第二百一話 エキシビジョンを受けたのが間違いだった
円卓の騎士、総勢十三名。
それを四班に分けて、島の東西南北に派遣する。
北は北方交易街。向かうのはナガレとリクサとブータ。
東は東都。向かうのはラヴィとヤルーとイスカ。
西は我が故郷オークネル。向かうのはアザレアさんとシエナとヂャギー。
そして南は南港湾都市。向かうのは俺とスゥとデスパー。
――というのが、スゥが話した聖杯を現出させるための最後の手順だった。
いや、レイドだけは王都に残るので五班に分かれるというのが正確ではあるが、ともかく俺たちはその手順を聞いてすぐに行動を開始した。
「ま、実を言うと、それぞれに行くのは一人で十分だったりするんスけどね。他の人たちは一応護衛ということで」
円卓の間に俺とヤルーが帰還してから丸一日ほど後、南港湾都市の街を歩きながら、スゥはそう解説した。真昼に差し掛かった頃のことだ。
本来なら最も賑わう時間帯にも関わらず、街には俺たち三人のほかに人の姿はない。どの店も民家も窓や扉に板が打ち付けられ、封鎖されている。
すでにこの街の住人も大半が滅びの女神の魔の手にかかり、醒めない眠りについてしまったのだ。眠りにつかずにここまで耐えた高レベルの者もごく少数いたはずだが、それも今は王都に移住している。よってこの街で人間に出会う可能性はまったくない。
この街――というより、島中どこへ行こうと王都以外は同じであるが。
俺は街の中に設営された大規模療養施設の方に視線をやった。
この街で眠りについた人々の体は、そこを含めた数か所に分散して安置されているはずだ。
今からおよそ三年ほど前、この港街を初めて訪れた時のことを思い出す。王都にも負けぬ活気に驚かされたあの日のことは今でも鮮明に覚えている。
「ウィズランド島の様子はオフィーリアが“ご褒美”として見せてくれてたけどさ。実際に自分で歩いてこの目で見ると、あらためて恐ろしくなるな」
誰ともなしに呟くと、前を歩いていたスゥが振り返った。
「そうっスねぇ。あーしもこうなることは予見してたっスけど、やっぱ嫌なものっス。統一戦争で焦土になった頃のこの街を思い出すっスよ」
俺の隣にはデスパーが歩いているが、叶えるものを肩に担いでいつもの無感動な顔でずっと黙りこくってるので、何を考えているかは分からない。
やがて俺たちは海に面した通りに出た。
そこでスゥが再び振り返り、たずねてくる。
「ところでミレウスさん。聖杯を現出させる方法に、何か予想あるっスか?」
「いや。島の四方に行かせたってことは、何か儀式魔術的なことをやるんじゃないかとは思ってるけど。……でも西がオークネルってのは変だよな。他は島の端にある大都市だろ? だったら西は西方水上都市だと思うんだけど」
「いい読みっスね。そう、儀式魔術ではあるんスけどね。別に正確に島の端である必要はないんスよ。だいたい東西南北であればいいんス。ちなみにアザレアさんたちに行ってもらったのは正確にはオークネルじゃなくて、その付近の山中っス」
「山中……」
そう言われて思い浮かべたのは、かつてアザレアさんを案内した魔神との契約の洞窟だった。スゥ自身が二百年前に半魔神となったあの洞窟だ。
それが正解なのか聞こうとしたが、その前にスゥが防波堤の突端を指さした。
「あーしたちの目的地はあそこっス」
「あそこって……大灯台か?」
スゥが指さしていたのは、手持ち灯を義手で掲げる豪快な女性の姿をした灯台だった。統一戦争後に建てられたと伝えられているこの街のシンボルの一つだ。
モデルとなっているのはもちろん、初代円卓の騎士の一人、海賊女王エリザベス。この街の海賊たちを牛耳ったと言われる女傑である。
あの灯台は俺も三年前に目にしていた。しかしそんな重要な施設だとは思いもしなかった。
「普段はただの灯台っスからね。重要なのはこの中っス」
スゥは大灯台の下までたどりつくと、塔の外壁に手を当てて何かを探し始めた。
外壁には光源のある屋上まで続く階段が設置されているが、そちらに用はないらしい。
「あったっス。よいしょっと」
スゥが隠しスイッチのようなものを押し込むと、外壁の一部が奥に引っ込んでスライドし、入口が出現した。
彼女に続いてそこから中に足を踏み入れる。
塔の中は薄暗かったが、すぐに魔術の白い明かりが灯って内部を見渡せるようになった。遥か上まで吹き抜けの構造になっており、内壁に沿うようにして螺旋状の階段が上に延々と続いている。
それを見て俺は激しい既視感に襲われた。
「あー、ここアレだ。リクサとやった勇者の試練で行った、最後の試練の塔に似てるな。双剣士ロイスの残留思念と戦ったとこなんだけど」
「そりゃそうっスよ。どっちもエリザベスさんが設計した塔っスから。上も似たようなもんっスよ」
スゥは振り返りもせずに答えて、スタスタと階段を上っていく。
俺はデスパーと共にそれを追った。
スゥの言葉どおり、構造は最後の試練の塔とまったく同じだった。
最上部付近と思われるところで階段は終わり、平坦なフロアに出る。
