第二百六話 扉を開けたのが間違いだった
現在の王都がある中央平野にはウィズランド王国建国以前から常に大きな都市が存在した。
それは百年続いた群雄割拠の戦国時代を越え、真なる魔王が世界を支配した第三文明期まで遡る。
それらの都市の支配者たちが増設と改設を繰り返した結果生まれたのが、王都の地下全体に蜘蛛の巣のように張り巡らされた複雑怪奇な地下通路、通称『旧地下水路』である。
――というのがこれまでの通説だった。
実際にはその歴史は更に古い。
数多の魔術同盟が覇を競った第二文明期を越え、長い長い暗黒期を越え――超高度科学の時代、第一文明期の絶頂期に世界首都――『黄金郷』がこの地の地下に建造されたのがその真の起源なのである。
百にも及ぶその地上からの入り口は、異質魔神が出現し始めた二年前の夏に俺が後援者に命じて徹底的に調査させ、厳重に封鎖させた。
例外はたった一か所。
王城の宝物庫にある冒険者ルドの銅像の足元。かつて俺とラヴィが発見したあの入り口である。
あそこは円卓の騎士か四大公爵家の当主しか入れないという防護魔術がかかっていたため、そのままにしたのだ。
「ミレくん、あたし思うんだけどさー。やっぱあそこって今日のためにルドが残してた気がすんだよね」
跳躍し、鍵のような形状の短剣――『冒険者ルドの埋蔵金』で上位魔神の首を軽々と刎ねた後、ラヴィは着地と同時に俺の方を向いた。
宝物庫の入り口から旧地下水路に潜って、すでに半日と少し。
広々とした鍾乳洞のエリアに俺たちはいた。
滅びの女神が差し向けたと思われる魔神や天聖機械との敵性遭遇はすでに十数回目。女神は俺たちの位置を正確に把握しているわけではないようだが、旧地下水路を下へ下へと降りるほど敵との遭遇頻度は増してきていた。
ラヴィは短剣を腰のホルダーに戻して、倒れた上位魔神のそばに屈みこむ。
「前にミレくんとここ冒険したときに出くわしたのと比べると強いのが出るようになったよね。やっぱ滅びの女神が復活しかけてるからなのかなぁ」
「たぶんね。すぐに入り口封鎖してよかったよ。こんなのが足元にうごめいてたなんて、王都の民は思いもしなかっただろうな」
俺は一応抜いていた聖剣を鞘にしまい、ほっと胸を撫でおろす。
女神が創り出す魔神や天聖機械は通常のものとは若干性能が異なる。
死後に爆発する、酸を吐く、毒を持つなど固有の特殊能力を付与されているのだが、今倒したこいつは爪を飛ばすという地味に嫌な能力を備えていた。
しかし今のラヴィが相手ではこのざまである。
『冒険者ルドの埋蔵金』に付与されている魔神や天聖機械への特効が効いているのはあるだろう。だがやはり純粋にこれまでの滅亡級危険種たちとの戦いでラヴィがレベルアップしているのが大きいのだと思う。
周囲ではまだ他のみんなが上位魔神と戦略級天聖機械の群れを相手に戦っている。
しかしそちらもじきに決着がつきそうだった。もちろんこちらの勝利という形で。
「……ところで気になってたことがあるんだけど」
ラヴィは熊型戦略級天聖機械を倒して戻ってきたデスパーにたずねた。
彼が肩に担ぐ、見覚えのある片刃の戦斧を指さして。
「デスパーくん、叶えるものは返還したはずだよね?」
「あらかじめそっくりな斧を作っておいたんデスよ。悪霊のことを抜きにしてもいい斧だと思ってましたし、長いこと使ったんで愛着が湧いたんデス」
「……用意がいいね」
あきれ果てたのか、ラヴィは目を閉じ口をつぐんだ。
そのうちすべての戦闘が終了した。
相手が相手なので多少の手傷を負った者はいたが、シエナがすぐに回復させた。シエナは後ろで見てただけの俺のところにも律儀に確認に来る。
「あ、主さまはお怪我ないですか?」
「大丈夫、大丈夫。……しかしだいぶ深くまできたな。そろそろ一度休憩入れるか? ヤバそうなのが一人いるしな」
と検討しながら、そのヘバってる奴の方を振り返る。
言わずもがなナガレだ。ナガレは戦闘にもろくに参加せず、息も絶え絶えに壁に寄りかかっていた。
半日以上も強行軍できたのだから無理もない。《瞬間転移》でショートカットできればよかったのだが、ウィズ山内部と同じようにここでは移動系の魔術は使えないのだ。
「やっと休憩かよ。もう足が棒だぜ」
と、愚痴りながらその場に座りこもうとするナガレ。
その腕をスゥが掴んで立ち上がらせる。
「チェックポイントまでもう少しっス。そこなら安全に休めるっスから頑張るっスよ、ナガレさん」
「マジかよ……」
ナガレは『うげえ』と舌を出したが、文句は言わずに歩き出した。
結局そのまま休憩なしで進み続けることになり――。
