クラスメイトが顕人の周囲に集合する。


「山間から来たの!?てことは山に住んでたの?野生動物に育てられてた的な?!」

「入学式出れなかったんだよねえ。これあげるよ。僕が育てたジャガイモ!」

「テメェ俺よりも目立ちやがってェ!!お祝いに体育館裏来いやァ…!!」


1-E組。このクラスは、圧倒的に、個性豊かである。

他クラスからも見物しに来る生徒がいる中で、綾は聞き逃さなかった。

俯瞰したクラスの扉の廊下側。


「……あの転校生だろ?ほら!」

「ええ!?こええ……”生き延びてた”っていう?」

「そうだよ、今話題になってるじゃん。縁切りで有名な”鳳華堂神社”の」


開け放たれていた窓から迷い込んできたのは、一匹の鳳蝶だった。

そのままふらふらり、ひらりと飛んで、そのまま蛍光灯にぶつかってしまったので、綾は慌てて指を差し出した。


「あそこの末裔がこの学校に来るなんてな」

「…おい、小さな声で喋れよ。つかこっち睨んでね?」


鳳華堂神社っていうところの。その生き残りの末裔?

それに、縁切りで有名なんてところは、早々ないはず……。


「それって……」


それはちょうど、つい今し方、検索していた神社とそっくりではないか、と。綾は逡巡する。

――次の瞬間。晴天の空に、稲光が走る。


学校中の蛍光灯が一斉にショートした。



「停電……?!」



すぐに電気は流れ、何事もなかったかのように時間は進む。

綾は「あっ」と、悲し気な声を漏らした。


飛んでいた鳳蝶は、綾の指に止まる前にふらふらと床に落ちて、そのまま動かなくなった。




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