第15話 正義の心とか全く無いんで
いわゆる厭世的な人間は、決して斜に構えているわけではなく、ちゃんと現実を見据えているだけだと思うのですよ。
この世界が――良いモノではないと正しく認識できている。
それが特別に優れたマインドセットというわけでもありません。
ましてや、それを持っているから偉いわけでもない。
むしろ貧乏くじばかり引いている不憫な存在でしかない。あるいは、ただの中二病か。
これまでの人生、頑張ってもろくなことがなかったし……みたいな。その経験則に基づいた世の捉え方なのです。
そんな風に出来上がった人間は、もうおしまいです。社会不適合者です。
なにせ不遇な環境下、自分のリズムで能動的な活動ができなかった故の思想ですから、そう凝り固まってしまった時点で、メンタル的にはそこそこ限界かと思われます。
そうなると甲斐甲斐しい生き方など、もはや不可能。
手に力が入らなくなるような脱力感が常にあります。
断言しておきますが、逆境や困難で人は強くなれません。却って、心が脆くなっていく一方。
苦しい中で、強くあればあろうとするほどドツボに嵌まる。
「若いうちの苦労は買ってでもしろ」という教訓が、下の世代に面倒を押し付けたいがための詭弁でしかないことは、もはや周知の事実でしょう。
実際、苦労なんて、しなければしないほど良い。
苦労したところで得られるモノは何も無く、限られた貴重な時間を浪費し、ただひたすらに身も心も磨り減らすだけ。己のスキルを磨くための努力とは全く異なります。
あとには何も残りません。
強いて言うなら、病気以外の何も残りません。
イヤな思い出は――酷い仕打ちをされてきた記憶は――生きていく上での糧になり得ない。
……私は今でもまだ、あの怖くて恐ろしい夢を見ます。
ふとした時に蘇るトラウマにも、いちいち苛まれてしまう。
早く死にたい、早く死にたい……って気味の悪い独り言も抑えられず、勝手に口から漏れ出す。
毎日、寝ても覚めても過去の記憶に魘されている。
ようやく誰にも侵害されない幸せな生活を手に入れたのに……セブン様がせっかく助けてくれたのに……私はこの期に及んでも尚、くだらない呪縛に囚われているのです。
一体、いつになったら立ち直れるのでしょうか。
気付けば、スクイーズをニギニギしながら現実逃避の動画鑑賞ばかり。
ずっとやりたかった創作活動も手つかずのまま、怠惰な日々を送っております。
最近はVlogとお料理系と、ピットブルが骨を食べるショート動画にもハマっている。
……といった具合で、累積したストレスは、生きていくための原動力にならないどころか、人間を堕落させていくだけなのです。
こんなん負担以外のなんでもない。
なので、もうこれ以上、治らない心の傷を増やさぬよう、かわいそぉ~な自分のことを大事に大事にして、意識的に余計な苦労は背負い込まないよう努めております。
――だから、ヒーローになんか、絶対になりたくない。
人助けなんて、最上級の徒労じゃないですか。見返りどころか、恩を仇で返されることもしばしば。
この世界は――良くないところです。
ありとあらゆる不幸を許容している酷い場所です。
素晴らしくも、美しくもありません。
本当は生きていく価値も無いし、救済に値する人間もほとんど存在しない。
多くの痛みと引き替えに唯一得られたこの真理だけは、せめて大事にしていきたいのですよ。
とはいえ、別にヒーローが嫌いになったわけではありません。
ヒーローに助けてもらえなかったから、嫌いになった……だなんて、逆恨みもいいところですし。
ただ、今後の人生で自分がそっち側へ立つ気は毛頭ないといいますか、恐れ多いと申しますか……。
ヒーローになりたいだなんて、大それたこと……まあ、子供の頃に一時だけ考えたことはあるのかもしれませんね。
でも、今は微塵も憧れていません。
なによりも私には、ヒーローになるため、一番大切なモノが欠けておりますし。
いうて、あのアロアルって人にも、いまいちそれを感じませんでしたが……。
「おはよう、ハートマン」
午前六時五十分。誰もやりたがらない早出の業務を押し付けられているので、さっさと起床します。
そして、ハートマンぬいに朝の挨拶。
「おはようございます……セブン様」
ヘッドボードの上に、ちょこんと座っているセブンぬいにも微笑みかける。
ところで、昨夜は運良く例の悪夢を見ませんでした。それだけで随分と寝覚めがいい。
歯を磨き、顔を洗って、化粧水を顔面に塗布し、髪をセット。着替えつつ朝食用のゼリーを吸いながら部屋を出る。
そんでエントランスまで降りたけど、しっかりかっちり鍵をかけたかどうかの強迫観念に駆られ、引き返してドアガチャで施錠を確認……ん?
