第二百五話 最後の別れと思ったのが間違いだった
王城の中庭の方が俄かに騒がしくなった。これから始まる戦いに備え、それぞれが割り当ての防衛地点に移動を始めたのだろう。
張り出しで待っていると、やがて後援者の代表者たちが上がってきた。
俺は彼らに向けて右手を挙げた。懐かしさで口端が上がるのを感じながら。
「久しぶりだね、みんな。半年も国を空けてすまない。ついでに戻ってきてすぐに挨拶できなくてすまない。もう一つついでに半年間もの間、国を支えてくれたことを感謝する。よくやってくれた」
一同は俺に向けて頭を下げた。
「いい演説でしたな、陛下」
最も深くお辞儀をしていたエドワード・コーンウォールが頭を上げ、白い顎鬚をいじりながら目を細める。四大公爵家筆頭である彼が王城防衛戦の最高指揮官だ。
建国以来、この国では内乱が発生したことがない。もちろん籠城戦が発生したこともなく、その経験者も皆無に近い。だがエドワードは若い頃に大陸に観戦武官として派遣されていたことがあるため、籠城についても造詣が深いのだという。
「まさかそんな大昔の経験が生きることになろうとは……いやはや長生きはするものです」
「頼りにしてるよ。諸侯騎士団前団長殿」
期待を込めてエドワードの肩を叩く。
彼は恭しく頭を下げて承知の意を示したのち、親戚にして愛弟子であるリクサの方を向いた。
「リクサ。この世界の護り手たる勇者として、悔いの残らぬ戦いをしてきなさい」
「はい、おじ様。我が双剣に誓って」
先ほどまでボロ泣きしていたリクサだが、すでに元の凛々しい表情に戻っていた。
真っ赤になった目に固い決意を宿し、双剣を顔の前に掲げてエドワードに答える。
「チューチュッチュ! 盗賊ギルドが好きだとか言い出したときはついにトチ狂ったかと思いましたよ、陛下」
特徴的な笑い声を上げたのは盗賊ギルドのスチュアート。こんな局面だというのにこの男は相変わらず掴みどころがない。
俺は肩をすくめて苦笑いする。
「トチ狂ってなんかないさ。俺の“好き”の中にはお前も入ってんだぞ、スチュアート」
「そりゃあ嬉しい。全部終わったらまたみんなで万魔殿でお茶でもしましょうや。ねぇ姉さん」
スチュアートが横目で問いかけたのは彼の実姉であるマーサ・ルフト。
弟同様に掴みどころのないコロポークルの女性は口元に上品に手を当てて笑った。
「おほほ、そうですわね。そうできたら嬉しいですわ」
「約束だよ、マーサ」
俺が小指を立てて右手を差し出すと、マーサは自身の小指を絡めて約束の厳守を誓った。
「チューチュッチュ! そうそう、ラヴィ。お前、盗賊ギルドの代表なんだからキバってこいよ」
「えー? あたしもう卒業した身なんだけどぉ?」
唐突に話を振られたラヴィは迷惑そうに顔をしかめる。
対照的にスチュアートはずっと笑顔だ。
「全部終わったら戻ってきてもいいんだぜ? 幹部待遇で歓迎するからよ」
「んー……幹部? ま、考えとく。一応ね」
頬を掻きながら、片目を閉じるラヴィ。
周りでも後援者たちが縁のある円卓の騎士と最後の挨拶を交わしていた。
「いよいよですね! 皆さん!」
「頑張ってください!」
「地上は私たちに!」
「お任せあれですよ!」
いつもどおり息の合ったトークをしながら自慢の得物である巨大な槌を掲げているのは勇者信仰会の美人修道女二人組、エルとアールだ。
彼女たちに向かってイスカがぐっと両手でガッツポーズを作り、アザレアさんがぺこりと頭を下げた。
「おー、がんばってくるぞー」
「お二人は無茶しないでくださいねー。いや、ホントいつも無茶するんですから」
イスカとアザレアさんの後ろではヂャギーが両腕で力こぶを作り、やる気を示している。
彼の肩をノルデンフェルト家の当主であるグスタフが豪快に叩いた。
「頼むぜ、大将。その剣使ってるんだ。俺の分まで女神さんをぶった斬ってきてくれよ」
「ゼンショするんだよ!」
グスタフから受け継いだ彼の名家の魔剣『殻砕き』を手にヂャギーはドンと胸を叩いて請け負った。
