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第百五十二話 良くなっていないと思ったのは間違いだった

 剣覧武会決勝戦が決着してすぐに気絶した俺は――。




 夢を見た。




 ガルティアの街の円形闘技場(コロシアム)。その階段状の客席の中ほどに一組の男女がいる。場内には他に人影はない。

 これは現在が舞台の夢ではない。これまで幾度となく見てきた夢たちと同じ、聖剣が見せる二百年前の夢。


 登場人物の男の方は黒い革鎧を身につけた荒々しい巨漢だった。腰に帯びている片手半剣(バスタードソード)はノルデンフェルト家の至宝、殻砕き(シェルクラッシュ)。現ガルティア領主、グスタフ・ノルデンフェルトの祖先である黒騎士ビョルンだ。

 もう一人の登場人物は髪を虹色のグラデーションに染めた美少女、精霊(エレメンタル・)(プリンセス)オフィーリア。


 オフィーリアは席に座り、うんざりした顔をして巻物に筆を走らせている

 一方ビョルンはその横で腕組みをして思案顔で立ち、何やらオフィーリアに向けて喋っていた。


「そうだな……武装は自由。魔力付与の品(マジックアイテム)もすべて使用可。スキルはアリだが、魔術や魔法は全部ダメだ。神聖魔法も精霊魔法も全部な」


「最強の者を決める大会なのに、なんで魔術や魔法はダメなのよ?」


「魔術は魔力(マナ)の力を借りて使うもんだろうが。魔法に至っちゃ神や精霊に力を借りるしな。そういうのは卑怯だからナシだナシ」


「それ言ったら魔力付与の品(マジックアイテム)使うのもスキル使うのも似たようなもんでしょうよ」


「バッカ、ちげえよ! ぜんぜんちげー!」


 分かってねえなと首を横に振るビョルン。


「はぁー、ホント理解不能だわ、アンタのその謎美学」


 ぶつくさ呟きながらもオフィーリアはビョルンの言っていた内容を巻物に記していく。だがその表情は次第に険しくなっていき、ついには筆を放り出した。


「ってか、なんで私がアンタの代筆なんてしなきゃいけないのよ!」


「あー、最初はマーリアに頼んだんだけどよ。アイツからオメーの方が字が上手(うま)いって勧められてな。てっきり面倒だからって適当こかれたのかと思ったんだけどよ」


 ビョルンは首を伸ばしてオフィーリアの手元を覗き込み、にやりと笑う。


「ホントに上手(うめ)えじゃねーか。習字教室にでも通ってたのか?」


「私は王族よ? これくらいできてとーぜんだわ。字もろくに書けない蛮族のアンタとは違うの」


 オフィーリアは小馬鹿にしたように鼻を鳴らしてから、少し言い過ぎたと反省したのか横に立つ巨漢の様子をちらりとうかがった。もっともビョルンに気にした様子は一切ない。

 ため息を一つついて、オフィーリアは筆を拾う。


「ま、これから作る国は、子供は全員学校行って字の読み書きくらい学べるようにしたいわね」


「ハハハ、そうだな。これからはこの街の奴らも戦ってばかりじゃ済まねえだろうし、学ってやつは必要だ」


 スゥが評していたとおり、ビョルンには現実主義的なところがある。それが現在もガルティアの民に受け継がれている“美学”とやらと共存してるのが不思議だが、まぁなかなかの快男児だ。


 ともかく、これはどうやら統一戦争終結後――ウィズランド王国の建国寸前くらいの夢のようである。


 ビョルンはそれからずらずらと大会規則のようなものをオフィーリアに書かせた後、名案でも浮かんだかのように指をはじいた。


「そうだ。標語も残すか」


「標語?」


「教え、家訓、掟――まぁなんでもいいけどよ。とにかくこう生きろっていう指針だ。……そうだな。“強き者に幸あれ”にしよう。それがいい」


 うんうんと何度も頷くビョルン。

 胡散臭げに見てくるオフィーリアの視線は気にも留めず、満足気に続ける。


「ガルティアの民だけじゃねえ。これからこの島の奴らは帰ってくる滅亡級危険種(モンスター)たちと戦わなきゃならねえんだからな。一般国民は平和な時代が続いてるように感じるかもしれねえが、そりゃ上辺(うわべ)だけの平和だ。少しでも気を抜いたらすぐに島ごと滅びちまう。だから強者は優遇するようにして、平和ボケしねえようにしないとな」


