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第百五十三話 焼肉を食べながら話したのが間違いだった

 荒野都市ガルティアで第五十回剣覧武会が開催されてから数日後、すっかり春めいてきた王都で俺の即位二周年を祝う式典が盛大に執り行われた。


 そうして始まった王として過ごす三年目の日々は何かと(あわ)ただしく、二月(ふたつき)ほどは息つく暇もなかった。


 ようやくスケジュールに空きができたのは春の花も散ってしばらく経った頃。

 そこで俺はアザレアさんと数名の円卓の騎士を連れて、一泊二日の弾丸ツアーで故郷のオークネルに帰省し、義母(かあ)さんに顔を見せてきた。




 そして王都に帰ってきた――その夜のこと。




 夢を見た。


 魔術の(ほの)かな(あか)りが揺れる不気味な迷宮(ダンジョン)

 その最奥の広い空洞(ホール)に、一人の男がいる。


 栗毛色の髪の地味な顔つきの青年だった。血走った目をしており、左手には開いた古文書、右手には凝った意匠の石杯を握っている。


 初代円卓の騎士の一人、狂人ジョアンだ。

 冒険者アーサー――のちの建国王と共に大陸から渡ってきたと言われる男。


 ジョアンの背後には見上げるほどに高い石壁がそびえていた。そこに彫られているのは硝子(ガラス)が割れた窓を模した奇妙な図柄。


 強い大陸(なま)りで彼は語りかける。


「ロイス、アルマ……。オメェらには分からないさー。努力することもなく力を得たオメェらには絶対に――」


 いくらかの距離を置いてジョアンと対峙していたのは白銀(プラチナブロンド)の髪の青年と、若草色の髪の美しい人狼(ウェアウルフ)の娘だった。同じく初代円卓の騎士である双剣士ロイスと人狼アルマだ。

 二人は険しい視線をジョアンに向けて、それぞれ武器を構えていた。


 ロイスは天剣ローレンティアを。

 アルマは小剣(ショートソード)とナタを。


 仲間の間に流れるとは到底思えぬ不穏な空気。


 一触即発とも取れる状況だが、ジョアンは恐れなど微塵も抱いていないようだった。

 二人に向けて――いや、他のありとあらゆるものに向けるかのように――鬱憤(うっぷん)をぶちまけるかのごとく、まくし立てる。


「他のみんなも同じさー。レティシアもシャナクもビョルンもオフィーリアもベスもマーリアも……もちろんアーサーも。みんな“持てる者”なんだよー。何もないのはオイラだけ。なーんもないのはオイラだけ」


 それは卑屈というより、自己の正当化だった。

 ジョアンの血走った赤い両眼は、純粋すぎる狂気に満ちている。


「生まれだけで力を得たやつもいる……運だけで手に入れたやつもいる。オイラはそのどちらにも恵まれなかった。だから、こうするしかないんさー。オイラだけ足手まといなんて、もううんざりさー」


「やめろ、ジョアン! 自分が何をしようとしてるか分かってるのか!?」


「正気に戻ってください、ジョアンくん! 死が待っているかもしれないんですよ! それも蘇生魔法(リザレクション)でも救えないような魂の死が!」


 ロイスとアルマは必死に訴えかけたが、どうやら無駄なようである。

 ジョアンの決意はあまりにも強固だった。


「オイラはずっと正気さー? 自分がしようとしてることだって十分に分かってるさー」


 大げさな手振りを交えながら、何ら後ろめたいところなどないかのように主張する。


「オイラは死ぬのなんか怖くない。これっぽっちも怖くない。怖いのは自分が本当にしたいことを、力不足のせいでできないことさー。無力っていうのは大罪なんさ。それがオメェらには分からないって言ってる」


 初めから誰の言葉にも耳を貸すつもりはない。

 こうと決めたらてこ(・・)でも動かない。

 その姿勢に、なぜか無性に胸がざわついた。


 説得を諦めたのか、ロイスとアルマは互いに視線を交わし、全力で駆けだした。


 だが間に合わない。


 ジョアンは古文書を投げ捨てると自身の左の手首を噛みちぎり、そこから流れ出た血を石杯に流し込んだ。


 彼の足元に五芒星が浮かび上がって、輝きを発し――。






 そこで俺は夢から目覚めた。






    ☆






「あー、確かにそんなこともあったっス。統一戦争中の出来事っスねぇ」


 聖剣が見せた夢について話すと、二月(ふたつき)半ぶりに会ったスゥは懐かしそうに目を細めて苦笑した。


 王都の高級焼肉店ジョン=ジョン・エンドール。その奥の狭い個室で、俺とスゥは炭火入りの七輪が置かれたテーブルを挟んで座っている。七輪の網の上で身を焦がしているのは特上のロースで、そこから肉の焼けるいい香りと煙が頭上の換気扇に向けてゆっくりと流れていた。


