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第二百三話 聖杯を現出させたのが間違いだった

「……強かったな」


 床に倒れ伏した悪霊を見下ろし、俺は(つぶや)いた。


 悪霊とデスパーの戦闘力は彼らの気分次第で大きく変動する。さっきのテンションの悪霊はひょっとすると円卓の騎士の中でも最強だったかもしれない。

 円卓の騎士全員のスキルを借りられるようになっていなければ、あるいは精霊界での半年の修業を終えていなければ勝てなかったのは確実だ。


「本当に成長したっスねぇ。ミレウスさん」


 俺と同じようにしみじみと(つぶや)きながら、スゥが部屋の隅から歩いてくる。


「そりゃスゥが精霊界にぶちこんだせいだろ。って、このやりとり、さっきもしたな」


「いや、そうじゃないっス。技術や痛覚耐性とかの話じゃなくて……精神力や(たん)力の話っス。悪霊さんに挑まれて、あんなあっさり受けると思ってなかったっスよ。器がまた一段と大きくなったように見えるっス」


「器って……なんだか照れるな」


 ぼりぼりと後頭部を()いて、悪霊のそばに屈みこむ。

 叶えるもの(メテオラ)の刃でできた切り傷はすでに再生していた。他に外傷はないし、特に処置する必要はなさそうだ。二度も腕を切断されて血液を失った俺の方がよっぽど問題である。


 立ち上がり、ここ半年の日々を回想する。


「精霊界にぶちこまれてすぐの頃は精霊の攻撃を耐えるのに必死で何も考えられなかったんだ。でもそのうち痛みに慣れたら退屈を感じるになって――だからずっと考え事してた。この島のこと。国民のこと。みんなのこと。ここ三年間のこと。色々考えてたよ。もちろんデスパーや悪霊、母さんのこともね。……それで自分にとって本当に大事なものが何なのか、分かった気がしたんだ」


 上手くまとまらないのを誤魔化すように肩をすくめる。

 器が大きくなったとかいうのの答えのつもりだったのだが、納得してもらえただろうか。


「ミレウスさんが成長してくれるのは嬉しいんスけどね」


 スゥは血にまみれた俺の左腕をハンカチで(ぬぐ)い、切断された部分を触ってそこがきちんと繋がっていることを確認した。


「悪霊さんが聖剣の鞘(レクレスローン)の絶対無敵の加護を突破した時はあーしも焦ったっスよ。正直、万能からは程遠い加護ではあるんスけど、正面から突破されることは絶対ないと思ってたっス」


「俺もだよ。アザレアさんに治癒阻害の短剣で頬をさくっとやられたときも大丈夫だったんだけどな」


 スゥは俺の顔についた血もハンカチでキレイにしてくれた。

 少し不満そうに眉を八の字に曲げながら。


「悪霊さんと戦うようにセッティングしたあーしが言うのもなんっスけど、ミレウスさんはちょっと自分のことを犠牲にしすぎる嫌いがあるっスよね。犠牲にしすぎるというか、最悪の場合、犠牲にしても構わないと思っているというか」


「それも王の資質じゃないか?」


「そう言えなくもないっスけど……でもミレウスさんに代わりはいないんスよ。王様の代わりはひょっとしたらいるかもしれないっスけど、ミレウスさんという個人の代わりはいないっス」