「……ふーん。剣覧武会、だっけ? このよくわかんない大会作るのもそういう理由? 国民に目標を与えて鍛錬を促す、みたいな?」


「いんや、大会作るのは単に俺が楽しむためだ」


 はぁ、と再びため息をつくオフィーリア。


「ちょっと見直しかけた私が馬鹿だったわ。ったく、ホントなんで私がこんな単細胞のためにこんなことしなきゃならないんだか」


 嘆くオフィーリア。

 その背中を、ビョルンが大きな手の平で叩く。


「そうブー垂れるなよ! あとでとっておきのポポゼラ食わせてやるから機嫌なおせや」


「なにそれ。食べ物?」


「そう、うちの名物料理」


「……美味しいんでしょうね?」


「だいじょうぶ、だいじょうぶ」


「大丈夫って何よ! ちゃんと美味しいって言いなさいよ、不安になるでしょ! ねぇ、ちょっと!?」


 筆を放り投げてビョルンに詰め寄り、声を荒げるオフィーリア。

 円形闘技場(コロシアム)の中に、ビョルンの豪快な笑い声が響く。




 二百年もの伝統を持つ剣覧武会の始まりは、意外なほどに適当なものだった。






    ☆






「ああ、よかった。(あるじ)さま……」


 目蓋を開けると、すぐ真上にホッとしたようなシエナの顔があった。


 もうだいぶ慣れた展開である。どうやら俺は硬いベッドの上で仰向けで寝ているらしい。そのまま首を巡らすと、そこが闘技場(コロシアム)内部の医務室であることが分かった。

 シエナはすぐ横の椅子に座ってこちらを覗き込んできており、その横には見慣れたにやつき顔でヤルーが立っている。隣のベッドではヂャギーが眠っているようだが、それ以外のベッドは空いており、広い部屋の中には他に誰もいない。


「大丈夫そう?」


「え? あ、ああ、ヂャギーさんですか? ピンピンしてますよ。ナ、ナガレさんの薬が効いてるのでもうしばらく起きないでしょうけど、裂傷は全部治してあります」


 シエナの答えを裏付けるように、ヂャギーの巨体を覆う毛布は規則的に、かつ静かに上下していた。

 ほっと安堵の息をつく。


 遠くの方で断続的に歓声のようなものが上がっている。たぶん舞台(アリーナ)のある方角だ。

 そちらを向きながらシエナが教えてくれる。


「い、いま表彰式をしてるんです。結局、大会はグスタフさんの裁定で、(あるじ)さまとヂャギーさんの同時優勝ってことになったんですけど……」


「そりゃよかった。って、優勝者二人ともここにいるけど」


「ヂャ、ヂャギーさんの代理は孤児院の子供たちで、(あるじ)さまの代理はナガレさんでやってるはずです。この街の人たちは大雑把、いえ、大らかなのか、その辺あんまり気にしてないみたいですね」


 子供たちがヂャギーの代理になっているのは、普段孤児院で面倒を見ているエルとアールの案だろう。それは分かるが。


「なんで俺の代理がナガレなんだ。べろんべろんに酔ってただろ」


「自分のおかげだからー、みたいなこと(おっしゃ)って舞台に降りていきましたよ……千鳥(ちどり)足で。で、でも殻砕き(シェルクラッシュ)を受け取るだけですし、長い優勝スピーチとかもないでしょうし、大丈夫かなと。……た、たぶん」


