無能の姉、ゴミのように捨てられる
「――あー。エレナ?悪いんだけど今日で婚約、ナシってことで。お前みたいな陰キャの無能が、次期公爵な俺の隣に立つとかマジで草。片腹痛いんだけど」
きらびやかな王宮の夜会(笑)。
そのど真ん中で、元・婚約者のセドリック様が、全能感に満ち溢れたドヤ顔で言い放ちました。
ぶっちゃけ、周りの視線が痛すぎてこっちのメンタルが削れるレベル。
彼の腕には、私と同じ金髪を揺らした、あざとい少女がこれでもかと密着しています。2歳下の妹、リリアです。
「お姉様、ごめんね? でもセドリック様、リリアの『聖なる香り』に完全に沼っちゃったの。万能パフューム作れるリリアこそが、公爵家にふさわしいんだって。実力差ね」
リリアはわざとらしくうるうるした目で、庇護欲をそそるムーブをかましながらセドリック様の胸に顔を埋めました。
周囲の貴族どもは、私を哀れむというより、完全に不審者かゴミを見るような目でクスクス笑っています。民度低すぎでは?
「そうだぞエレナ。お前は昔からリリアの引き立て役(笑)なんだから、身の程を知れ」
後ろから冷酷な追撃を飛ばしてきたのは、私の実の父親であるボルドー伯爵。
我が家は代々『聖なる魔力入りの香水』を調合して、王族や高位貴族の呪いとか病気を治して大儲けしてきた家系です。
妹のリリアは、幼い頃から「天才調香師キター!」ともてはやされてきました。
一方の私は「魔力ゼロの無能」「出来損ないの姉」ってことで、屋敷の地下室にぶち込まれ、リリアの雑用とか香水の『下準備』をワンオペでさせられてきたわけです。
「セドリック様……。本気で言ってます? 婚約破棄、ですか?」
私はあえて、悲劇のヒロインっぽく俯いて声を震わせてみました。
「くどい! 薬草すり潰すしか脳のない陰キャに用はねえんだよ。伯爵家からも除籍決定だから。その辺のドブで野垂れ死んでろ!」
「……おk。そこまで言うなら、喜んでお受けします」
深く頭を下げた瞬間、私の口元が、ふっと笑みの形に歪んだことに誰も気づいていません。
(――ヨッシャアアア! やっとブラック実家から脱出できる……ッ!)
誰も知らないんですよね。
妹のリリアがドヤ顔で売ってた「聖なる香水」の、本当の裏側(笑)を。
ぶっちゃけ、リリアに香水を調合する才能なんて1ミリもありません。あいつがやってたのは、最後に見栄えのいい小瓶に香水を移し替えて、自分の魔力をミリ単位で乗せただけ。
その香水のベース――絶妙な配合で薬草を組み合わせて、ガチのチート効果を引き出していた「本当の調香師」は、地下室でボロボロになりながら社畜してた、この私、エレナだったのです。
私の作ったベースがなきゃ、リリアの魔力なんてただの「ちょっと匂う水」です。乙。
しかも、私がこれまで実家の調香室に仕込んでおいた特殊な「触媒の香」も、私が家を出れば数日でバフが切れます。
私を切り捨てたことが、どれほどの致命傷になるか。
独り立ちすらできない妹と、目先の利益に目が眩んだクソ親父は、まだ何も気づいていない模様。
「おい、何ぼーっとしてんだ。荷物まとめてさっさと消えろ。お前の部屋のものは全部リリアのな」
親父が冷たく言い放ちます。
別にいいけど。私の部屋、母親の形見のすり鉢と、いくつかの薬草の種しかねーよ。
夜会の会場からつまみ出され、王宮の外へ一歩踏み出したとき、冷たい夜風が私の頬を撫でました。
ドレスはボロいし、行くあてもない。詰んだか?
……いや、私の心は驚くほど軽やかでした。
これからは、あの暗い地下室で、妹の代わりに徹夜で薬草をすり潰す必要はない。自分のために、大好きな香りを調合できる。神か?
「さて、どこで限界スローライフ始めよっかな……」
ポツリと呟いた、その時。
カツン、カツンと、やたら重低音のきいた足音が、夜の静寂に響きました。
現れたのは、漆黒の外套を羽織った一人の男。
夜の闇を溶かしたような黒髪に、射抜くような鋭い氷の青い瞳。圧倒的なラスボス感と、周囲の空気を秒で凍らせるような冷徹なオーラを放つその姿に、私は思わず息を呑みました。
王国の最北端を治め、その冷酷さから『氷の死神』と恐れられている、ギルバート・フォン・アスラン辺境伯。
「お前がエレナ・ボルドーか」
地を這うような低音ボイスが、私の名前を呼びました。
「っ……え、あ、はい。そうですが。辺境伯様が、私みたいな者に何か御用でしょうか……?」
ビビって一歩下がろうとした私に、ギルバート様は懐から一つの小さな香水瓶を取り出しました。
それは、私が数年前に、一度だけ試作品として城の市場に適当に流した、名もなき安価な香水。
「探したぞ。この香りを調合した者を」
「え……?」
「俺の領地は、今、謎の魔障気によって土地が枯れ、人々が病に倒れている。あらゆる聖女や高位の魔術師を頼ったが、効果はなかった。だが――」
ギルバート様は、香水瓶をめちゃくちゃ愛おしそうに見つめました。ギャップ萌えか?