西方水上都市(アーツェンギラ)の近くにある名もない迷宮(ダンジョン)でのことなんスけど、そこに第三文明期に作られた危険な儀式装置が残っていたんスよ。ジョアンさんはそれを起動しようとしてたっス。ああ、もちろん当時、あそこはアーツェンギラなんて名前じゃなかったっスけどね」


 トングをカチカチさせながら、話を続けるスゥ。ひっくり返すタイミングを逃さないためか、その視線は網の上の肉から片時も離れない。

 彼女のチャームポイントである金髪のツインテールは、今日は後ろにまとめられていた。匂いがつくのを避けるためか、焼くのに邪魔にならないようにするためだろうが、これはこれで可愛いなと俺は密かに思っていた。


「そういやあの街って、狂人ジョアンが領主になった後に自分の姓から取って改名したんだっけか」


「そうっス。よく勉強してるっスね。偉いっス」


 思い出したのは十年以上前、初等学校(プライマリースクール)の歴史の授業で習った内容である。


 西方水上都市アーツェンギラ。別名、魔道都市アーツェンギラ。


 狂人ジョアンの末裔にして四大公爵家の一角であるアーツェン家が治めているウィズランド島最西部の街だ。元は有力な都市国家の一つだったのだが、統一戦争で荒廃し、それを領主となったジョアンが復興させた。

 周辺には東都(ルド)と同じように多数の遺跡や迷宮(ダンジョン)が存在するが、冒険者の都と称されるあの東の大都市と決定的に違うのはそれが第二文明期――数多(あまた)の魔術同盟が覇を競った時代の物がほとんどだという点だ。

 それゆえその遺跡や迷宮(ダンジョン)には魔術的な罠や守護者、財宝が多く、結果アーツェンギラはそれらに対処でき、かつそれらに価値を見出す魔術師たちが集う街となった。中心部に位置する魔術師ギルドの支部は王都にある本部に匹敵する規模だし、魔術師の養成校や私塾も数多く存在する。

 また領主であるアーツェン家は優秀な魔術師を輩出する家系ではないものの魔術知識に精通している者が多く、後援者(パトロン)の中では主に魔力付与の品(マジックアイテム)や遺跡の管理を担当している。


西方水上都市(アーツェンギラ)、ミレウスさんも行ったことあるっスよね?」


 網状のすべてのロースを手際よくトングでひっくり返したスゥは、そこでようやく一息ついて顔を上げた。

 二人分の小皿にタレを入れて、割り箸を割り、俺は頷く。


「モチのロンだよ。初等学校(プライマリースクール)の遠足とかでね。一番近くの大都市だったし、他に行く場所もなかったし。当時は大都会だなーって思ったけど、今考えるとそうでもないね。所詮、島で一番ド田舎の西部地方で一番大きな街ってだけだから」


「まぁ王都(ミストバリヤ)南港湾都市(サイドビーチ)勇者の街(コーンウォール)北方交易街(ニューモーテル)と比べたらそうっスね」


「あそこはあそこで好きだけどね。運河とかきれいだし」


 小皿の片方をスゥに渡し、両手を合わせて焼いてくれた礼を言って、白米と共にロースをいただく。

 国王になってから何度も来たことがあるのでさすがにもう感動したりはしないが、やはり美味い。この島で一番の焼肉店なのだから当たり前だが。


「ん? ところでその迷宮(ダンジョン)って西方水上都市アーツェンギラの近くなのに第三文明期のものなんだ? 第二文明期じゃなくて」


「そうっス。って言ってもごく初期のものっスよ。真なる魔王に滅ぼされた魔術同盟の残党が作ったものっス」


「カーナーヴォン遺跡みたいなもんか。なるほどね」


 第二文明期と第三文明期は、真なる魔王と魔女たちによって最後の魔術同盟が滅ぼされた年で分けられる。今から六百年ほど前のことだ。しかしその後も数十年ほどの間は真なる魔王とその勢力に(あらが)う魔術同盟の残党が存在していたと言われており、この島にはその頃の遺跡や迷宮(ダンジョン)も数多く残っている。


「それで、どうしてジョアンさんがあの儀式装置を使おうとしたかなんスけど……ミレウスさんはどれくらい知ってるっスかね。ジョアンさんのこと」


 白米よりもアルコール派なのか、ロースを(さかな)に度の強い焼酎をロックでやりながらスゥがたずねてきた。実年齢は二百歳を超えているそうだが、彼女の外見は中等学校(ジュニアハイ)の学生くらいにしか見えないので、なかなか異様な光景である。

 すでに何度か一緒に呑んだことがあるが、彼女はいわゆる蟒蛇(うわばみ)というやつだ。リクサなどとは違いまったく酔わないし顔にも出ない。半魔神(ハーフ・デーモン)という特異な体質のせいだろうと、前に彼女は苦笑いしながら話していた。