 自信のなさの表れか、シエナの頭頂部についているふさふさの獣耳は前に折れていた。


 ヂャギーを応援していた子供たちとへべれけ状態のナガレが、舞台の上でグスタフからあの片手半剣(バスタードソード)を受け取っている姿を想像する。

 ナガレが醜態をさらしてなければいいとは思うが、まぁシエナの言うとおりこの街の人たちは大雑把だからよほどのことがなければ問題にはならないだろう。その辺気にするであろうリクサは泥酔していてそんなの見てないだろうし。


「ミレちゃん、勝てたのにわざと引き分けにしただろー? おかげで儲けがだいぶ減ったぜぇ」


 恨みったらしく、かつ揶揄(からか)うような調子で俺の肩に腕を回してきたのはヤルーである。


「優勝者が二名ってのは前代未聞だったからよ。優勝者予想くじの払い戻しをどうするかもグスタフが裁定したんだよ。で、半分はヂャギちゃんとミレちゃんに賭けた奴らに払い戻し、残りはそれ以外の奴らに返金ってことになった。賭け自体無効だってゴネて、全額返金させようとする奴が出ねーようにしたわけだな」


「妥当な判断だな。別に俺はヂャギーの単独優勝にしてもよかったんだ。お前らが損しないようにしてやったんだから文句言うな」


 と、肩に回されたヤルーの腕を払いのけようとしたが、ひょいと(かわ)され、また肩を組まれてしまう。


「そう邪険にすんなよ。せっかくミレちゃんのために来てやったんだからよ」


「俺のため?」


「そ。あんだけ攻撃喰らったんだ。シエちゃんの回復魔法だけじゃ追い付かねえかもと思ってよ」


 くつくつと笑うヤルー。その体から深紅の体躯を持つ大鳥――火の上位精霊、不死鳥(フェネクス)が煙のように出現したかと思うと、するりと俺の体に入っていく。

 再生を(つかさど)るその精霊を憑依させたということは。


()ったぁ!」


 タイミングがいいのか悪いのか。ちょうどそこで左肘に激痛が走り、ベッドの上に俺の血が飛んだ。


 肘にはごく浅い裂傷ができていた。それは見えない刃物でゆっくり切断されていくかのように、時間の経過と共に少しずつ深くなっていく。決勝戦でヂャギーの斧槍(ハルバード)を受け止めたときのダメージが戻ってきたのだ。


「き、気絶してる間に全部済んでりゃ楽だったんだけどな……」


 傷口を押さえながらボヤく。その間にも傷は深くなり、同時に皮膚の方から再生もされていく。不死鳥(フェネクス)の憑依による自動再生(リジェネ)だ。しかし再生された肘に、再び裂傷が走る。


 聖剣の鞘(レクレスローン)の絶対無敵の加護は過剰攻撃(オーバー・キル)を受けた場合、その威力に応じて何度もそのダメージが帰ってくる。二年前にヂャギーが円卓の間で暴れたときに喰らった斧槍(ハルバード)のダメージは十三回帰ってきた。ここ二年での彼の成長(レベルアップ)を考えると、今回はその回数を超えるだろう。


 もっとも数えてる余裕など俺にはなかった。


「いってえええええええ!!!!!!」


 今度は右手の甲の辺りに傷ができた。その次は左の(もも)。その次は右わき腹。


 最初にできた左肘の傷の帰還が終わる前に、体のあちこちで同じように傷の発生と再生が始まった。すべてヂャギーの連撃を受けた箇所である。できるだけ急所でない箇所で受けたつもりだったが、普通に危険なところもある。どちらにしても死ぬほど痛い。


 思わず絶叫してしまったが、舞台(アリーナ)の方は表彰式で盛り上がっているので気づいたものはいないだろう。聖剣の鞘の加護――およびその副作用を秘匿するためにも、こんな姿を誰かに見られるわけにはいかない。今、この部屋に医者などがいないのも、そのために二人が追い出したのだろうし。