 スゥがチョイチョイと手でジェスチャーをする。(かが)めということだろう。

 素直にそれに応じると、スゥは俺を胸に抱きしめて頭を()でてくれた。


「母さんとしてはちゃんと最後まで生き残って欲しいっスよ」


「ああ、分かった。大丈夫」


 スゥの背中をぽんぽんと叩く。

 彼女は名残惜しそうに俺を離した。


 そこでタイミングよく悪霊がガバリと上半身を起こした。

 きょろきょろと辺りを見やり、床に転がっている叶えるもの(メテオラ)を見やり、それから呆然と俺を見上げた。


「オレ様、負けたのカ?」


「ああ。俺の勝ちだ」


「……そうカ」


 最後の瞬間の記憶がないのか、あるいはどうやって負けたのか理解できていないのか。

 ここからまたゴネられやしないかと一瞬不安になったが、やがて悪霊は声を上げて笑い始めた。


「ケケケッ! そうカ! 楽しかった! 楽しかったゼ、王サマ! ケケケケケッ!」


 悪霊はスゥに向けてぐっと親指を立てる。協力への感謝だろうか。


 (さめ)のような歯をむき出しにして笑い続ける悪霊。

 しかしやがて笑いをおさめて口を閉じ、理性的な顔になる。


「終わったようデスね」


 デスパーだ。

 手を差し伸べて、立たせてやる。


 デスパーは叶えるもの(メテオラ)を拾い上げると、その刃を布で(ぬぐ)った。

 それから俺に頭を下げてくる。


「感謝、感謝デスよ王サマ。アイツとの約束果たしてくれて、ありがとデス」


「あー、どういたしまして。……デスパーはいいのか? それ手放すことになるみたいだけど」


「大丈夫デス。斧との別れも受け入れてこそ、一人前の斧使いデスよ。……それに」


 デスパーはニカっと笑って、自身の胸を叩く。


「悪霊は今も昔もこれからも、ずっと自分の内にいるんデス。それは叶えるもの(メテオラ)を返しても変わらないデスよ」


 俺はデスパーの肩を叩いて頷いた。






    ☆






「それじゃ皆さん、配置についたっスね?」


 空中に浮かんだ四つの姿見に向かって、スゥは声をかけた。

 それぞれの姿見の鏡面には、別々の景色が映っている。


 一つは東都(ルド)。聖剣工房の奥にある個室作業場――かつてデスパーが俺の純白の鎧一式(ラウンズ・シリーズ)を造るために十日間こもったあの場所にラヴィとヤルーとイスカがいる。

 一つは北方交易街(ニューモーテル)。帰還者シャナクの異形館にあるシャナク本人が作成した版画の前にナガレとリクサとブータがいる。

 一つはオークネル近くの山中(さんちゅう)。魔神との契約の洞窟――ではなく、その隣にあるガウィス川の聖水化施設の一番奥にアザレアさんとシエナとヂャギーがいる。

 一つは王都の王城にある円卓の間。レイドがただ一人、自分の席に座っている。


 この姿見は王城の倉庫から引っ張り出した魔力付与の品(マジックアイテム)で出現させたものだ。《覗き見(ピーピング)》の魔術に近い効果があるものだが、同種の魔力付与の品(マジックアイテム)がある場所しか映すことができない。


 四つの場所にいるみんなも、同じように四つの姿見を出現させている。

 その一つにはここ、南港湾都市(サイドビーチ)の大灯台にいる俺とデスパーとスゥが映っているはずだ。


 東西南北、全班無事にたどり着けたらしい。普通の行き方では一日ではたどり着けない場所もあったのだが、魔術や魔法や魔力付与の品(マジックアイテム)を惜しみなく使わせたので、あまりそこは不安に思っていなかった。


『あー、儀式を始める前に一ついいか、王よ』


 姿見の一つから、円卓の間にいるレイドが珍しく遠慮がちに声をかけてきた。

 ズタボロになった大盾(ラージシールド)を円卓の上に置いて。


(オレ)の盾が消えたと思ったら、この状態で戻ってきたんだが』


「すまん。訳あって俺が壊した」


『……そうか。これは自動再生するから、別にいいが』


 レイドは顔の左右に向かって生えた触角を赤い(はさみ)でいじるだけで、それきり黙り込んだ。

 ずいぶんと従順になったものである。


「えーと、じゃあ気を取り直して」


 スゥが姿見のみんなに確認を取る。


「皆さん、準備はいいっスね? 行くっスよ!」


 聖杯を現出させる最後の手順の詳細は、先ほどスゥから説明があった。




 まず島の東端に位置する東都(ルド)


