あれの話は禁句だろっ!
翌朝、名残り惜しげな女王たちに見送られ、三蔵たちは無事、女児国を出たのだが。
やはり、誰かがつけてくる気配があり、気になった。
「ちょっと私がお師匠様に化けてみましょうかね」
と何故かちょっと嬉しそうに八戒が言い出す。
「やめてくれ。
……なんとなく」
と三蔵は言った。
似てなくてもやだし。
似すぎててもなんかやだ、と思いながら。
「では、仕方がないな」
と馬の横を歩いていた悟空が言い出す。
「やはり、俺が三蔵になろう。
そして、ひとりになってみる」
「危ないぞ、悟空」
と馬が言い、
「お前、人間の男のフリをするたび、美女たちにキャーキャー言われていい気になってんじゃないのか」
と三蔵が言った。
悟空は白馬に乗る三蔵を見上げ、
「どんな師匠だ。
まず、弟子の心配をしろ。
馬が先に心配してくれるとかどうなんだ」
と文句を言っていた。
「まあ、相手が接触してきたら、とりあえず、捕まってみるよ。
その方が状況がわかるだろう」
そう悟空は言っていて、そして、とっつかまった。
「どういうことだ!
玄奘三蔵こそ、太宗が執心していたあの女だという噂だったのに!
どう見てもこいつ、男じゃないかっ」
と声を荒げたむさくるしい男に、悟空は胸板を叩かれた。
この野郎、覚えてろよ、と縛り付けられたまま、自分を捕らえた連中を睨む。
粗末な小屋だし、括りつけられている柱くらい倒せそうだが、当初の予定通り、捕まったついでに、奴らの狙いを聞きだそうと大人しくしていたのだ。
「だから、あんな流れ者の話を真に受けちゃ駄目だって言ったんだ」
「ああっ?
誰だ! それなら三蔵を捕らえれば、太宗から大金がふんだくれるって言ったのは!」
早々に男どもは仲間割れを始めてしまった。
なるほどね。
こいつらは、『女の三蔵』を探していたのか。
「だいたい、後宮に忍び込んだときに見た連中によると、思わず拝みたくなるような、たおやかな美貌の女だったって話じゃないか。
こんな頑健な男なわけないだろ!?」
「女装させてみたらわからないじゃないか!」
軽く話に乗ってしまったことを責められていた男が苦し紛れにわからないことを言い出す。
「もしかしたら、太宗はそういう趣味があって、こいつを女装させていたのかもしれん!」
勘弁してくれ……。
そろそろ逃げ出そう、と悟空は思ったとき、斜め後ろの窓の向こうに気配を感じた。
ひょこひょこと覗く小さな頭とその横の豚の耳には覚えがあった。
「おい」
と前を見たまま呼びかける。
「なんで助けに来ないで、そこで隠れて見てる」
八戒ではなく、三蔵の方がひょっこりと顔を出して、苦笑いしてみせた。
「いや、いつ女装すんのかなと思って」
揉めていた連中がこちらの遣り取りに気づいて振り向く。
そのとき、ドアから入ってきた男が叫んで、こちらを指差した。
「あっ! そいつだ!
そいつが本物の三蔵だ!」
明らかにその指は窓の外の女を指差していた。
どうやら、その後宮に忍び込んだ一味の一人らしい。
「この莫迦……」
追いかけられていた事情が、さっきの話の通りであるなら。
僧である変装を解いて、女に戻った状態では、捕まえてくれと言わんばかりではないか。
「逃げるぞ!」
と縄を解くと、窓を飛び越え、三蔵を小脇に抱えて、駆け出した。
「待って! 兄貴! 置いてかないで~っ!」
役立たずの八戒は白龍に首根っこを咥えられ、引きずられてくる。
どうやら、白龍は八戒を乗せたくないようだった。
男を乗せて、運ぶのはごめんのようだ。
待てっ! と追ってきた連中は意外にしつこい。
悟空は肩に三蔵を担ぎなおす。
荷物のように抱えられたまま、三蔵は思わずと言ったように叫んだ。
「悟空っ!
たまには空を飛んでみたらどうだっ!」
「あれの話は禁句だろっ!
嫌いなんだ、俺は。
空を飛ぶのがっ!」
あれ、とは筋斗雲のことだった。
三蔵を連れて走りながら、悟空は真っ青な空を見上げて思う。
今、此処に筋斗雲があったら。
いや……無理だ。
自分は空を飛べないのだから。
その訳を、今は思い出しつつあった。
この長い長い旅の始まりの、あの場所でああしていたことの意味を、今なら冷静に考えられるから。




