第二百二話 絶対無敵だと思ったのが間違いだった
「ヒャッハー!!」
叫ぶ悪霊。
床を蹴り、這うような体勢で一直線に駆けてくる。
疾い。
こいつが戦う姿は何度も見てきたが、そのいずれの場面よりもずっと疾い――。
「オラァ!!」
間合いに入った瞬間に、力任せに振るわれる叶えるもの。
最重量級武器でありながら、その軌道はまったく見えない。
俺はとっさに左腕を上げて首と胴を守った。聖剣の鞘の絶対無敵の加護があるが、後でダメージが戻ってくることを考えて。
左腕に鋭い痛みが走り、肘から先がくるくると空中を舞う。
切断面から吹き出す鮮血。
一瞬、何が起きたか理解できなかった。
「はぁあ!?」
肘から先が飛んでいった方に転がり、悪霊と距離を取る。
もう大抵のことでは動じなくなったつもりだったが、さすがにこれには慌てふためいた。
「タンマタンマ! 嘘だろ、おい! なんで絶対無敵の加護が効かないんだよ! 異世界とかじゃないんだぞ、ここ!」
まくし立てながら、残った方の右腕を突き出して静止を求める。
無駄だろうと思ってたが、なぜか悪霊は最初の攻撃をした位置で止まってくれていた。
というか、アイツの方が俺よりも慌てていた。
「イヤ、なんで腕を切断されてんのに平然としてんダヨ!」
「あ? 平然とはしてないよ。びっくりしてる」
「そうじゃねーヨ! なんで腕斬られてびっくりで済んでんだって聞いてんダヨ! 痛くないのカ!? 痛覚遮断してんのカ!?」
「そんな能力ないよ。勇者じゃあるまいし。死ぬほど痛いけど、それは我慢すりゃいいだけだからな。精霊界じゃこんくらいは日常茶飯事だったから、もう慣れたよ」
唖然として――というより気持ち悪そうな顔をして、あんぐりと口を開ける悪霊。
どうやら攻めてこないようなので、これ幸いと切断された左腕を床から拾い上げ、シエナから《治癒魔法》を借りて呪文を唱える。
切断面がきれいだったからか、簡単にくっついた。
悪霊の向こうで、スゥが愕然とうめく。
「なんというか……無茶苦茶するようになったっスね、ミレウスさん」
「他人事みたいに言いやがって。スゥが精霊界に俺をぶちこんだせいだぞ」
「いやー、こんな風になるなんて思ってなかったっスよ。オフィーリアさんも驚いてたんじゃないっスか?」
「驚いてたなぁ。初代の奴らはどいつもこいつも無責任に……」
それで思い出す。オフィーリアのところに行く寸前のことを。
「大地精霊が言ってたな。エルフは世界の根幹でパラメータ調整された戦闘用種族で、デスパーはその中でも規格外品のハイエルフとかいうのだって」
「そういやそんなこと言ってたナァ?」
悪霊が食いついてきた。
ちょうどいいので、話を続けながら策を練る。
「ハイエルフは自分でそのパラメータを書き換えられるらしいな。【絶対蹂躙】――相手の防御と再生を阻害する種族固有スキルの効果量を書き換えて聖剣の鞘の加護を突破してるのか」
「知らねーヨ!」
「無自覚にやってんのか? ふーむ、それはそれで厄介だが……あ、おい、スゥ! 手を出すな!」
バッと悪霊がスゥの方を振り返る。
スゥは部屋の隅から動いてないし、動く気配もなかった。
ただ極めて渋い表情をしていた。
「隙ありぃ!」
背後から悪霊の背中を全力で斬り付ける。
――が、手ごたえはない。
鉄でも叩いたかのように俺の手が痺れただけだ。
「痛ぇなオイ!」
悪霊が振り返りつつ振るってきた叶えるものを、飛びのいてどうにか躱す。
聖剣の刃は悪霊の皮膚に傷一つつけられていなかった。体の強度と精神抵抗を飛躍的に引き上げるエルフの種族固有スキル、【破壊不能】の効果だろう。
コイツはコレで魔神将の魔術の連打すら耐えてみせたのだ。どんな攻撃をすればダメージが通るのか、想像もできない。
「ズルすぎる。最強の矛と盾かよ」