え、待って。これって、デジャヴ?
いやいや、普通に朝の支度をして家を出ただけじゃん。そりゃあ、いつも通りだって。
そんな、まさかね……と思いたいところですが、悪い予感だけは確実に当たる不条理もこの世の常。
遠回りしている余裕はなかったので、せめて注意深く、また曲がり角で衝突しないよう、そっと道の先をのぞき込むと――
「よっ!」
「うわぁっ!」
不意に背後から声をかけられました。
……って、なんか、これもベタだなぁ……。
恐る恐る振り向くと、笑顔のアロアルがそこに立っていた。……ああ、これはストーカーってことでいいんですかね?
じゃあ、今度こそ住民票閲覧制限のため、警察にはまともな対応をして頂かなければ。
しばらく無言のまま、私はじろーっとアロアルに冷たい視線を浴びせました。
が、そこに込められた意図を汲み取れる相手でもなさそう。
ふぅと諦めて嘆息し、ぺこっと会釈します。
「あ、ども……」
「おう」
「じゃ、出勤中なんで、失敬……」
必要最低限の礼儀を示し、軽い感じでお別れしました。所詮は縁もゆかりもない他人同士ですので。
当然の如く、しつこいグイグイ男は後ろから付いてきます。昨日はこれで撒けたんだけどな……。
あの後、そういえば帰り道が同じだったことに気付き、結局はアスエリアで少し時間を潰してから帰宅しました。
共に茶番を演じた手前、告白まがいのことをされたのもあり、一日経っても尚気まずい。
「待て待て待て! 話だけでも聞いてくれって!」
「話、とは……ていうか、昨日、丁重にお断りしましたけど……」
「お前、あのあと、すぐに帰っちまったから詳しいことは何も教えてねぇじゃん!」
相も変わらずのごり押しっぷり。粘着力が強い人ってガチ目に苦手なんですけど……。
観念して立ち止まり、わざとらしい大きな溜息を吐く。
まあ、一応、彼なりに真剣なのかもしれませんし? こうなったら私も少しだけぶっちゃけてしまおう。
「あの……慈善活動なのか、ただのコスプレなのか、ホント……よくわかんないんだけど……どっちにしても、私にはヒーローとか無理なんで……絶対……」
「なんでだよ?」
「なんでって……そんなの……か、勘違いだからだよ……」
「勘違い?」
「ほら、コイツは人助けしてたから見込みあるなぁ~とか思っちゃったんでしょ……? ヒーロー物の始まりにありがちなヤツ……。でも、本当の私には、そういう正義の心とか全く無いんで……あれは何かの間違いであって……気の迷いというか……ただの気紛れっていうか……そもそも、あんなの人助けって云わないと思うし……」
「ん? なんだって?」
「……と、とにかく、無理なモンは無理ぃっ!」
話だけでも聞くつもりでしたが、逃げ癖の方が先に勝ってしまう。
脇目も振らずにずんずん歩いて進んでいく私と並走し、アロアルは一枚のA4用紙を手渡してきました。
「これだけでも来てくれ! 仕事が終わった後でいい! そこで話聞いてダメだったら、もうそれ以上、無理強いはしねえ!」
「合同テロ対策部隊……組織再編における臨時動員……。うえぇっ……なんですか、これ……」
「だから、ハートマンだよ! オレらが二人で、セブンとその仲間共をぶっ飛ばすッ! んで、目を覚まさせるッ! それにみんなが協力してくれるって話だッ!」