それから小一時間ほど経った頃だろうか。
辺りの様相が変化した。
足元と壁面がむき出しの岩肌から遺失合金で被覆されたものになる。
明らかに第一文明期に作られたと分かる半円形の隧道。
それは進むにつれて幅と高さを増していき、最終的に王都の大通りよりも遥かに広い道となり、天井も遥か遠くになった。
そこでスゥの話していたチェックポイントが見えてきた。
「……あれか」
俺たちは横一列に並んで、それを見上げた。
待ち受けていたのは巨大な両開きの黄金の扉。
形状は王城の正門に似ているが規模が違う。決戦級天聖機械がそのまま通れそうな大きさだった。
俺はしばし唖然とその門を見上げていたが、やがて気づいた。
歩いてきた道を振り返り、スゥにたずねる。
「こんなデカい門作る意味あったの? あっちに行ったら道細くなるから意味なくない?」
「あー、これは物理的な意味での門じゃなくて一種の魔術装置なんスよ。これが閉じてる限りはこれより下層にはどんな方法でも絶対にいけないっていう付与魔術の起点になってるんス。だからこれを避けて穴掘ったりしても無駄っスよ」
二百年に渡って固く閉ざされてきた扉。
その鍵を持つ人物に、スゥは目配せをした。
「ヤルーさん、お願いするっス」
「おうよ!」
待ってましたとばかりにヤルーが扉の前へと進み出る。
その手に開いて持つは奴の王家が代々継承してきた魔導書『優良契約』。
この島と近海に棲むすべての種類の精霊を揃えたその書は、扉と共鳴するように黄金の光を発していた。
「契約に従い――自己責任で――開け、古の扉よ!」
その呪文に意味があったのかは定かではないが――。
やがて黄金の扉は奥に向かってゆっくりと開いていった。
一切音を立てないので、その光景にはまったく現実感がない。
扉の先はこちらと同じような通路が延々と続いている。
「この先しばらく行くと転移の魔術陣がいくつもあって、それらがそれぞれ黄金郷の各地とつながってるっス。黄金郷の玄関口ってとこっスね。この扉の周辺は滅びの女神側の魔神や天聖機械は入れないように防護魔術がかけられてるんで、ここで最後の休憩をするっスよ」
スゥはそれだけ言うと、よいしょとその辺に腰を下ろした。
みんなもそれに習って座り込む。
俺も座って、懐から時を告げる卵を取り出した。
卵の放つ光は赤黒く、強さもだいぶ増してはきていたが、まだ少しは猶予がありそうだった。
「順調だな。イスカたちのおかげだ」
「おかげってなんだー?」
「ここ半年、頑張ってくれてただろ?」
きょとんとした顔のイスカの頭を撫で、革袋の水を飲ませてやる。
すべてを把握してる者は誰もいないと言われるこの地下通路をここまで迷わずに来れたのは、イスカやスゥやレイドがここ半年間の内にマッピングを済ませてくれていたおかげだ。ここから先の道はシンプルなようだし、時間に間に合わないという最悪の事態にはならないだろう。
あんまり早くついてもしょうがない。女神が復活してからでなければ、奴を遥か未来へ飛ばすという手法は使えないからだ。むしろ早すぎると女神の前でその眷属と延々と戦うハメになる。
「あとは上がどうなってるかだねぇ」
アザレアさんが干し肉を手づかみでむしゃむしゃとやりながら天井を見上げる。
封鎖した百近い出入口は今頃ほとんど破られているだろう。アザレアさんの視線の先――王都では激しい戦闘が繰り広げられているはずだ。
「円卓が破壊されれば聖剣も聖杯も力を失う。……が、今はまだ平気そうだな」
レイドが携帯栄養棒を口にしながら、俺の持つ時を告げる卵を覗き込んだ。
これも円卓から魔力の供給を受けて動いている魔力付与の品だ。これが機能しているということは、円卓が無事である証拠だ。
「心配なんだよ!」
「そうですね」
ヂャギーとリクサも天井を見上げる。他のみんなもそれに続いた。
重苦しい沈黙が辺りを支配する。
キアン島の深淵の魔神宮の攻略でも今回のように後援者や一般国民の力を借りた。
だがあの時と今では相手が違う。
滅びの女神がどれだけの手勢を繰り出してきたかは分からない。しかし中にはこれまで俺たちが遭遇したような上位魔神や戦略級天聖機械も大勢いるはずだ。
俺も心配でたまらなかった。
上の様子を知ったところで今の俺たちにできることは何もない。
それでも俺はブータに頼んだ。
「《覗き見》で地上の様子を見せてくれないか」
「え、い、いいんですかぁ?」
俺が頷くと、ブータは呪文を唱えて空中に姿見のようなものを出現させた。
その鏡面に現在の地上の様子が映しだされる。
この島では二百年ぶりとなる、戦争と言うべき規模の戦闘の様子が。




