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第百五十四話 悩みの種を増やしたのが間違いだった

「それで? スゥはこの二か月半、何やってたんだ? それを話すためにここに呼び出したんだろ。円卓のシステム管理者の仕事らしいけど」


 王都の高級焼肉店ジョン=ジョン・エンドールの奥の狭い個室の中、心地よい満腹感に(ひた)りながら俺がたずねると、スゥは露骨に視線を泳がせた。


「あー、うーん、知りたいっスか?」


「知りたい! 詳しい内容は帰ってきたら話すって約束してたよね? さぁ、さぁ!」


「気が進まないっスねぇ」


「……聞くとなんか俺にとって不利になること?」


「そんなことはないっスけど、悩みの種にはなると思うっスねぇ。それも物凄く」


「待った。気が変わった。やっぱりそれについてはスゥに一任するから――」


「でもそこまで言われちゃ仕方ないっスね。いよいよ話すときが来たみたいっス。まずこれを見てもらいたいんスけど」


 と、スゥが俺の話を無視して取り出したのは、透明な卵型のガラス玉だった。

 よく似たものを俺も所持しているが、微妙にデザインが違う。


「……時を告げる卵、ではないみたいだね」


「そのとおりっス。これはアレと一緒に作られたもので、『管理者の卵』って言うっスよ。これはあーしに円卓からの指示を届けてくれるっス。例えば円卓の騎士候補の人材がいる位置を示してスカウトしてこいって指示してきたりするわけっスね。……さて。こほん」


 スゥはひとつ咳払いをすると、ババッと両手を伸ばしてポーズを取り、真面目くさった顔で呟いた。


「もーどちぇーんじ」


「……なに、それ」


「いや、モードを切り替えるのにこういう手順がいるんスよ。防犯用だってアーサーさんが入れたんスけど、たぶんただの嫌がらせっス。それより卵を見てほしいっス」


 少し恥ずかしそうなスゥに(うなが)されて見てみると、『管理者の卵』は禍々しい赤い輝きを発していた。まるで滅亡級危険種(モンスター)が出現する寸前の時を告げる卵のようであるが、あれとは異なり中に黒い(もや)のようなものが(うごめ)いている。


「これは今、危険因子表示モードになってるっス。円卓システムの存続を脅かす存在を表示するモードっスね。あーしの仕事の一つはそういう存在を排除することっス」


「排除? ……殺すの?」


「いえ、命までは奪わないっス。でも滅亡級危険種(モンスター)のことや歴史の真実を世間に暴露して国を転覆させようとする人――だいたい大貴族やギルドの大物なんかっスけど、そういう人は斬心刀(ざんしんとう)で記憶を抹消して廃人にするんで似たようなものっスね」


「へぇ。しかし重要人物がそんなことになったら騒ぎになりそうなものだけど」


「そこは後援者(パトロン)使って得意の情報操作をするっスよ。それにそういう大きな案件はそんな頻繁に起きることでもないっス。せいぜい数十年に一件くらいっスね。独自に“真実”にたどり着いた記者(ジャーナリスト)や口の軽い後援者(パトロン)なんかはもっと高い頻度で出現するっスけど、そういう人は該当の記憶を消すだけにしてるっス」


 スゥは慎重な手つきで管理者の卵の表面をなぞり、俺の視線をそこに誘導した。


「時を告げる卵と違って、この光の色は中に映っている人物の危険度を表わしてるっス。青は注意、黄色は排除っスね」


「赤は?」


「……国を転覆させるどころか、この島すべてを滅ぼしかねないほどの脅威っス。今まで一度も表示されたことのない色っスね」


 心労になる、と言ったスゥの気持ちが分かったような気がした。

 同時に聞かなきゃよかったとも思い始めたが、ここまで知ってしまったからにはもう引き返せない。


 スゥは苦笑いしつつも、おどけたようにペロリと赤い舌を見せる。


「白状するっスけど、半年前にあーしが皆さんの前に戻ってきた理由の一つはこれが表示されたからなんスよ。……言わなかったっスけど」


「なーるほど。どうしてあのタイミングだったのか少し気になってはいたんだ。俺を守るためとかイスカが帰還したからとか言ってたけど、だったらもう少し早く戻ってきてもいいもんな」