「ち、治療します!」


 シエナが慌てて《治癒魔法(ヒーリング)》を使い始める。自動再生(リジェネ)と合わさって治癒速度は上がったが、痛覚的には誤差である。


 全身をゆっくり切断されて、それを治されて。


 それを何度繰り返したか。最後に肩口の辺りに裂傷が走ったかと思うと、頭蓋骨がミシッという音を立て、そのあと首が変な方向に曲がって俺は意識を失った。


「あー、死ぬかと思った」


 次に目覚めたときにはすべてが終わっていた。

 ベッドの上は血まみれになっており、シエナは疲れ切った様子で俺の腹のところに突っ伏していた。


 全部精霊任せで何もしていなかったらしいヤルーが感心したようにヒュウと口笛を吹く。


「よく平気だなー、ミレちゃんよ」


「ぜんぜん平気じゃないが? あまりの痛さに絶叫してたが?」


「いやいや、今みたいなの味わったら普通は発狂すんぞ。俺っちも(いて)えのにはいくらか慣れてる方ではあるけど、ミレちゃんには勝てる気しねえわ」


 ヤルーは降参するように両手を上げてから俺から不死鳥(フェネクス)を回収する。

 褒められてるのか、茶化されてるのか。よく分からないが、俺はとりあえず事実で答えた。


「まぁウルトの極太レーザーに焼かれたときよりかはマシだったからな。あれ、全身を中までこんがり焼かれるのを何十回分も味わったし」


「いや、だからそれで正気を保っていられるのがすげえって言ってんだよ。少なくとも嫌になるだろ、王様やんの」


「そうかぁ? 別にやめたいと思ったことはないけどなー、たぶん」


 そんな話をしていると、シエナが俺の腹からもぞっと顔を上げて、心配そうな目でこちらを見てきた。そういや一回戦の後に、大怪我するのに慣れすぎだと暗に責められた気がする。


「あー、シエナ。無茶したこと怒ってる?」


「お、怒ってなんかいません。今回は不可抗力ですし、試合を放棄するわけにもいかなかったでしょうし。それに……」


 シエナは少し言い(よど)んだ後、俺の腕のあたりに視線を落とす。


「あ、(あるじ)様、あの時も無茶してましたし」


「あの時?」


「二年前に、円卓の間で」


「ああ、あれ……。かばう必要なかったのにかばって痛い目にあったアレね」


「あ、あの時の(あるじ)様はまだ聖剣の鞘の加護のことをご存知なかったですよね? それでもあれだけ無茶したってことは、それはもう生まれついての性格によるものってことなんだと思います。……鞘の加護があるからってことじゃなくて。だからもう治らないというか」


 どう話をまとめたものかシエナにもよく分かっていないのか、しばし考えるような間を空けたのち彼女はこちらを向く。


「ひ、必要がなかったって(あるじ)様は(おっしゃ)いますけど、わたしはあの時のこと、感謝してます。同じように(あるじ)様のそういうところに救われる人はきっと他にもいると思うんです。だから、それならそれでいいのかなって」


