第0話 鉄平と女神様。物理的干渉不可!?
結論から言おう。
この二人、実はとっくに両思いである。
――だが、決定的な「壁」があった。
「いよいよ最後の試練ね……準備はいい?」
「はい、女神様。この試練が終わったら叶えたい願いがあります……」
グータッチをするが、すり抜ける。
女神の視線が、すり抜けた拳から、鉄平の手の甲から手首へほんの一瞬だけ落ちた。
(……相変わらず、良い筋の出方をしている)
神々しい顔で、何を見ているのか。
最後の試練。
それは最後の主人公・白狼を、正しいヒロインと結ばせることで完遂する。
「そう……頑張ってね」
鉄平
(この試練が終わったら女神様に……)
女神
(この試練で鉄平を……)
時は遡る。
♢
(――ここは、どこだ)
意識を取り戻した鉄平は、白一色の空間に立っていた。
床も、壁も、天井もない。
ただ、どこまでも続く白。
「……俺、死んだのか?」
鉄平は記憶を辿る。
俺の名前は三上鉄平。
最後の記憶は――。
交差点。
信号。
ブレーキ音。
そして、衝撃。
――そうだ。交通事故に遭ったのだ。
「あなたは前世で、不慮の事故により亡くなりました」
背後から、澄んだ声が響いた。
振り返ると、そこにはいかにもそれらしい姿の女性が立っていた。
神々しい光をまとい、優雅に微笑む。
異世界の女神。
「転生するにあたり、あなたの『願い』を聞きましょう」
テンプレだな、と思った。
でも同時に、胸の奥がざわつく。
――どうせなら。
どうせ死んだのなら。
「……ハーレム主人公になりたいです」
鉄平は、自分で言っておいて少し恥ずかしくなった。
「モテモテな人生を送らせてください」
情けない願いだ。
だが、女神は馬鹿にしたりしなかった。
「多くを望むのですね」
彼女は静かに頷く。
「では、そのための“試練”を与えましょう。これは、あなたにお願いしたい、成功と報酬の『仕事』です。完遂した暁には、あなたの望む世界を約束します」
「おお……さすが女神様。頑張らせて頂きます」
安堵しかけた、その瞬間。
「ただし」
女神の声が、ほんのわずか低くなる。
「途中で失敗した場合、あなたは転生できません。魂も、記憶も、完全に消滅します」
「……は?」
「あなたに課す試練はこうです」
淡々と、宣告される。
「あなたは『ギャルゲー世界の友人』として、十人の主人公をハッピーエンドに導きなさい」
――主人公、じゃない?
「恋の主役は、あなたではありません」
女神ははっきりと言った。
「あなたは“友人”です。助言し、支え、背中を押す役。十人全員をハッピーエンドに導ければ、転生は成功です」
「……失敗したら?」
「消滅です」
女神、良い笑顔。
♢
こうして、鉄平の試練は始まった。
一人、二人、そして九人の攻略。
SNS炎上。
ファッション。
ダイエット。
マッチングアプリ。
様々な出会いを、鉄平は後押しし続けた。
女神は、最初から鉄平に期待していたわけではない。
むしろ、侮っていた。
最初の試練では、失敗させるつもりさえあった。
死んだら終わりだと焚きつければ、きっと泣きつくだろうと思っていた。
「助けてください」と。
神にすがる人間を、女神は何度も見てきた。
けれど――鉄平は泣きつかなかった。
それどころか、試練を乗り越えながら少しずつ変わっていった。
恋に悩む主人公の相談に乗るため、ファッションを学んだ。
自信のない誰かの背中を押すため、美容や髪型にも詳しくなった。
ダイエットに付き合い、トレーニングを覚え、食事管理まで身につけた。
最初は、どこにでもいる平凡な少年だった。
けれど、九つの試練を越えた頃には違っていた。
人のために考え、人のために動き、人の幸せを自分のことのように喜ぶ。