「いや、あんなやり方で斬りかかったミレウスさんも相当ズルいと思うっスよ」
スゥが冷静に突っ込んでくるので、俺はしっしと手で払う。
「母さんは引っ込んでてくれ。俺は全力で相手するって言ったんだ。当然、使えるものは全部使う。もちろん、ああいう手もな。引っかかる奴が悪いんだ。だいたいさっき悪霊だって不意打ちしてきたんだから、お相子だろ?」
と、口では言ったものの、先ほどの悪霊の不意打ちに当てる気がなかったのは分かっていた。
そもそも『ヤる気のない相手とヤっても面白くない』と俺の先延ばしを受け入れてくれていたのだ。あの初撃がただの挑発だったのは確実だ。
「ここに来て絶対無敵の加護を突破されるとは思わなかった。でもそっちは致命傷さえ受けなきゃいいからな。問題はこっちの攻撃がまったく通らないことなんだが、どうしたもん」
「隙ありだゼェ!!!」
俺のお株を奪うように、話の途中で悪霊が斬りかかってくる。
だが俺はお見通しだった。というか斬りかからせるために無駄話をしたのだ。
先ほどとまったく同じように左腕を犠牲に悪霊のなぎ払いを防いだのち、片手で握った聖剣で奴の右腕を狙う。
ただし今度は大声で叫びながらだ。
「【破壊不能】キャンセル!」
“強制代行権”。聖剣の親密度能力の一つだ。騎士のスキルを強制的に発動させたり、終了させたりできる。
それで悪霊の“盾”の効果を終了させたはずなのだが、結果は同じだった。
俺の聖剣が鉄のような悪霊の肉体に弾かれる。
どうやら間髪入れずにスキルを使用し直しているらしい。
「跳躍ッ!」
悪霊に反撃される前に、ブータから《短距離瞬間転移》を借りて部屋の隅へと転移する。
ついでに《物体召喚》も借りて、切断された左腕を回収し、再び《治癒魔法》でくっつける。
悪霊がこれ以上なく楽しそうに愚痴を漏らした。
「蜥蜴みてぇに切れたりつけたりしやがッテ! 首でも飛ばさなきゃ勝てねぇのかヨ!」
「蜥蜴は一度切れたらつかないぞ。あと首はやめろ。マジで死ぬから」
シエナがいない以上、ここで死ぬわけにはいかない。
万が一に備えて彼女を喚んでおくべきのような気もするが、たぶん悪霊は今後も致命傷になるような部位は狙ってこないだろう。
「喚ぶ……喚ぶか」
独り言ちているうちに閃いた。
「ウオオオオオオ!!!!」
今日一番の咆哮を上げながら悪霊が襲い来る。
部屋は広いが、俺に残された猶予はほんの僅か。
その間に俺は【瞬間転移装着】で左手にレイドの大盾を召喚し、その盾の裏でナガレのスキルである【保存の渦】を使って黒い渦を出し、そこから透明な液体で満たされた薬瓶を取り出した。
かつて暴走状態のヂャギーを二度に渡って止めたあの超強力な薬品だ。[異界調合士]であるナガレが合成した、こちらの世界にもあちらの世界にもない薬品。
摂取させられれば、この状態の悪霊でも止められる公算は高い。
問題はどうやって摂取させるかだ。
経口摂取を狙う手もあるが、ここはやはり――。
薬瓶の蓋を外す。
走ってきた勢いを乗せて、叶えるもので横薙ぎを放ってくる悪霊。
その刃に大盾を向ける。
盾の表面は叶えるものの刃に易々と貫かれた。
たが【受け流し】には成功した。
悪霊は勢い余ってつんのめる。
その一瞬の隙を突き、叶えるものの刃に上から薬品を振りかける。
最強の矛と盾だっていうんなら――。
「その矛を借りるぞ!」
悪霊の腕を両手で握る。
今のコイツに力で対抗することはできない。
コイツ自身の力を利用するように。コイツの力の方向を僅かに変える。
背中でも押されたかのように、悪霊は前のめりに床に倒れた。
だがすぐに立ち上がる。
「ウラァ!!!」
悪霊は叫びながら叶えるものを俺に向けて振り上げ――そして白目を剥いて床に崩れ落ちた。
その肩には、倒れた際に叶えるものの刃によって負った僅かな切り傷があった。




