21:自惚れた救出者と臆病者と
「連中はいきなりこの村を襲ってきて家に火を放ち、村の仲間たちを次々斬っていったんだ。いきなりの奇襲でワシらは慌てたが、それでも男たちが応戦して被害を抑えようと戦ってくれた。それでも連中の方が上手だった。
ハルト君が子供達を連れて出かけてくれたからあの子たちは助かった。それに戻って来て戦ってくれた、だからこれだけの仲間が助かった。礼を言うぞ、ありがとう」
ボーアが今村に起こった事を説明し、更に敵を退け、子供達や村の生き残った仲間を助けてくれたことに感謝し礼を言ってきた。
「いや、俺は何も守れてないです……現にこうして自分の目の前で小さな子の命が失われてしまったんですよ? もし俺がもっと早く戻って来ていればこの子もきっと生きていられた筈ですよ! それにこれだけの負傷者が出ているじゃないですか! 自分が最初から一緒に応戦していればこんな事にならなかったのに……」
春人は自分が出かけていなければ、もっと早く戻っていればと嘆いたが、それは自惚れに近いものだった。
「ハルト君、君は自分の力でなんでもできると思っているようだが、それは間違いだぞ。人には出来る事と出来ない事が有る。ハルト君があの子達を連れて出かけてくれたからこそあの子達が助かった。もしあの子達と出かけていなかったらあの子達の身も危なかったのだよ? 確かにその子のことは救うことは出来なかった。でもそれはハルト君の責任ではない。それはハルト君たちの留守の間、この村を守る事の出来なかったワシらの責任だ」
ボーアは自暴自棄になっている春人を諭し、春人が子供達と釣りに出かけた行為を肯定してくれた。もしここでボーアが声を掛けてくれなければ、春人はずっと自分を責め続けていただろう。
「それでも俺は……」
「それ以上はいけない。それ以上自分を責めても何も生まれない。だから今はまず、これだけの仲間が助かった。その事実に目を向けよう。
さあまずは傷ついた仲間たちの手当てをしよう、ハルト君も手伝ってくれるね? 亡くなった仲間を弔ったり、自分の無力さを悔いるのはその後にしよう」
ボーアは自分の事を責めている春人に今するべきことを話す。彼が指さす方にはいまだに傷つき倒れている仲間が居る。その中にはもうすでに息を引き取った者も居た。そしてその更に奥ではいまだに村が燃えている。
「分かりました……今はそうしましょう。自分に出来ることをやれるだけやります。ただこれだけは教えて下さ。敵はまだいるのですか? 連中の正体は? それとアリシアの行方は? ここを見てもどこにも見当たらないようですし……」
半ば強引に自分を納得させ、仲間たちの元へ向かおうとする。だがその前にこれだけは聞いておきたかった。正体不明の敵がいきなり村を襲い、それがどこの所属のものかは知らないでいた。それにこんな事をしている間にも敵の残党がまだどこかに残っているかもしれない。
そして一番気になるのはアリシアの行方だ。春人が釣りから戻ってきてから一度も見ていない。今どこでどうしているかが一番の気掛かりである。
「まずあの連中の事だが、奴らは隣国のベルカ帝国の兵士だろう。あの兵士になかに何人かがベルカ帝国の国章を付けておったから間違いないだろう。それに連中、あれだけの被害を被るとは思っても見なかったらしく、引き上げていったわ! それとアリシアちゃんのことだがすまない、ワシにも行方が分からない。さっきまで一緒に戦っていた者が言うにはいつの間にか居なくなってしまったらしい。あまり考えたくはないが、連中に連れ拐われたとしか……」
その一言ははあまりにも残酷だった。ここにアリシアが居なければそう考えるのが妥当だろう。またも春人に辛い現実が降り注ぐ。
それでもまだアリシアが死んだという訳ではない。それだけが救いだった。
ボーアとのやり取りをしていると村の方から誰かが春人のもとへと走ってくる。
「はあ……はあ……やっと見つけた、ハルトさん落ち着いて聞いてください。アリシアが……アリシアちゃんが奴らに連れて行かれた!」
息を切らしながら走って春人のもとにやってきた彼が衝撃の一言を口にした。
ボーアの予想は見事に当たった。これでアリシアがまだ生きていることが立証された。
「それは本当か? いったいどこでそれを知ったのだ?」
ボーアが問い詰め、その時の状況を話すように促す。そして彼は息を整えてから続きを話す。
「あれはアリシアちゃんがまだ村の中で連中と戦っている時に、奴らに背後を取られ、気絶したところを連中が拐って行ったんだ。奴らアリシアちゃんを奴隷市場に流すとか言ってた!」
事態は最悪の状態だった。このまま何もしなければ拐われたアリシアは連中の手によって汚され、更に奴隷市場に流される。そこから先は春人は考えたくなかった。
今までずっと抱えていたペトラの亡骸をその場に寝かせ、その手を胸の前で組ませる。そして立ち上がった春人は状況を報告しに来た彼の胸ぐらを掴んだ。その時の春人の顔は鬼のような形相だった。
「お前はただそれを見ていただけか! 何もせずにただ拐われていくのを眺めているしかできないのか! 男なら戦え! 仲間のために、力のない女子供のために戦え! それとも、それすらできないただの臆病者か?」
春人の罵声が矢継ぎ早に浴びせられる。それを浴びせられた彼は胸ぐらを掴まれた状態のまま顔を春人から逸らす。
「すまない……本当にすまない。戦うのをアリシアちゃんに任せて、俺は逃げてばかりだ……本当にただの臆病者だ……許してくれ」