ナガレのところには傭兵ギルドの代表であるイライザがいた。悪戯っぽく笑いながらナガレの頬を人差し指でつついている。
「うっかり死なないようにしなさいよー。貴女、体は一般人レベルなんだから」
「分かってるっつーの。命あっての物種、殉職するのは傭兵の恥、だろ?」
「そうそう。私が教えたこと、ちゃんと覚えてるみたいね。えらいえらい」
イライザはナガレの頭を撫でる。出来の悪い妹を褒めるかのように。
ナガレは瞼を閉じ腕組みをして達観したような様子でされるがままだったが、やがてぽつりと漏らした。
「ま、イライザも死ぬんじゃねーぞ」
「あら、素直ね」
「この間立て替えてやった飲み代、まだもらってねーしな。飲み仲間減るのも困るしよ」
「あはは、やっぱ訂正。素直じゃないわね」
笑いながらナガレの胸を叩くイライザ。
ナガレはしかめっつらを浮かべていたが、やはりされるがままだった。
デスパーは妹のデスビアと向き合っていた。デスビアには正式に後援者になってもらい、今日まで残ったエルフとコロポークルの取りまとめをしてもらっている。
無表情のまま見つめう、絵に描いたような美男美女。
「兄サン。ご武運を」
「デスビアも頑張るんデスよ」
エルフの兄妹の会話はたったそれだけだった。
相変わらずドライであるが、この二人にしてみればそれで十分なようだ。
そのうちアールディア教会のヌヤ前最高司祭が俺の元にやってきた。
扇子で口元を隠しているが、笑っているのは下がった目じりから明白である。
「思い切ったことをしたのう、ミレウス王。よもや王城の宝物庫を空にするとはのう」
ヌヤが言っているのは宝物庫の魔力付与の品を今回の作戦の参加者に与えてしまった件だろう。消耗品はもちろん、国宝クラスの貴重品まですべて配布してしまったのだ。それもまた彼らに作戦に参加してもらうための報酬の内に含まれている。
「まー、次の代が苦労するかもしれないけど……どうにかなるだろ。ここを乗り切らなきゃ次の代なんて来ないんだし」
「かっかっか。そうじゃな。出し惜しみしても仕方ないのう」
ヌヤは上機嫌に笑うと弟子であるシエナへと目を向けた。
「シエナよ。おぬしも出し惜しみなしでことに当たるのじゃぞ。これはワシらの復讐の戦いじゃ。必ずやアールディア様は力をお貸しくださるじゃろう」
「は、はい、ヌヤ様! 島の皆さんの分まで、わたしが復讐してきます!」
シエナは胸元にぶらさげた宗教的象徴――小剣とナタを模した小さなアクセサリーを両手で握り、確約した
最後にやってきたのは魔術師ギルドの十年に一度の天才少女、ネフだった。
いつもの自信にあふれた表情はなりを潜めており、代わりに不安そうに身を縮こまらせている。
「あのぉ陛下、ご命令通り魔術師ギルドが所有する魔力付与の品を全部、作戦参加者に配りましたけど……これ、本当によろしかったんですの? 禁忌指定されてたのまで配ってしまいましたけど」
「いいんだ。責任は全部俺が取る。禁止指定魔術も全部使ってくれていいぞ。どうせ君もいくつか覚えてるんだろ?」
「えー……まぁー……はい。そうですわね。今起きてるのは千人しかいないですしね。法律がどうのという状況でもないですし、ここまで来たらどうにでもなれ、ですわね」
『はぁ』とネフはため息をつくと、弟弟子であるブータに軽くハグをした。
「ブータさん。頑張ってきてくださいましね」
「任せてください! 魔術師ギルドの代表として、ネフ姉さんの弟弟子として立派に戦ってきますよぉ!」
すっかり頼れる存在となったブータは満面の笑みで約束をした。
どうやら皆、挨拶は済んだらしい。
あるいはこれが本当に最後の挨拶になる。
しかし不思議と悲壮感はなかった。
「それじゃあ、みんな。地上のことは頼んだよ」
先ほどの演説の時のように、頭を下げてお願いする。
後援者の代表者たちは一様に自信にあふれた顔で頷いた。
これで後顧の憂いはない。
俺は振り返り、十二人の仲間に呼びかける。
「行こう。この島と――ついでにこの世界を救いに」
十二人の仲間たちもまた全員揃って笑顔で俺に頷いた。