そこは塔の一階部分と同じ面積を持つ円形の部屋で、家具も装飾品もない殺風景なところだった。
試練の塔では奥の方の床にコーンウォール家の家宝である地剣アスターが刺さっていたが、ここにはもちろんない。
代わりに台座のようなものが一つ、たたずんでいる。
あれがこれから行う儀式魔術と関係があるのだろう。
仔細に観察しようと、俺はその台座の方に向かって歩き出した。
そこで背後からスゥの声がかかった。部屋の隅から。
「すまないっス。ミレウスさん」
「ん? なにが?」
振り返る――よりも一瞬早く、前に身を投げ出せたのは、ここ半年の修業の賜物としか言いようがない。
激しい衝突音。
飛んでくる何かの破片。
くるっと前転して、向き直る。
巨大な戦斧――叶えるものの刃が、寸前まで俺がいたあたりの床を粉砕していた。
「ケケケケッ!! よく躱したナ! 王サマァ!」
鮫のような尖った歯をむき出しに笑うデスパー。
いや、戦いを好む彼の第二人格、“悪霊”だ。
こいつが攻撃を仕掛けてきたこと自体はなんら不思議ではない。そういうはた迷惑な人格である。
しかしスゥがそれを予想していた――というより、それに協力したかのような言動をしたのは看過できない。
叶えるものを両手で構えて、にじり寄ってくる悪霊。
視線はそちらに向けたまま、スゥに頼む。
「説明してくれ」
「あー、実はっスね。うちら南班がここでやる作業は、叶えるものをあの台座に納めることなんスよ」
「ほう?」
「一度納めたらそのままっス。つまりデスパーさんは叶えるものを失い、悪霊さんはもう二度と発現できなくなるんスよ」
にじりよる悪霊の足が止まる。どうやらスゥの話が終わるまでは待ってくれそうだ。
「ミレウスさん、前に悪霊さんと約束したらしいっスね。『どうしても俺と戦いたいなら、仕事が終わった後にやってやる』って」
「あー……言った言った。キアン島でやった魔神将ゲアフィリ戦の前だな」
「ミレウスさん、ゲアフィリ倒した後も、戦わなかったらしいじゃないっスか。自分達の代の円卓の騎士の責務が終わるまではダメだとか言って」
「……なるほどね」
ここで叶えるものを返還してしまう以上、悪霊にとって俺と戦えるチャンスは今が最後というわけだ。
さすがにこれはスゥや悪霊を責めることはできない。
ちょっとズルい理屈で約束の履行を先延ばしにしていた俺が全面的に悪い。
「スゥが昨日言ってた隠し事ってのはこれか」
「そうっス。叶えるものを納める件をデスパーさんと悪霊さんから了承を得ようと、ちょっと前に話したんスよ。そしたらその前にミレウスさんと決闘できるようにセッティングしてくれって頼まれたんス。さすがに断れないっスよ」
「……さては、護衛がどうのとか言って各地に三人ずつ送り込んだのはカモフラージュだな? 俺とスゥとデスパーだけの空間を作るための」
スゥは黙って目を瞑った。図星のようだ。
説明が終わったことを察した悪霊が叶えるものを構え直して、足を踏み出す。
「ケケケ、そういうわけダ! 嫌だと言っても戦ってもらうゼ、王サマァ!」
「……いいけどな、別に」
すらりと聖剣を鞘から抜き放ち、正眼に構える。
悪霊は肩透かしを食らったように、ガクッと体勢を崩した。
「い、いいのかヨ。今まで散々嫌がってきただろーガヨ!」
「だって逃げ場もないし、戦っちまうのが早いだろ。それに俺が負けたとしても、叶えるものをそこに納めるのを拒否するとかじゃないんだろ? ならこれは、どっちが勝とうが大筋には関係ない特別試合だ」
それだけではない。
今まで言わずにおいたことを、口にする。
「悪霊。デスパーがお前と一緒にこの島に帰ってきてから、大陸の色んな国から俺宛てに書状が届いたんだよ。どれもこれも、戦争でお前に助けられたっていう感謝の書状だった」
「加勢したら面白い方について適当に戦ってただけダ! 感謝される筋合いなんかネェ!」
「……本当にそうか? 大陸じゃ戦争は他にもいくつも起きてた。けどお前は拮抗してたり、どちらが悪いとも言えないような戦争には一度も加担してない。お前は戦い好きのヤベーやつだけど、自分なりの正義に基づいて行動してる。戦いだけのバカじゃない」
ほとんどは推測だ。でも当たってる自信もある。
悪霊はあくまでデスパーの人格の一部だ。先ほどからデスパーの方の人格が出てこないが、恐らくアイツもスゥと同じようにこの戦いのために悪霊に協力しているのだろう。
デスパーは天然で面倒くさい部分もあるが、基本的に無害な奴である。そこから派生した人格である悪霊が、そんな悪い奴であるはずがないのだ。
「悪霊、お前はダメ人間ばっかの円卓の騎士の中で考えりゃ、正直マシな方だ。待てっつって今まで待ってくれてたわけだしな。……だから、俺と戦えばお前が満足できるって言うなら、この一戦くらい付き合ってやるよ。望みどおり、全力でな」
悪霊はしばしポカンと口を開けていた。
だが、やがてニィっと口端を上げると爛々と目を輝かせ、猛然と襲い掛かってきた。