「いや、なんかもっと、こう……厳めしいヤツにしか見えないんだけど……。ていうか、これ絶対、機密文書的なあれでしょ……。いいんですか? 私みたいな一般人に見せちゃって」
「ん? どういうことだ?」
「……」
そこで呆れ果ててしまった私は二の句が継げず、あーだーこーだと捲し立てるアロアルの話を黙って聞き流すことにしました。これも大体、昨日と同じ状況ですね。
駅へ着くと、アロアルは足を止め、構内までは踏み入りませんでした。
さすがに今日はこれ以上、付いてこないか……。やっと既視感が途切れたようで安心しましたよ。
「夜の方がみんな都合いいだろってことで、結構、遅い時間に集まるんだ。センターの第六会議室! 英雄崇拝と世界警察の奴らも来る! そこでオレも待ってるからな!」
「なおさら、行きたくない。……警察、嫌いだし。それに、私はセブン様のおかげで……」
またしても口をつぐむ。何も言えないというか、何も言いたくありません。
実際、断る理由なんていくらでもありますよ。
だけど、私の抱えてきた事情をこの人に説明する義理なんて無いんだ。
思慮が浅いのは仕方ないとしても、こっちは露骨に嫌がってるんだからさ……。
もう執拗に絡まないでよ。
「……ま、そこまで言うなら仕方ねぇか。どれだけ素質があっても、やる気の無い奴がヒーローにはなれねぇし……。だけど、勿体ねぇな……。確か、候補者に選ばれるだけでも、支給金が出るとかないとか……。確か、五十万とか六十万くらいだったか? あ、やべぇ、これ言っちゃダメなヤツか……」
支給金、五十万、六十万――などのキーワードを耳にした私は踵を返し、彼へグイッと食い気味に迫りました。
「――行きます」
「へ? でも、さっき行きたくねぇって……」
「いや、もう、全然、行きますけど。とりあえず、行ってみます。うん」
「……なんだかよく解らねぇが、やる気になったみたいだな!」
アロアルは、私のまさしく現金な態度を真に受けてくれたようです。
無論、やる気なんてありません。完全にお金目的です。
五十万――もちろん、五十万イェンってことですよね。
それだけあれば、生活費が潤沢になる。超絶助かる。
……とかなんとか言いつつ、ほいほい釣られて行ったところ、やっぱり一銭も貰えませんでしたぁ~ってオチは往々にしてありえます。
ただ、行くだけ損がないことも確か。
なんだったら、テロ対策部隊とやらの情報を掴んでリークしてやってもいい。
そしたら、こんな私だって能力者機構アウト・オブ・コントロールの助けになるかもしれない。
……まあ、どこの誰が何を企んでどうしたところで、セブン様なら痛くもかゆくも無いのでしょうけれど。
「よぉし! そうと決まれば、さっそくウェンボスの旦那に話は通しておくぜ! ……おっと、そうだ! チャットのID、いまのうち教えとけよ!」
「あ、うん……」
こうなる展開は容易に想定できたのにも関わらず、全く心の準備をしていませんでした。
実のところ、男の人と直接、連絡先を交換するのはこれが初めて。
(くぅ……っ! 無心……無心……)
距離も近いので少しだけ緊張しますが……それを上手く悟られないよう、私は手際よく携帯端末を操作し、チャットアプリを起動――
「あ、あれ……? これって、どうやればフレンドの追加とかできるの……?」
「ああ、それ、オレもわかんねーや!」