 無理に治す必要はない、ということだろうか。


 ヤルーがさもおかしそうに肩を揺らす。


「やっぱミレちゃんって器がでけえよな! 尊敬に値するわ」


「嘘こけ」


「ホントホント。こんな死にそうな目にあわされたってのに、起きて第一声がその相手の心配だったしよ」


「……そうだったっけ?」


 そうだったかもしれない。

 しかし、そんなおかしなことだろうか。


「死にそうな目にあわされたって言っても正々堂々の勝負でのことだからな。恨んだりする方がおかしいだろう」


「そうかもしれねぇけどよ。けっけっけ。それでもなかなかできることじゃねえさ。ま、そういう自覚の薄さもミレちゃんらしいっちゃらしいがな」


 ヤルーはシエナと視線を交わして、苦笑しながら頷きあった。

 犬猿の仲のこの二人にしては珍しく、同意見らしい。


 シエナが席を立ち、俺に微笑む。


「二年前のあの時もヂャギーさんのこと責めたりしなかったですよね。きっと(あるじ)様がそういう方だから、ヂャギーさんも信頼してるんだと思いますよ」


 そして二人は俺が意識を取り戻したことを会場のみんなに伝えるために、一足先に医務室を出ていった。


 あとに残されたのは俺と寝たきりのヂャギーのみ。

 遠くから聞こえる表彰式の喧噪が、この医務室の静寂を引き立てているかのようだった。


 俺は上半身を起こし、横で静かに寝息を立てている巨漢の方を見やった。

 するとタイミングを見計らったかの如く、そこでヂャギーの方もガバリと身を起こした。混乱したような様子で左へ右へ部屋の中を見渡しているが、さすがにもう幻覚症状は終わっているようだ。隣のベッドにいる俺の姿を見つけると嬉しそうに右手を挙げてきた。


「みーくん! おはよう!」


「おはよう、ヂャギー。ええと、大丈夫? 具合悪かったりしない?」


「少し貧血っぽいんだよ! レバー食べたいんだよ!」


「ああ、俺もだよ。後で一緒に食おうか」


「やったー!」


 ヂャギーは両手を上げて大げさに喜びを表現し、すぐにぴたりと動きを止めて首をかしげる。


「あれ。なんでオイラ、こんなとこで寝てるんだっけ?」


 どうやら記憶の混濁を起こしているらしい。

 俺は一切包み隠さず、事情を説明することにした。


「……オイラ、優勝したの?」


 すべてを聞き終えたヂャギーはバケツヘルムのスリットの奥で目をぱちくりさせて、まずそう言った。暴走した記憶は残っているらしいが、決着の瞬間の記憶はないらしく、半信半疑のようだ。


「ああ、俺と同時優勝だけどね。……まぁそういう形にしたって話だけど」


「孤児院の子供たちのためだよね? えらいんだよ! さすがみーくんなんだよ! よっ、名君!」


 謎のおだてを始めるヂャギー。

 俺はベッドの上で正座すると、彼に向けて軽く頭を下げた。


「無理に参加させてすまなかった。ヂャギーは人が大勢いるところが苦手だって知ってたのにな」


「みーくんが謝ることじゃないんだよ! 楽しかったんだよ!」


 慌てて首を左右に振るヂャギー。

 それからこちらに深々とバケツヘルムをかぶった頭を下げてくる。


「こちらこそごめんなさいなんだよ! 暴走して迷惑かけちゃって申し訳ないんだよ! ……せっかくよくなってきたと思ってたのに」


 最後の方は、彼にしては珍しく元気のない声だった。

 (はげ)ますためというわけでもないが、俺は逆に明るく振舞った。


「あんな大勢の前だったのに、ずいぶん持ったじゃないか。みんなも良くなってるって言ってたし、これからもっと良くなっていくさ。完治するまで、俺は付き合うよ」


 照れているのか、申し訳なく思っているのか。ヂャギーはバケツヘルムの後ろに片手をやってへこへこと何度か頭を下げて、それからふと気づいたかのようにその兜の表面をぺたぺたと触った。そこには黒く変色した血がべったりと付着している。【痛覚共有(レシプロシティ)】を使ったとき塗ったヂャギー自身の血だ。


 蝶番など細かな部品にも血が付着してる可能性があるし、あれは一度バラしてメンテナンスするしかあるまい。


 と、俺がぼんやり考えていると、ヂャギーがその兜を自然に――あまりにも自然に――頭から外したので、心臓が止まるかと思った。


「ふー、ベトベトなんだよ!」


 すっきりしたという顔で首を振り、汗で額に張り付いた前髪を払うヂャギー。

 それから俺の方を向いて『お願い!』という風に両手を合わせる。


「みーくん、悪いんだけど、オイラの荷物から予備の兜持ってきてほしいんだよ!」


「あ、ああ……それはいいけど」


 毎日同じ兜を装着しているように見える彼だが、実はデザインが同じものを十個ほど所有しており、それを使いまわしているのだ――という秘密については、決戦級天聖機械(オートマタ)のアスカラくん討伐祝勝会の時に聞いていたので、驚きはしなかった。