 聖剣工房の奥にある個室作業場でラヴィが屈みこむ。すると床の一部が動いて巧妙に隠されていた床下収納が(あら)わになった。

 ラヴィはそこに手を突っ込んで、両手に納まるくらいの小さな金庫のようなものを取り出した。


 かつて俺は聖剣が見せる統一戦争期の夢の中で、冒険者ルドがそこにそれを隠すところを見たことがあった。だがそれからいくら床を探してもその床下収納は見つからなかった。

 その理由は先ほどスゥから聞いた。その金庫のようなものと対となるアイテム――“冒険者ルドの埋蔵金”を所持していなかったからだ。


 ラヴィは腰にまいた革のホルダーから、その“冒険者ルドの埋蔵金”――鍵のような形状の短剣を抜き、金庫のようなものの前面についた穴に差し込んで回した。


 この一対のアイテムは統一戦争前に冒険者ルドがこの島で見つけた第一文明期の遺物(アーティファクト)だそうだ。

 その正体はこの島全体を術式陣へと変える起動鍵である。

 これで儀式魔術は始まった。




 続いて島の北端に位置する北方交易街(ニューモーテル)

 かつて俺たちを世界の狭間の海へと転移させたあのウキヨエにナガレが手で触れる。

 するとその絵があの時のように黒い渦に変わった。しかしナガレたちがそこに吸い込まれるということはない。


 世界を渡る訪問者(プレイヤー)の力。それを動き始めた術式陣へと注ぎ込み、永続睡眠現象に(とら)われて各地で眠り続けるこの島の民たちの精神にアクセスを開始したのだ。




 次は島の西端――というほど端でもないが、オークネルのそばのベイトン山にあるガウィス川の聖水化施設。

 かつて俺がシエナと共に訪れ、カワワカメと死闘を繰り広げたあの地底湖にアザレアさんが薬瓶から赤い液体を()らす。

 あれは半魔神(ハーフデーモン)であるスゥの血液だ。


 この地底湖の底には対象者の精神を切り離し、魔神のいる魔神月(ジュテッカ)へ転移させる力を持った魔神像が封じられている。

 スゥの血液によってその“精神を切り離す”という効果のみを活性化させたのだ。


 これにより、眠りについているこの島の民の精神を滅びの女神の魔の手から切り離す。


 スゥ(いわ)く、切り離せておけるのはもって数日とのこと。一時的に魔力を吸い上げられなくなるだけで永続睡眠現象そのものは治せないそうだが、この儀式魔術においてはそれで十分だった。




 最後は島の南端、この南港湾都市(サイドビーチ)の大灯台。


 デスパーが部屋の奥にある台座の上に叶えるもの(メテオラ)を置く。

 するとそれは戦斧(バトルアックス)から宝玉に形を変え、台座の中にすっぽりとおさまった。


 叶えるもの(メテオラ)は内なる強い願望を持つ者の前に、その者に相応しい姿で現れて力を貸す魔力付与の品(マジックアイテム)だ。

 その力を利用し、眠りについたこの島の民たちの願いを結集させる。


 彼ら、彼女らは滅びの女神に魔力を吸われながら恐ろしい悪夢を見ていた。

 ゆえに強い願いを抱いている。

 生きたい。助かりたいという切実な願いを。




 叶えるもの(メテオラ)によって集められた無数の願いは島の中心――すなわち王都で物理的に結実する。


 俺たち全員が固唾を飲んで見守る中、円卓の卓上、その中心に小さな石の杯が忽然(こつぜん)と姿を現わした。


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【第十席 スゥ】

忠誠度:★★★★★★★[up!]

親密度:★

恋愛度:★★★★★★★★★★★★★★★★[up!]



【第十一席 デスパー】

忠誠度:★★★★★★★★★

親密度:★★★★★[up!]

恋愛度:★★★★★★★★★★[up!]

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