「こういう異常が起きたからこそ、二人のことが心配でいてもたってもいられなくなったと思ってほしいっス」


「分かった。分かってるよ。別に責めてるわけじゃない。……ところで」


 嫌な予感を覚えつつ、卵を指さす。


「これ、なんか(もや)が渦巻いてて、何が表示されてるんだか分からないけど?」


「それが問題っス。恐らく対象が魔力的な姿欺き(マスカレイド)を使ってるんだと思うっス。これも今まで一度もなかったことっス」


 俺はスゥから卵を受け取ると、目を皿のようにしてその中をまじまじと見た。

 黒い(もや)の奥にいるのは人型の生物のように見えるが、判然としない。


「……魔神将(アークデーモン)、とか?」


「それだったら時を告げる卵の方に映るはずっス。こっちには映らないっス」


「じゃあこれまでと同じように大貴族の中に謀反(むほん)の意志を持つ者がいるとかか」


「あーしもそう思ってたっス。けど半年前に王都に戻ってきてからずっと調べてたのに怪しい人は見つからなかったんスよ。特にここ二か月半は調査に専念したっスけど、空振りだったっス」


「あー、ここ最近いなかった理由はそういうことだったわけね。なるほど」


 剣覧武会の前、スゥがしばらく留守にすると言ったときに『ミレウスさんがダメって言っても行く』と言った意味がようやく分かった。確かにこれより優先順位が高い仕事はないだろう。


「この島を侵略する意志を持つ他国の王とかって可能性は……ないか。それにそれだとさすがに調べようがないし」


 思いつきで言ってみたが、スゥもそれは考えたことがあったのか、厳しい表情のまま無言で(うなず)かれた。

 ウィズランド王国は建国以来、他国に侵略されたことは一度としてない。地上最強と名高い円卓の騎士の威光が効いていることもあるが、そもそも大陸北西部沿岸にはこの僻地(へきち)の島まで軍団を派遣できる大国がないためだ。


 それ以降も推測は色々と浮かんできた。しかしどれもすぐに自分の頭の中で否定できるようなものばかりで、スゥに話してみる気も起きない。


「ミレウスさん、本当に王様らしい顔をするようになったっスねぇ。お母さんは嬉しいっスよ」


 俺が頭を悩ませているのを見て、わざとらしくナプキンで目元を拭うような仕草をするスゥ。もちろんその目に涙は浮かんでいないが、言ってることは嘘ではなさそうだ。


「正直、途方に暮れてたんでミレウスさんに聞いてもらえてよかったっス。相談できる相手がいるっていうのはいいものっスねぇ。あーし、今までずっと何をするにしても一人だったっスから」


 気が進まないと言ってたわりに、強引に話し始めた理由はそれか。

 二百年間、円卓の騎士たち以外の前には姿を現わさず、日陰で働き続けてきたこの人だ。確かに相談できる相手は欲しかったことだろう。


「そーいや剣覧武会でレイドと会ったんだけどさ。十字宿場(ビエナ)でスゥとミーティングしたって言ってた。ってことはアイツが持ってる魔剣――初代の赤騎士レティシアの魂が宿ってるとかいう幅広の剣(ブロードソード)とも話したんだよな。そのとき、この(もや)の人物の話はしなかったの?」


「したっスよ。でもレティシアさんは結局実体がないし、レイドさんは、その、役に立つかどうかよく分からないっスから」


「まぁ……それもそうか」


 正義のために動いてる、とかなんとかあのザリガニは得意顔で言っていたが、結局何をしてるのかは分からない。当てにするのは危険すぎる。


 僅かに残った焼酎をちびちびやりながら、スゥが大きくため息をついた。


「ちなみにレイドさんは聖剣の力の使用条件――好感度の件は知らないっはずっスよ。レティシアさんも話してないはずっス。知られてしまうとやっぱり上がりにくくなるっスから」


「そりゃいい判断だ。あいつの好感度、今のところほとんど役に立ってないけど。……いや、役に立つと言えば」


 ふと、気づく。


「さっき話したジョアンの夢だけど、あれがその(もや)と関係してるって可能性はない?」


「はい? どうしてっスか?」


「どうしてって……聖剣が見せる二百年前の夢は、これまで俺にたくさんヒントをくれたからさ」


 きょとんとした顔のスゥ。

 まさかと思い、俺は前のめりになってたずねた。


「そもそも聖剣はどういう仕組みで統一戦争期の夢を見せてるんだ?」


「わかんないっス」


「え!? 円卓システムの管理者なのに!?」


「聖剣も円卓もきっちり設計書を用意して作ったものじゃないっスからねぇ。聖剣はアーサーさんが持ってた魔剣をエリザベスさんが打ち直したものをベースに、円卓はシャナクさんがあっちの世界(・・・・・・)から召喚したものをベースにしてるんスけど、そこに初代の各々がそれぞれの判断で色んな機能を追加して完成させたんス。だからあーしも含めて全体像を把握してる人は一人もいないんスよ」