そして、その積み重ねは彼自身にも返っていた。
気がつけば、体脂肪率は一桁。
服の上からでも分かる、無駄のない身体。
シャツ越しに動く肩。
袖をまくった時に見える前腕。
背中に薄く浮かぶ筋肉のライン。
――努力の跡が、身体に出ている。
女神は、それを見て思った。
(……良い)
思ってしまった。
高次存在としては、もっと神々しく、もっと清らかな感想を抱くべき場面だったのかもしれない。
だが、仕方ない。
女神様は、業の深いタイプの筋肉フェチだった。
もちろん、それだけで恋をしたわけではない。
誰かのために努力して、いつの間にか自分自身まで変えてしまう。
そんな鉄平の姿が、どうしようもなく眩しかった。
そして、気づけば――。
女神自身が、鉄平に恋をしていた。
「俺、なんか……やり遂げた感じがしたんです」
ある試練を終えたあと、鉄平は胸のあたりを握りしめながら言った。
「誰かの力になれたっていうか。“手応え”を感じたんです。」
「もちろん、ハーレムって響きが嫌いになったわけじゃないです」
鉄平は、少しだけ苦笑する。
「でも今は……それそのものより、自分でも誰かの背中を押せるんだって分かったことの方が、ずっと大きいんです」
そして。
「俺、試練が終わって……次の人生は美容師とかスタイリストの資格を取ろうかと思ってるんです」
夜の灯りの中で、彼の瞳がまっすぐ女神を見ていた。
「やりたいことが見つけられて……女神様には本当に感謝してるんです」
その言葉を聞いたとき、女神の胸に小さな熱が灯った。
(試練やってて良かった……)
そんなふうに思ってしまうくらいには、もう手遅れだった。
だが、この二人は近いようで遠い。
人間と、高次元存在である神。
干渉の制限により物理的に触れることが出来ないのだ。
鉄平としては、女神は自分に夢を与えてくれた恩人だった。
いや、それ以上の存在になりつつあった。
(ハーレムよりも、願いでなんとかならないだろうか)
そう考えるくらいには、鉄平も満更ではない。
けれど、住む世界の違いがある。
好意はある。
感謝もある。
それ以上の感情も、たぶんある。
それでも、踏み出せない。
だから、女神は勝負に出た。
自らが人間となり、鉄平と恋愛するために参戦する。
ハーレムの願いを阻止するために。
※女神様は、鉄平の願いがまだハーレムだと思っている。
「しかし……人に成る代償。この世界のルール、厄介ね」
神から人間になる。
それだけで、力には制限がかかる。
そして、もうひとつ。
女神は、自分から鉄平に正体を明かせない。
もしそれを破れば、この体はこの世界から弾き出される。
だから必要なのは――。
鉄平が、自分の意思で見破ること。
認識阻害の向こうにある真実。
「人間 天野凛=女神」
それは、まるで人魚姫の魔法だった。
ふと、女神は鉄平の言葉を思い出す。
彼は少し照れながら、こんなことを言った。
――俺、おとぎ話の魔法ってあんまり好きじゃないんです。
――結局、自分の力じゃないから、いつか消えてしまう。
その言葉は、女神の胸に小さな痛みを残していた。
鉄平。
この魔法を解いて。
私の名前を呼んで。
――抱きしめてほしい。
それが、女神の願いだった。
ハーレムは選ばせない。
自分を選んでほしい。
それは、試練ではない。
女神自身のエゴだ。
※注意
女神様は自分の恋愛に関してはポンコツであり、立てた作戦の尽くが裏目に出ます。
鉄平
(この試練が終わったら、願いで女神様と結ばれたい!!)
女神
(この試練で鉄平の願いを阻止して私を選ばせる!!)
両思いなのに、なぜかズレているこの二人。
そして迎えた最後の試練。
二人の世界の壁は破れるのか。
さあ、どうなる。