「ジョアン……ジョアンねぇ。大陸出身で、統一王の旧友で、冒険者や商人をやってたんだっけ? そんくらいだね。詳しく伝わってないんだよな。聖イスカンダールや剣豪ガウィスほどじゃないけど」


「イスカさんとあーしについてはできる限り隠蔽(いんぺい)したっスからね」


「それは君らのことを知ったら納得できたよ。……ああ、そうだ。ジョアンといえば禁忌の力に手を染めたとかって聞いたことあったな。あの夢の出来事がそれなのか?」


 スゥは頷くと、ロースが半分ほど片付いた網の上に野菜とカルビとハラミをバランスよく乗せ始めた。


「ジョアンさんはなんというか、普通だったんスよ、すごく」


「……普通?」


「ステータスは全体的に高めで色々できたんスよ。自由を(つかさど)る暗黒神の[司祭(プリースト)]で、魔術も少し(かじ)ってて、[盗賊(シーフ)]や[狩人(レンジャー)]のスキルもいくらか習得してて。ただツワモノ揃いの初代の皆さんの中だとどうしても埋もれがちで、滅亡級危険種(モンスター)との戦いでも苦労してたっス。しばしば死んでアルマさんに蘇生してもらってたっスね」


「ほぉ。ちょっと親近感湧くな」


 考えてみると、二代目以降の騎士たちは“責務”を果たせる者を円卓が選んでいるのだから相応の能力が保証されているが、初代はそうではない。統一王と共に戦った主要な仲間たちというだけなのだから、能力に劣る者が一人くらいいてもおかしくはない。


「けっして悪くはないんスよ。実際、大陸でアーサーさんとコンビで活動してたときはぶいぶい言わせてたみたいっスから。アーサーさんは馬鹿みたいに強い戦士だったんスけどそれ以外何もできないから、他のことを全部最低限やれるジョアンさんは特に相性がよかったんスね。アーサーさんは認めたがらなかったっスけど」


 スゥはいい感じに焼けてきた野菜を俺の皿にトングでひょいひょい乗せて話を続ける。


「性格も普通というか、よくも悪くも(とが)ってた初代の他の人たちと比べるとまともだったっス。社交的でユーモアがあって、人に好かれるタイプで、あーしのこともよく気にかけてくれたっス。ただ――」


「ただ?」


「ちょっとばかし倫理観が欠けているところがあったんスよ。普段は常識人っぽいのに、大事なところでは絶対に我を通そうとして、そうなったらもう誰の言うことも聞かないんス。それでたびたびトラブルを起こすもんだから、狂人だなんて呼ばれてたっス」


 苦々し気な表情で視線を上げたスゥは焼酎の残りを一息で飲み干し、店員を呼んで追加の注文をするとまたすぐに七輪の方を向いた。


「ミレウスさんが夢で見た迷宮(ダンジョン)の件もそうっス。だいたい分かってると思うっスけど、あれはジョアンさんがみんなの足手まといにならないために、危険を(おか)して力を得ようとした事件っス。あの儀式装置にはそういう効果があったんスよ。結局、色々ありつつもどうにかなったんスけど、あの時は本当に焦ったっスねぇ」


「ふぅん。その迷宮(ダンジョン)ってのはもう危なくないの?」


「ちゃんと封印したし、儀式装置を起動するための鍵である遺物(アーティファクト)はもうないっスから、誰かに見つけられても問題はないっス」


「ああ、あの杯みたいなやつね」


 だいたいの事情は分かった。

 今では伝説となっている初代円卓の騎士たちの戦いであるが、歴史の真実(・・・・・)やイスカやスゥのことのように、後世に残せないような話が他にもあったということだろう。


 それからしばらくは食べることに集中した。


 追加で運ばれてきたタンにレバーにホルモンと色々な肉を焼きながら、スゥはバランスよく野菜も焼いて俺に出してくれた。もちろんオークネルにいる義母(かあ)さんはこんなかいがいしく世話をしてくれたりはしない。修行をつけてくれる時以外は色々甘やかしてくれるこの人であるが、それにしても今日は一段と甘い。何か裏がありそうだな、と少し警戒していたが、その理由はすぐに分かった。


 スゥが嬉しそうに目を細めて、俺の体をまじまじと見てくる。


「ミレウスさん、どうやら鍛錬はサボってないみたいっスね」


「あ、分かる? いやぁ、剣覧武会に出てちょっと意識が変わってさぁ。俺も少しは強くなろうと思って、スゥにもらったトレーニングメニューに加えて色々やっててさぁ」


「偉いっス! それじゃもっとご褒美が必要っスねぇ」


 心底嬉しそうに顔を輝かせてスゥが最後に注文したのは(しめ)の黒蜜アイスだった。それを一口一口彼女にスプーンで食べさせてもらって食事を終える。


 さて、本題はここからだ。

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