「お前が作ったこの香水だけが、我が領地の呪いを一瞬で霧散させた。エレナ、俺の城へ来い。お前の力を必要としている。拒否権は、ない」
「私の、力……?」
「そうだ。もし来てくれるなら、お前を我が辺境伯家の正妃として迎え、生涯、何不自由のないホワイトな暮らしを約束しよう。お前を虐げたあの伯爵家など、いつでも握り潰してやる」
鋭かった氷の瞳が、一瞬だけ、嘘みたいに優しく揺れました。
実家からゴミのように捨てられた無能(笑)の姉。
しかし、私を待っていたのは、バッドエンドではなく――世界で最も気高く恐ろしい男からの、ガチ求婚でした。
って、ちょっと待って。展開早すぎじゃない?
完全にテンプレ婚約破棄からの逆転ルートに入ってるけど、流石に辺境伯の正妃はハードル高すぎでしょ。
というか、初対面の女の子に「拒否権はない」とか、どんな俺様キャラだよ。顔が良いから許されるタイプのやつじゃん。
「あの……ギルバート様。お言葉ですが、私は魔力を持たない無能として実家を追い出された身です。そのような大役、とてもではありませんが……」
「無能? 誰がそんな戯言を言った」
ギルバート様は一歩、私に近づきました。
うわ、めっちゃ背高い。そしてめちゃくちゃ良い匂いがする。冷たいミントと、かすかに燻ぶる上質な薪のような、いかにも「強者の男」って感じの香りがします。これ香水じゃないな、本人のフェロモン的なやつだ。強い。
「その香水に含まれる薬草の配合、そして魔力を通さずとも植物本来の生命力を限界まで引き出す特殊な抽出法……。これを無能と呼ぶなら、世の調香師はすべて木偶の坊だ。お前の技術は、我がアスラン領にとって唯一の救いなんだ」
「はあ、まあ……そこまで評価していただけるのは、調香師冥利に尽きますけど……」
「なら、話は早い。すぐに発つぞ。俺の馬車が外に待機している」
「えっ、今から!? いやいや、心の準備とか荷物とか――あ、荷物はすり鉢しかないわ」
完全にギルバート様のペースに巻き込まれ、私は王宮の門の前に停まっていた、やたらゴツくて黒塗りの高級馬車(防弾仕様っぽいやつ)に押し込まれました。
中に乗ると、シートが信じられないくらいフカフカ。何これ、高級ホテルのソファ?
「……寒くないか?」
馬車が動き出すと同時に、ギルバート様が自分の漆黒の外套を脱いで、私の肩にふわりとかけてくれました。
「あ、ありがとうございます……」
っておま、優男かよ! さっきまでの「氷の死神」どこ行った!?
外套からは彼の香りがダイレクトに漂ってきて、なんだか一気に心拍数が跳ね上がります。
「お前の実家、ボルドー伯爵家については、すでに我が情報部が調査済みだ。地下室に軟禁し、妹のゴーストライターをさせていたそうだな。……許しがたい」
ギルバート様の目が、スッと据わりました。車内の温度がマジで5度くらい下がった気がする。冷気パッシブスキルでも持ってるんですか?
「まあ、あそこは完全にブラック企業でしたからね。でも、私が抜けたことで、あの家は勝手に自滅しますよ。リリアの『聖なる香り』なんて、3日もすればただの生臭い水になりますから」
「ほう……?」
私はここぞとばかりに、実家への愚痴混じりにネタバラシをしました。
「リリアの魔力は、香りの効果を『一時的に拡散する』だけのブースターに過ぎないんです。核となる薬草の絶妙な黄金比率は、私が全部頭の中で管理して、その場で調合してました。しかも、調香室の壁や道具には、私が特殊な『触媒の香』を染み込ませてベースの劣化を防いでいたんです。それが切れたら、もう同じものは二度と作れません」
「なるほど。文字通り、お前こそがボルドー伯爵家の心臓だったわけか」
「そういうことです。だから、私がわざわざ手を下さなくても、次の大口の納品あたりで盛大にやらかすと思いますよ。ざまぁみろって感じです(笑)」
思わず素が出て口元を緩めると、ギルバート様がフッと、本当に微かに笑いました。
何その破壊力。国宝級のイケメンが不意に見せる笑顔、マジで心臓に悪いからやめてほしい。
「お前は、強いな。虐げられていたと聞いて、もっと怯えているかと思ったが」
「まあ、終わったことですし。これからは自分のために薬草が弄れると思うと、ワクワクの方が勝っちゃって。あ、でも、アスラン領の魔障気対策はガチでやりますよ。お給料に見合うだけの仕事はします!」
「給料などいくらでも払う。だが、言ったはずだ。お前を迎えるのは『正妃』としてだと」
「いやいや、それは流石に利害関係の一致による偽装結婚的なやつですよね? 領民の手前、身分を与えた方が動きやすい的な」
「いや、本気だが?」
ギルバート様は、私の手をそっと両手で包み込みました。
その手は驚くほど暖かくて、氷の死神なんて二つ名が嘘のようです。
「俺は、お前の作ったあの香水に救われた。魔障気で不眠症に陥り、狂いかけていた俺を唯一眠らせてくれたのが、あの安価な試作品の香りだったんだ。その作り手を、ずっと愛したいと思うのは、おかしいか?」
「あ、ええっと……」
ストレートすぎる重低音プロポーズに、私の脳内キャパシティは完全に限界を迎えました。
地下室の社畜から、一気に公爵家を見下ろす辺境伯夫人へのステップアップ。
「……エレナ。俺の隣で、お前の好きな香りをいくらでも作るといい。お前を縛るものは、この領地には何一つない」
「――っ、わかりましたよ。そこまで言われたら、乗っかるしかないじゃないですか」
私は顔が赤くなるのを隠すように、ギルバート様の外套に深く顔を埋めました。
ボルドー伯爵家、そしてセドリック様。
私をゴミのように捨てたこと、せいぜい地獄の底で後悔してくださいね。私はこっちで、最高にホワイトな限界スローライフ(仮)を満喫させてもらいますから!