 問題はそれを人前で、あっさりと外したことだ。


 俺は衝撃から立ち直れぬまま、彼の顔を指さした。


「ヂャ、ヂャギー、兜越しでないと人と話せないんじゃなかったのか? 普通に話せてないか?」


「……あ、ほんとうだ。うーん、みーくんとなら平気みたい。やっぱり色々、少しは良くなってるのかな?」


 あっけらかんと言ってのけるヂャギー。


 その異様な風貌で誤解されがちだが、普段の彼の言動は好青年そのものである。

 兜の下に隠れていたのは、それに相応しい金髪碧眼のさわやかな顔だった。


 なんだか無性におかしくなって、俺は腹を抱えて笑った。

 きょとんとしてそれを見守るヂャギー。


 笑いすぎて目尻に浮かんだ涙をぬぐいながら、俺はもう一度しっかり彼の素顔を見た。


「イケメンじゃないか。いつかみんなにも見せてやれよ。きっと喜ぶよ」


「そうだね! うん、そうするよ!」


 嬉しそうに丸太のような両腕を上げるヂャギー。

 それからはたと思い出したように手を叩いた。


「そういえばね。キノコの幻覚見てるときに、みーくんの声が聞こえた気がしたんだよ。『大丈夫だ』って。あれ、ホントにみーくんの声だった?」


「ああ、やっぱり聞こえてたんだな。……よかった」


 そう。やはり、良くなっていないなんてことはないのだ。




 “強き者に幸あれ”と黒騎士ビョルンは言った。

 強い者を優遇し、平和ボケしないようにしろ、と。


 俺はヂャギーを優遇する。


 だけどそれは彼が強いから、という理由だけではない。

 彼のように優しく正直な人間が馬鹿を見ないような国になればいいと思っているからだ。


「ありがとね、みーくん。いつも助けてくれて。みーくんがオイラの王様で、本当によかったよ!」


 窓から差し込む西日を受けて、ヂャギーが屈託なく笑う。


 この笑顔と信頼を守るために、俺ももっと強くなろうと心に誓った。






    ☆






 そしてまた春が来て、三年目の日々が始まる。

 それが王として過ごす最後の一年になることを、その時の俺はまだ知らなかった。


 ましてや、この島のみならず世界すべての存亡をかけた戦いに挑むことになろうとは知る(よし)もなく――。


-------------------------------------------------

【第六席 ヂャギー】

忠誠度:★★★★★★★★★[up!]

親密度:★★★★★★★★★★★[up!]

恋愛度:★★★★[up!]


【第九席 ヤルー】

忠誠度:★★★[up!]

親密度:★★★★★★★★

恋愛度:★★★★


【第十三席 シエナ】

忠誠度:★★★★★★★★[up!]

親密度:★★★★★★★★

恋愛度:★★★★★★★★

-------------------------------------------------

お疲れさマッコオオオオオオオオオオオイ!!!


最近少し更新間隔が空いてしまい申し訳ありません。

(一話あたりが長くなったせいです。上手く切れるところもなかったので)


この第百五十二話を持ちまして第五部の幕間は完結になります。

次から第六部に入ります。


レビューを書いて下さった方、ありがとうございました。とても励みになりました。

またコメントをくださったり、評価をしてくださる皆様。いつもありがとうございます。やる気が出ます。


感想、評価、質問、レビュー等々、これからもドシドシいただけると嬉しいです。




話の方は本文にもあるとおり、終わりが見えてきました。

と言ってもまだそれなりにあるのですが、しっかり完結させられるようこれからも頑張っていきますので、皆様今後ともどうぞよろしくお願いいたします。




 作者:ティエル

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