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 2日目は昼ごはんの後、図書館でフェルと話し会っている。

 私は無意識に、膝の上にある本に視線をやっていた。[王家の血筋 不老に悩む者へ]というタイトルの本だ。

 フェルは自分のルーツを、包み隠さず話してくれた。まるでおとぎ話のような、現実とはかけ離れた

 世界の話し。そう感じてしまった。

 フェルが私の目を覗きこむ。何か言おうとして、再び口を閉ざしてしまった。寂しげに伏せられた瞳に、私は胸が苦しく感じる。

 フェルはソファから立ち上がり、扉の方へ向いた。

 彼の手を握って、引き留める。

 握り締めて、私は放さない。手を放しまったら、フェルは自分の生まれを怨んで、心を私から離してしまう。

 そんなの嫌だ。


「今まで他の人達を見て、いいな、いいな、って思ってて……。だけど今は違う。フェルが教えてくれたんだよ。恋人の温かさ、幸せの見つけ方」


 私の目じりに溜まった涙に、フェルはキスをした。


「アカネ、元の世界に帰りたいと、思うだろう。その時に―」

「ないよ」


 嫌でも思い出す。

 白い蛍光灯が、私を照らし続けている。

 外は昼なのか、夜なのか。視線を横に向けて見える数字は、時計じゃなくて、心電図だった。私の。

 あの絶望の日々は、終わったんだ。


「元の世界に、帰りたいなんて思わない。私は向こうで死んでいるから」


 手から伝わる、フェルの体温を感じる。


「フェルが、私の居場所を作ってくれた。ありがとう」


 向き合うように体勢を変え、フェルは左手で私をグッと引き寄せた。

 心を通わせる触れ合いじゃない。熱い息が視線が、私に降り注ぐ。

 背中に当てられていた、彼の手が動く。私の体のラインを沿うように。

 不意に、フェルが離れた。まるで自分を押し殺すようだった。


「駄目だ。まだ、駄目だ……」


 私はいつの間にか、体を強張らせていたみたい。

 フェルが立ち上がり、扉の方へと歩いていく。

 違う。違うの。待って、お願い。


「フェル!」


 ゆっくり振り向いたフェル。図書館の扉が向こう側から開いて、逆光でフェルの表情が見えない。


「時間が惜しいと思ったのは、始めての経験だ。意義のある日々は、愛しい者が居てくれるからこそだと分かった。俺からも、感謝の気持ちを伝えたい。ありがとう」


 背を向けて歩きだした彼を、私は止められなかった。

「ありがとう」が、哀しげに満ちた声だった。まるで「さよなら」と言われたみたい。

 扉を開けた人が向こうから声をかけた。


「フェルウォーク様、会談のお時間になりました」

「ああ、今行く」


 フェルが行ってしまった。扉が閉まる音がやけに、大きく重く響いた気がした。

 私は、フェルを傷付けたんだ。





 書の狭間で、ナッツ入りのクッキーを頂いている。いつもなら美味しい美味しいって、ぱくぱく食べちゃうのに、喉に通すのが億劫だ。

 ミトさんが紅茶を淹れてくれてる。沈んだ気持ちが、顔に現れていたのかも。気遣って声をかけてくれた。


「喧嘩をしましたか?」

「んー……違うの。なんていうか、こう……。応えられなかった、というか」


 あいまいな説明しかできなかったけど、ミトさんは分かってくれたみたい。私の目線に合わせてしゃがみ、諭してくれた。


「相手の気持ちに応えたい、というお気持ちを否定しません。ですが、心を置きざりにしたままでは、御自身が傷付きます。速急はなりません。……幸い、フェルウォーク様も、時間がおありになりますから」


 先程まで膝の上にあった本が、思い出される。


「私はフェルほど、時間ないよ。だから焦っちゃうんだ。喧嘩じゃないけど、でも仲直りしたい。どうすれば、いいのかな……」


 ミトさんは顎に指を当てて、真剣に考えてくれた。

 本当は私自身が考えて、答えを導き出して、行動しなくちゃいけない事だ。

 でも、怖い。

 失敗できない。

 初めての恋人を、失いたくない。


「フェルウォーク様は、アカネ様が好き。それだけで、十分でございましょう」


 心にあった、もやもやとした感情がスッと消えた。不思議と思い、顔を上げる。

 立ちあがったミトさんは、優しげな表情だった。


「何もしない、という選択肢はいかがですか?」

「……どういうこと?」

「権力を取り戻すべく、尽力をされておられる所でしょうから。フェルウォーク様とデートする日を、心待ちしていましょう」


 ようするに。忙しいから邪魔しちゃ駄目よ、て事かな。


「フェルウォーク様の周囲に、危険が及びます。アカネ様、部屋の外に行かれる際は、お声をかけて下さい」

「わかった。でも、フェルは大丈夫なの?」

「城内はサイダス様方、騎士がおりますから。問題は外で傷を負われた際、陛下がお怒りになるということです」

「なるほどー」


 なるほどと言いつつも、実際はよくわかってない。

 フェルは王族で、王様の家族。攻撃されたら、怒るよね。なのになんで、邪魔扱いする人達が居るんだろう。悲しいじゃない。

 机に広げていた、古文書を片付ける。


「フェルのお父さんって、すごかったらしいね」


 歴史書に書いてあった知識だけど。


「お嫁さんを貰いに、他国に圧しかけたとか」

「ふふっ。あの時は、御父様に震えました。」


 思わず愚痴をしてしまった。


「親子なんだね。フェルも、強引なところがあるんだよ。もう少しさ、ゆっくり絆を深めていきたいのに……」


 片付け終えたころに気付く。今の会話に、少し違和感を感じた。

 ミトさんを見る。

 ミトさんが首を傾げて、束ねている蒼いポニーテールが揺れた。


「いかがなさいましたか? クッキーのおかわりでしょうか?」

「ううん、違うよ。もうすぐ夕飯だから、おかわりは止めとく」


 古文書を所定の場所に置いて、椅子から立ちあがる。


「夕飯にフェルと会ったら、なんて話そうかな……」


 書の狭間から出て、部屋へと向かうべく、廊下を歩き出す。

 昨日の夜は、部屋で夕飯を一緒に食べた。恋人が出来たという嬉しさで、全然覚えてないけど。

 フェルは、悲しんでいた。自分が拒絶されたと思って。何もしない、という行動が難しい。


「こちらに、いらっしゃいましたか」


 廊下の向こうから人が来た。

 誰だろうと思って気が付く、先程フェルを迎えに来た人だ。

 私の変わりに、ミトさんが対応してくれる。


「何かご用でしょうか?」

「伝言でございます。フェルウォーク様に、接触するのは今後止めて頂きたい。人質をなくしてよいのか? 以上です」

「伝言しかと聞き届けました」


 伝言係りの人の背中を見送り、完全に見えなくなった所で聞く。


「人質って……私の事?」

「フェルウォーク様です」

「ええっ? なんで?」

「複雑な事情がありまして」

「私、フェルに会えなくなるの?」


 ミトさんが、私の頭をやさしく撫でてくれる。

 子供をあやす、お母さんみたいだ。


「哀しげな顔を為さらずに。数日以内には、可能となるよう整えます」

「私、邪魔者かな?」

「いいえ。そんな事はございません。フェルウォーク様が、動かれたのです。全てはアカネ様のため。これ程すばらしい事は、ありませんよ」


 これは照れてもいいのかな。


「ふふっ。王城の膿共を絞り取る良い機会です。手加減は致しません」


 ミトさんが、時々こわいです。

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