第40話 大婚礼
夏の花や葉を集めて南国風の額縁ができあがった頃に、婚礼の日はやってきた。
早朝、軽く食事を済ませたレルシュトとディルナは、妖精王から届けられていた婚礼衣装の包みを開く。とても大きな包みだ。
レルシュトの衣装も、ディルナの衣装も純白だった。
「わぁ、真っ白です! すごく綺麗」
ディルナの婚礼衣装は、純白の豪華なドレスで、緻密で繊細なレース飾りとフリルがふんだんだ。スカート部分は、ふわり、と、かなり大きく拡がっている。
飾りの一部のように、光沢のある布地のドレーンが付属している。髪に飾るヘッドドレスは、前側は顔を隠すように極薄いレースで、後ろ側は綺麗なレース飾りがフリルのようになって肩口まで覆う感じだ。頭の上の部分には、大ぶりの白い花と小花とが、たっぷり乗せられていた。
ドレスやヘッドドレスを検分している間に、唐突に、衣装はディルナに着付けられている。
「わぁ、吃驚した!」
タップリな布地に包まれるが、胸元も肩も背も、肌が出ている感じだ。二の腕は素肌で、肘の辺りから、手首の枷から変わったレース飾りまで、一体となったように、綺麗なレースが纏っている。
スカート部分の裾を少し捲ってみると、レース飾りで作られたような靴を履いていた。足首の金鎖は、白いリボンを巻いたようなものに変わって肌に吸い付き、横合いには綺麗な白の花束の飾りが付いている。
「物凄く豪勢なドレスだ。妖精王の見立てだろうが、ディルナにピッタリだな。美しい花が咲いたようだ。首飾りにも良く似合っている」
そういうレルシュトにも、純白の正装めいた衣装が着付けられている。春祭りの時に着ていたものと似た形だが、後ろは長い二つの尖った布地で、とてもお洒落だ。白い光沢のある靴を履いている。
「レルシュト様の衣装も、とっても素敵です! 不思議な形です」
レルシュトの体型自体が、すっかり変わっている。正装の時は変身、といっていたから、今回もそうなのだろう。細身で均整のとれた体型だ。
「衣装は、どちらも、一万二千年前の流行が、だいぶ取り入れられたものになっているようだな」
「わぁ、一万二千年前は、こんな感じの婚礼衣装だったんですね」
ディルナは、人間界で婚礼に出た記憶はなかったが、婚礼衣装が白ではないことだけは確かだったと思う。
「ディルにゃ、これも身につけるにゃ」
レルシュトから頼まれて、ルバス家の金細工の帯を取りに行っていたザージュが、しゃらしゃらした帯を、宙に浮かせた状態で持ってきて、まず、レルシュトに手渡していた。
「ドレスに、とても良く合いそうだ」
レルシュトは嬉しそうに微笑んで、ザージュから渡された帯を、ディルナに向ける。
帯は、ふわり、と、ディルナに纏った。
妖精王からのドレスのデザインの一部のように、帯とそれに連なる鎖と飾りは、純白の中に、煌めきを添える。腹部への帯は、飾ってあった時と違って、もっとずっと繊細な、レース飾り風になっていた。金色のはずなのに、白い金剛石のような輝きだ。ディルナは頭の先から、帯から、足の先まで、純白に飾られていた。
不思議なほど重くはなく、却って軽くなった感じがする。
動くと、しゃらしゃらと、金細工の鎖や飾りが心地好い音をたてた。
「王宮からの迎えの馬車が来たようだ」
レルシュトが呟いた。相当派手な衣装になったディルナとレルシュトと、ちゃんと正装を纏ったザージュが馬車に乗り込む。
とても立派で大きな馬車は、馬形に変身しているらしい精霊が四体で引く様子だった。
屋敷で纏った時は、豪勢に拡がっていたドレスだが、馬車の中では、少し大人しめな感じで、収まりはよかった。
ディルナは、ゆったりとした後ろの席に、進行方向を向いてレルシュトと並んで座り、前の席には、ちょこん、と、ザージュが座っている。
「兄上も、ディルにゃも、すごく素敵にゃ」
ザージュは、ウットリとした視線を向けながら言った。
馬車は、滑るように走り出し、春祭りに行った時と同じように、宙を飛んでいる。
途中から、レルシュトの領地に住む空を飛べる者たちが、花びらを撒きながら、馬車と併走するように、少し手前の空を駆け始めた。
「わぁ、すごく綺麗。すごいすごい!」
かなりの数の精霊や妖精たちが、馬車と一緒に移動している。
花びらの舞うのも凄いが、たくさんの方々が一緒に移動しているのが壮観だった。
王宮へは、信じられないほど早くに到着した。
馬車を降りると、物凄い数の者たちが、王宮の前から、王宮の中の庭まで埋め尽くしている。二人は拍手のようなざわめきに迎えられた。
そして、春祭りの時よりも、門から王宮までの距離が、随分、近くなっている。
門から、王宮の入口の階段の奥まで、赤く長い絨毯が敷かれていた。
「あれ? 王宮って、こんなに門の近くでしたっけ?」
ディルナは、こっそりとレルシュトに訊く。近く、とはいえ、それなりの距離はある。赤い絨毯の外の庭の部分は、妖精や精霊で埋め尽くされていた。
「今回は祭ではなく、婚儀だからな。王宮の位置を戻したのだろう」
レルシュトの言葉から推測すれば、春祭りの時は、王宮を遠くにして庭を拡げていた、ということだろうか?
