その後の二人③
ちょっとだけ耐え切れなかった。
「・・・ん」
身じろぐと、いつもと違う枕の感触。
瞼を上げ、見えた周囲の景色はどうも私の部屋のようではない。
ここ、どこだっけ。私は何をしてたんだっけ?
寝ぼけた頭で記憶を辿り、間もなく思い出した。そうそう、なんだか昨日はギートが妙に強引で、宿に連れ込まれたんだった。
しかし、彼の姿が視界の内にない。呆れて先に出て行ったんだろうかと思い、身を起こそうとしたら何かに阻まれた。
そこでやっと、私は目を覚まし、後ろから抱きついてきているギートに気づけた。
一応、まず自分の格好を顧みてみたが、特に悪さをされたような形跡はない。添い寝されてただけっぽい。まあ、ベッド一つしかないしな。他に部屋取れよとも思うけど。
ギートはまだ眠っているようだ。両腕の拘束は緩く、簡単に体の向きを変えられる。
もう立派に青年になった彼だが、無防備な寝顔は案外可愛い。この間、新しい義眼を作ってあげたから、眼帯もしてないのでよく見える。
もし結婚したら毎日この顔を見るんだろうか。もちろんまだまだ早いが、なんとなく、悪くはないような気がする。
「ギート朝だよー、おはよー」
どこか犬のようにも思えて、ぐりぐり頭を撫で回すと、眉間に皺が寄った。
「・・・もう少し色っぽく起こせよ」
「もしかして寝てるフリかなと思って」
ちっ、とギートが舌打ちしたので、読みは当たっていたようだ。兵士である彼は何かと鋭い。腕の中でもぞもぞ動いていたら起きそうなものだろう。
放してもらって、ベッドの柱頭にかけてたリボンを取る。私が髪を結う間、ギートはベッドの端に座って欠伸などをしていた。
おかげ様で私はすっきりした目覚めだが、彼はあんまり眠れなかったんだろうか。
昨日は全体的にずっと寝ぼけてて、色々やらかしちゃったせいかな。ぼんやりとは覚えてる。うむ、悪いことをした。
「今度はデートしようね」
提案しながら、さっきぼさぼさにしてしまった彼の頭を整えてあげる。
「何か希望はある? 迷惑かけちゃったお詫びに、できる限りのことはするよ」
「できる限りねえ・・・」
大人しく私に髪を梳かれながら、ギートは一旦何か口にしようとして、閉じて、また開いた。
「・・・別に、お前とゆっくり過ごせればそれでいい」
おぉ、なんだか毒気を抜かれた人みたいなこと言ってる。縁側の老夫婦じゃあるまいに。
「遠慮しなくていいのに」
「遠慮してんじゃなくて期待してねえんだよ」
「信用ないなあ」
まあ、彼の期待を裏切りまくっていることは自覚してるので、無理もないのかもしれないが。
「――わかった。じゃあ、次こそはギートの期待に応えるよ。なんだっけ、縄とかあればいいんだっけ?」
「待て。何する気だ」
ぼんやり眠そうだったギートの顔色が、瞬時に変わる。
「え? だって君、縛られるのとか好きって聞いたけど」
「どこ情報だそれっ」
「君がよく行くお店のお姉さんたちが教えてくれた」
「っ!?」
「ほら、あの歓楽街の一帯ってうちの薬屋のお得意様だからさ。皆、親切なんだよね」
藍色の両眼が今や大きく見開かれ、途端に彼は焦り出した。
「待てっ、誤解だ! 最近はそんな行ってねえしっ、つーかそういう系の店には一回も行ってねえぞ俺はっ!」
「そうなの? でも、お姉さんたちが君には素質があるって言ってたよ」
「なんの!?」
「正直、私にはそういう趣味もないし経験もないんだけど、君が喜んでくれるなら精一杯がんばるよ」
「がんばらなくていいっ!!」
「大丈夫、まかせて。私、大概のことはうまくやれるから」
「やれなくていいっ!! 俺に縛られて喜ぶ趣味なんざねえよ! 逆ならまだしもっ――」
「あ、そろそろ出勤時間だ」
「聞けよ!?」
あはは、朝から元気いっぱいだ。全部冗談なんだけど、何をそんな必死になって反論してるんだろう。
ついついからかい続けたくなってしまうのを我慢して、私は彼の手を取った。
「せっかくだから屋台で朝ごはんして行こ。君に喜んでもらえることは、また別に考えておくよ」
手を引くと、渋々といった様子でギートは立ち上がる。そして眉間に拳を当てながら、溜め息まじりにぼやくのだ。
「・・・お前なんか嫌いだ」
「はいはい。私は大好きだよ」
外に出ると薄青の空に白い太陽があって、今日も良い日になりそうだった。