 スゥは右手を挙げると親指を除いた四本を立てて、一つ一つと指折りながら教えてくれた。


「例えば忠誠度能力っスけど、騎士の居所察知はレティシアさんがつけたもので、騎士の召喚はシャナクさんがつけたものっス。心話(テレパシー)はマーリアさんで強制代行権はジョアンさん。それぞれどうやってつけたかも完全には情報共有してないっスから、どういう仕組みでそうなってるのか分からないっス」


「ず、ずいぶん適当だな……」


「仕方ないんス。あの頃はあの頃で事情があったんス。でも昔の夢を見る件は、一応推測くらいはできるっスよ。聖剣と円卓を結んでいる魔力の経路(パス)があるんスけど、たぶんそこが想定よりちょこっと広がってるせいで円卓の中央処理装置から記憶(データ)が流れてきて夢を見るんだと思うっス。それが偶然そうなっちゃったのか、はたまた誰かが意図してそうなってるのかは分からないっスけど」


「え、なにそれ、こわい。なんか体に悪い影響とかないの?」


「さぁ。けど歴代の王さまも同じような夢を見るって言ってたっスけど問題なさそうだったっスから、大丈夫なんじゃないっスかね。たぶん」


「たぶんて」


 まぁ今更多少のリスクは気にしない。

 だがこれまで役に立ってくれていた聖剣が見せる夢が、ひょっとするとただの欠陥(バグ)で見ていたものなのかもしれないという話はショックだった。


「うーん、それじゃあジョアンの夢は西部に帰省したから観ただけなのか……?」


 原理は分からないが、聖剣が見せる夢の内容は俺がいる場所の影響を受ける。イスカやスゥなど初代円卓の騎士が近くにいた場合、それに関連した夢を見たこともあったがあれはレアケースだろう。


 それから俺は卵の中の人物について十分に頭を悩ませ、そしてここで考える意味はないと結論を出した。

 そもそもスゥが半年も頭を痛めていた問題なのだ。それを俺がここで考えてひょいと解決できるはずはない。


「この(もや)の人物は気になる。非常に気にはなる。……けど、一応ここ半年の間、動きはなかったわけだよね」


「そうっスね。どこかで何かが進行している可能性はあるっスけど」


「じゃあとりあえずは――スゥが戻ってきたのが契機なのかは分からないけど――こちらの問題に専念した方がいいんだろうな」


 そう言って俺が懐から取り出した時を告げる卵は、一月(ひとつき)以内の滅亡級危険種(モンスター)の出現を示唆する淡い黄色の光を放っていた。


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【第二席 リクサ】

忠誠度:★★★★★★★★★★★

親密度:★★★★★

恋愛度:★★★★★★★★



【第三席 ブータ】

忠誠度:★★★★★★

親密度:★★★★

恋愛度:★★★★★★



【第四席 レイド】

忠誠度:★★★

親密度:

恋愛度:★★★★★



【第六席 ヂャギー】

忠誠度:★★★★★★★★★

親密度:★★★★★★★★★★★

恋愛度:★★★★



【第七席 ナガレ】

忠誠度:

親密度:★★★★★★

恋愛度:★★★★★★★★★



【第八席 イスカンダール】

忠誠度:★★★★★

親密度:★★★★★★

恋愛度:★★★★★



【第九席 ヤルー】

忠誠度:★★★

親密度:★★★★★★★★

恋愛度:★★★★



【第十席 スゥ】

忠誠度:★★★★[up!]

親密度:★

恋愛度:★★★★★★★★★★★★★★★



【第十一席 デスパー】

忠誠度:★★★★★★★★★

親密度:★★★

恋愛度:★★★★★



【第十二席 ラヴィ】

忠誠度:★★★

親密度:★★★★★★★★

恋愛度:★★★★★★★★★★★



【第十三席 シエナ】

忠誠度:★★★★★★★★

親密度:★★★★★★★★

恋愛度:★★★★★★★★

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