「では、行こうか。腕を組んで行くんだよ」
レルシュトが衣装を纏った腕を少し曲げ、ディルナはそこに手を掛ける感じだ。顔を覆うベールが自然に下りてきたが、視界は良好なままだった。
ザージュは、赤い絨毯のレルシュト側の少し外を、一歩遅れる感じで歩いてついてきている。
門から赤い絨毯へ脚を踏み出すと、純白のドレスの後ろのドレーンが少し伸びた。
ヘッドドレスの後ろ側のベールも、なんだか大きくなっている。
進む内に、どんどんドレーンは伸び、ベールも、どんどん拡がってゆく。
伸びたドレーンは、絨毯に近い地面に立つ者たちによって、そっと持ち上げられる。
ベールは、空を舞う精霊や妖精たちが、持ち上げて空へと舞い上がる。
どんどん伸びたり、大きくなったりしても、ディルナにとっては軽やかなままのドレスだったが、そうして、ベールは庭一杯に拡がり、ドレーンは赤い絨毯を白く変えて行く。
彼方此方から歓声が聞こえる中、ディルナとレルシュトは、しなやかな足取りで赤い絨毯の上を進み、やがて王宮の階段にさしかかる。
階段の横には、レルシュトとザージュの両親が正装してニコニコしながら佇んでいた。ザージュは手招きされて、其処に寄り添った。
その後ろには、ラハイカ、イェリエラ、ティメセロム、屋敷へと小物を取りに来た精霊や妖精といった見知った顔が居る。
ディルナはレルシュトと共に、赤い絨毯敷きの階段を上がっていった。
王宮に入るとすぐに少し高い豪華な造りの台があり、そこに、妖精王と王妃とが、にこやかに存在している。
ディルナはレルシュトと共に立ち止まり、衣装の導くままに、一緒に丁寧な礼をとっていた。
「レルシュト・ルバスとディルナ・ミノ、其方たちは、ここに婚姻し、共に、生涯、妖精界の住民として過ごす。他の世界に紛れ込むことは許されぬ」
妖精王が高らかに宣言した。式の言葉らしい。
「まぁ、夏至祭で人間界に紛れこんでも、共に、ちゃんと妖精界に帰って来られるから安心して祭りを愉しみなさい」
と、親しげな表情と声音とで、言葉が付け加えられた。
「レルシュトとディルナは、黄昏の地までも、必ず、一緒ですわ」
続いて王妃が宣言する。
「だから、来年からの夏至祭は、必ず、派手に愉しむのですよ」
そして、そんな風に、優しい声音で言葉が足された。
「では、誓いの口付けを!」
妖精王が一際、高らかに言う。
口付け?
ディルナは首を少し傾げたが、隣でレルシュトが微笑んでいる。
レルシュトはディルナの顔の前のベールを捲りあげ、少し顔を傾げるようにして、ディルナの唇へと口付けた!
互いの左手の薬指に、繋がった光の輪が灯る――!
わぁぁ、と、割れるような大きな歓声が王宮と王宮の庭全体に轟き渡っていた。
「とこしえに共に歩もう」
にっこりと黒猫の顔に笑みを宿してレルシュトが囁く。
「はい! どこまでも、ずっとレルシュト様と共に参ります!」
鳴り止まない歓声と、拍手のような音が鳴り響く中、レルシュトとディルナは、もう一度口づけた。
レルシュトと共に、振り返ると、ドレーンとベールは、拡がった分だけ外れて、空高く舞い上がって行く。高い所で一瞬、光輝くと、パァッ、と、花びらに変化して、舞い踊り始める。
沢山の者たちの祝福へと感謝するように、レルシュトとディルナは深く礼をした。
長い長い幸せな時が、これからも、ずっと続いて行く。
それは、全く疑う余地もなく。ディルナは今も、これからも、ずっと幸せで一杯だと感じていた。
完