そういう彼を舌打ちをしながら突き放す。それからMTの中から大量の医療用ナノマシン注射器を取り出す。アイテムリストの在庫で足りない分はショップから、決して安くはないポイントを消費して取り出す。その量はここの負傷者の数よりも多い位だ。
「臆病者なら臆病者でもできる仕事をくれてやる。コイツを使って仲間たちの治療をしてやることだ。使い方は今から説明する」
そして注射器の一つを手に、近くに居る負傷者の腕に当てがい、後ろのボタンを押す。すると圧縮空気によって押し出された内容物は負傷者の体内へと入っていく。
それから10秒、20秒と時間が流れ、効果が出て来たのか出血が収まってきた。それどころか更に時間が経つにつれ全身の傷が治っていく。
この世界の人物相手でも医療用ナノマシンは効果が有るようだ。それも春人が予想していたよりもずっと強力で、どんな傷でもすぐに治るみたいだ。
「それはエリクサーと同じ類の霊薬かの?」
その様子を見ていたボーアは不思議そうにその光景を見ている。全身傷だらけの状態が見る見るうちに傷が塞がっていく光景は見慣れないものなのだろう。
それでも春人にはCFの頃から見慣れた光景であって何も不思議はなかったが。
「ボーア殿、あなた方を信頼してこれを託します。使い方は今ので分かりましたよね? 俺はアリシアを助けに行きます。それと頼みがあります。ここ居いる者の治療が終わったら全員連れてウルブスに向かってください。仲間を誰一人残らずに……いいですか、一人も残さずに、ですよ」
一人も残さずにと念を押しながら、春人は今出した大量の注射器の入ったケースを渡した。
「いいのかい? こんな貴重な霊薬を、しかも大量に頂いて? ワシがここで使わずに街で売りさばくかもしれないのだよ?」
ケースを受け取ったボーアは春人に悪用するかもしれないと言ったが、春人はそれを否定した。
「あなた方がそんなことをする人達ではないことは分かっています。だからこそ信頼してこれを託すんです」
「ふっ、そうか、そんなにもワシらを信頼してくれていたのか。分かった、それならここはワシらに任せなさい。それにしても、ハルト君は奴らが行った場所をどうやって割り出し、そこから救い出すというのかね? 余りこうは言いたくはないが、あの子の事は諦めた方が……」
「諦める? それはあり得ない。俺にとってアリシアはとても大切な存在です。どんな事をしてでも助け出します。そのための力も策も持ち合わせています……だからここをお願いします! それと、ウルブスに着いたらこの事をあそこの駐屯部隊に伝えておいてください!」
そう最後に言い残し、春人はアリシアを連れ去った連中を、ベルカ帝国の兵士たちを追って走り出していった。
「長どの、彼、行ってしまいましたね。本当に助け出せるんですかね?」
「さあ、どうだろうか? ワシにもさっぱり分からん。それでも彼のアリシアちゃんに対する思いの強さは確かに伝わった。だからワシらに出来ることを今するだけだ。さあお主もボケっとしてないで働いてもらおう。聞いておったろ? 彼は誰一人置いて行くなと、だからお主は手の空いている者と一緒に村の中の仲間の遺体を連れて来てくれ、ワシは他の者と彼から託されたこの霊薬で傷ついたものを介抱しておる」
春人の伝えたかった事はしっかりとボーアに伝わったようだ。誰一人残さずにとは死んでしまった者も含めて全員連れて行ってくれということだった。
「ハルトさん……どうか俺達の……死んだ者たちの仇を取ってくれ!」
春人が敵を追っていくのを見た誰かがそう小さく呟いていた。それが誰なのかまでは分からないが……
そして春人が託した医療用ナノマシンを使った治療は直ぐに行われ、それを打たれたものは見る見るうちに傷が塞がり、回復していった。
それから遺体を集めて負傷者もある程度回復して、ウルブスに移動したのは数時間後の事だった。
村を走って出て来た春人はMTのショップから偵察支援要請の項目を選択し、決定ボタンを押すとMTの画面に上空から映し出される映像が表示された。
空を見上げると暗くなり始めている空に小さく無人偵察機プレデターの姿が微かに確認できる。小さく見えるにはそれだけ高い高度を飛行しているからだ。
そしてすぐに連中の姿は発見できた。奴らは馬で移動しているらしく、ただでさえ距離が離れているのに、そこから更にお互いの距離が離れていく。
「このままじゃ距離が詰められない……仕方ない、またお前の力を使うしかないのか」
独り言をいいながらもう一度MTを操作する。今度は装備品リストから登録された装備セットアップの内の一つを表示する。
その装備の登録名称にはこう書かれている、—死神—と……
一瞬の躊躇いがあったが、すぐに決定ボタンを押した。すると春人の全身を包む様に光が放たれ、光が消えると春人の戦闘服の変わりに機械で出来た、侍や鎧武者を思わせるような見た目の強化外骨格を纏っていた。その両肩にはかつて春人が率いていたクラン、死神部隊の部隊章である大鎌を持った死神のエンブレムが刻まれていた。その姿もその後に出てきた漆黒のローブによって隠された。
そして強化外骨格の人工筋肉の恩恵により更に走る速度が加速する。それは馬よりも早く、この世界の陸上を移動するものの中では最速といっても差し支えない程だった。この速さであれば追いつくのも時間の問題であろう。
――待ってろアリシア! 今助けに行く!
春人は暗くなってきた森の中を駆けて行く。アリシアを救い出す、その一心で。




